くっすん大黒 (文春文庫)(町田康/文春文庫)

くっすん大黒 (文春文庫)
いつものように家を出る前、何気なく未読本のなかからこれをピックアップ。電車に乗って読み出したとたん、それが間違った選択だったということに気付く。電車の中で、ホームで、昼ご飯を食べたそば屋で、わたしはひとりで笑いを必死でこらえながら本を読んでる怪しい女になってしまったのである。どうしてくれる町田康
この本には「くっすん大黒」と「河原のアバラ」の二編が収められているのだが、表題作は処女作である。それなのにどうだろうこの完成度の高さ。言葉のセンス、笑いのリズム、展開の上手さ、どれをとっても一級品だ。「デビュー作にはその作家のすべてがつめこまれている」と言ったのは誰だったか。
ストーリーは説明しづらいのだけど、とにかく面白いの。小説読んでてこんなに笑わされたのはいつ以来? とくに表題作なんて何度読み返しても笑わされちゃうし。すべての未読の人にすすめたい作品。
町田康の作品って(これまで3冊しか読んでないけど)、読後感が爽快。どんなことも笑い飛ばしちゃうような、不思議なパワーがあふれてる。今まで純文学要素強そうだな…と敬遠してたのだけど、『浄土』をジャケ買いして本当に良かったなぁ。他の作品も読まなくては。

東京ライオット(戸梶圭太/徳間書店)

東京ライオット
トカジ最新刊。
所得格差の溝が深まっている近未来の東京ー低所得者の多い街・綾瀬はスラムと化していた。そこへ高所得者向けの巨大なマンションが建設された。<安全>を売りにした要塞のようなマンションの出現に、地元民たちは当然反感を覚える。

新入居者は貧乏地元民など一顧だにしないスノッブなハイソ&セレブ。そのハイソを警護する貧乏アルバイト警備員。マンション専用バスの小心な運転手。破滅的家庭環境からギャング化する中学生。宅配ピザのアルバイトで糧を得るカメラマン志望の若者。誰にも邪魔されずひっそりと暮らすことだけが願いの近隣ホームレス。そのホームレスを喰いものにして保険料を掠めとる暴力団。スラム化する街をテーマにミュージッククリップを制作する教祖的ミュージシャンとデザイナー。彼らの私利私欲が恐るべき大暴動へ繋がってゆく……

漫画のようにわかりやすい構図とキャラだが、さすがのスピード感で一気に読ませる。そして、冷ややかな視点のラストは一抹の恐ろしさを覚える。面白かったです。

神の名のもとに (講談社文庫)(メアリー・W・ウォーカー/講談社文庫)

神の名のもとに (講談社文庫)
この人の作品読むのは初めて。ちょっと前に読んだ講談社の「 In・pocket―月刊〈文庫情報誌〉 (2005年5月号)」翻訳ミステリ特集で、宮部みゆきが強烈にプッシュしてた作品で復刊されたもの。
狂信的カルト集団が小学生17人とスクールバスの運転手を人質にとったー世界が終わる日のための生け贄としてー。事件が発生してすでに一ヶ月以上…もともと交渉する気がはなからない相手にFBIも行き詰まっていた。女性記者のモリーは以前そのカルトのリーダーにインタビューをしており、気が向かないものの事件の糸口を探り始める…。
物語は二つの側面から描かれる。ひとつは子供たちとともに人質となった運転手・ウォルターの視点。彼は余生をひっそりと生きようとしていたベトナム帰還兵だった。子供好きでは決してないが、怯える子供たちを世話したり即興でつくり話をして子供たちの気を紛らわせたりするうちに、なんとしてもこの子供たちを守りたいと強いリーダーシップを発揮していく…。一方のモリーはカルトのリーダー・サミュエルの狂気を目の当たりにしているだけに、この事件に関しては目を離せないながらも逃げ腰だったものの、上司にけしかけられ調査を開始する。人質となった子供の母親からもたらされた情報を手がかりに、サミュエルの内面に近づいていくのだが…。
語り口が上手いし<タイムリミット>がある設定も手伝って一気読み。でも一方でものすごくリアリティーが希薄になってる部分が気になった。たとえば、捜査が行き詰まったとはいえ一人の記者にここまで情報を提示してさらに協力までしてもらうか?とか、いくら交渉が進まないからといって事件が公になっている以上FBIが事件発生から40日以上ものあいだ突入しないのはおかしいんではないか、とか。今、ミステリほどリアリティーを必要とするジャンルもないでしょう。それだけにすごく気になる。気になるんだけれどもそれでも最後まで読み通させる筆力があるのも事実だ。人物描写がめちゃめちゃ上手いもの。だからこそそんな"穴”を感じさせないこの人の作品をぜひ読んでみたいと思った。