ある秘密 (新潮クレスト・ブックス)(フィリップ・グランベール/野崎歓・訳/新潮社)★★★★★

ある秘密 (新潮クレスト・ブックス)
1950年代、パリ。スポーツ万能な両親のもとに生まれながら、やせっぽちでひ弱な<ぼく>はひたすら想像の世界で遊ぶ内気な子供だった。存在しない兄と生活をともにし、両親の完璧なラブロマンスを頭の中で描いた。ところが十五歳になった頃、家族同然の付き合いをしているルイーズから、両親の「秘密の過去」が明かされる。若き両親のそばにあったのは、残酷な戦争の爪痕と、罪悪感と背中合わせの苦しい恋だった……。

悲しいよ。すごく悲しい。愛する人を奪った戦争を心から憎みながらも、戦争がなければ実を結ぶことはなかった恋を成就させた。二人が魅かれ合ったことは<罪>ではないはずなのに。でも二人にとっては重い<罪>で、生涯それを背負っていかなければならなかった。二人の気持ちを考えると胸が痛い。ついに秘密のすべてを知った<ぼく>も、自分の何気ない行為が両親の目にどのように映っていたかを知って苦しむ。君こそ何も悪くないのにね。というか誰も悪くない。すべては戦争のせいだったはず。でも戦争がなかったら今のこの家族は存在しなかった。その矛盾が生み出す苦しみが、読むものの心にぐいぐい迫ってくる。
訳者あとがきから引用。帯にも引用されてるのだが、この物語を的確に描き出した美しい文章だ。

孤独な子供が両親の過去をめぐってつむぎだすファンタジーの世界から出発し、歴史の闇が口を開く瞬間へと向けて、ぼくらは少年とともに旅をし、発見を重ね、成長していく。やがて、息を呑むような衝撃の連続に打ちひしがれながら、その衝撃に負けない精神のあり方を教えられるのだ。死者に対する罪悪感を抱えて生きた両親への主人公の情愛、そして「兄さん」に寄せる痛切な思いのうちに、この作品のたぐいまれな美しさが輝きだす。

この作品は、フランスの「高校生の選ぶゴングール賞」に選ばれてる。訳者あとがきでも触れられてることだが、フランスの高校生ってセンスいいね。日本の高校生にもぜひ読んでもらいたい一冊だ。

旗師・冬狐堂 緋友禅 (文春文庫―旗師・冬狐堂 (き21-4))(北森鴻/文春文庫)★★★★

旗師・冬狐堂 緋友禅 (文春文庫―旗師・冬狐堂 (き21-4))
冬狐堂シリーズ、講談社から文春に移動?
北森鴻の数あるシリーズのなかで、わたしはこの冬狐堂シリーズが一番好きだ。何てったって骨董業界をたった一人で渡り歩く旗師、<冬の狐>こと宇佐見陶子が格好いいんだもの。信じられるのは自分の目だけという特殊な世界で、その美貌も手伝って「凄腕の目利き」として、業界ではちょっとした有名人。ただ友人のカメラマン硝子に言わせれば「トラブルメーカー」。何かと厄介なトラブルがらみの「ブツ」が彼女のもとに集まってくる。陶子も陶子でついつい真実を追い求めてしまう。また個人として芸術品をリスペクトしているため、作者の顔に泥を塗るような犯罪に対してはどこまでも冷酷に犯人を追いつめていく…この表題作「緋友禅」のように。
ふらりと入ったギャラリーで出会った無名の作家によるタペストリーを気に入った陶子は、商売っ気のないその貧乏作家からすべての作品を買い上げる。ところがいつまでたっても商品が送られてこないためその作家のもとを訪れると、なんと彼は死んでいた。そしてタペストリーもすべて消えており…!?
この表題作は全体的にすっきりしており、読後感もいい。このシリーズにしては珍しく、陶子の知り合いが事件に関係してないせいかも。そういう意味では薄味なのだが、芸術に関わるものとして許しがたいチープな犯罪者に、びしっと陶子の制裁が下るラストはやっぱ読んでて気持ちいい。
このほかでは…。陶子と浅からぬ縁のあったある男の過去を知る旅「陶鬼」は、焼き物作家として挫折した一人の男が歩んだ苦しい半生と本人も知ることのなかった皮肉な運命が描かれる。「『永久笑み』の少女」ではある掘り師の娘の行方不明事件を解き明かすのだが、陶子から関係者である大学教授への手紙と、実際に解明に至るプロセスが交互に描かれており、短編ならではの構成が新鮮。そして<円空になりたかった男>の人生と、陶子ですら見分けのつかないレプリカが引き起こす事件を描いた「奇縁円空」は、逆に短編とは思えない壮大さだ。
やっぱいいね、北森鴻は。シリーズ最新作、首を長くして待ってます。