デス博士の島その他の物語 (未来の文学)(ジーン・ウルフ/図書刊行会)★★★★★

デス博士の島その他の物語 (未来の文学)
ふ〜読んじゃいましたよ、ウルフの最新刊! 個人的には『ケルベロス〜』に続いて二冊目です。
これがもう。スッバラシイのよ。ウルフは凄い!

翻訳者のあとがきのなかで、「わたしの考える優れた文学とは小説に親しんでいる読者が楽しめるもの、再読によって喜びがいや増すものだ」というウルフの言葉が紹介されていて、つまり彼はそういう小説を目指しているということなんだろうけど、すでに彼の作品は「小説に親しんでいる読者が楽しめるもの、再読によって喜びがいや増すもの」だと思うよ。わたし自身、普段はいったん消化した本には見向きもしないのだけど、ウルフの小説だけは別。何度でも読み返したい。


それでは個々の感想を……

「まえがき」の「島の博士の死」
収録されている「アイランド博士の死」という短編が生まれるきっかけとなった、ネピュラ賞晩餐会時のハプニングのエピソード…ここまではただの「まえがき」。ところがウルフはこのまえがきの後半で、「島の博士の死」という短編を入れちゃってるのだ。どんだけサービス精神満点なのかね。で、その短い物語がいいんだよねぇ。「島」を研究する老教授の最後のゼミ。切ないラストにかなりじんときます。


「デス博士の島その他の物語」
精神的に弱い母親との生活に疲れた少年のもとに、彼が読んでいる小説の登場人物たちが訪れる。現実から目を背けようとした少年の、切なくも優しい物語。
これ好きだなぁ。他の4編に比べると格段に読みやすいというのもあるけど。
ストーリー自体とても好きなんだけど、読んでて楽しかったのは少年が物語に夢中になっていくところ。

きみは枕の上に本をふせてはねおきる。自分の体を抱きしめながら、はだしで部屋のなかをぴょんぴょんとびまわる。わあ、おもしろい! すごいや!
でも今夜はここでやめよう。全部読んだら損しちゃう。あとは明日にとっておくんだ。

わたしもこの本を読みながらまさにそういう気分。少年、わかるよその興奮は!
そしてラストもいいんだよね。「本好きな子供」だった人たちすべてに読んでもらいたい、素晴らしい一作でした。
ちなみにこの短編はH・G・ウェルズの『モロー博士の島」へのオマージュらしい。それ読んでないのが悔やまれる。それを読んでからもう一回再読したい。


「アイランド博士の死」
少年ニコラスが送られた「島」には、凶暴な青年とおだやかな若い娘、そして「島」そのものであるアイランド博士がいた。その島は人間の思い通りに環境が反応する不思議な場所で、精神に異常をきたした人間を矯正するための場所であるようなのだが……。
いきなりわけのわからない世界に放り込まれた少年は、困惑し、怒り、暴れ、破壊する。その果てがもともと予定されていたものだとすると、なんだかぞぞっとするラストだった。これはまだ理解できてない気がするな。きっとあと5回くらい読んでも面白いと感じるだろう。


「死の島の博士」
のちに社会のシステムを変えてしまうスピーキング・ブックを開発し、親友を殺害した罪で服役するアルヴァードは、冷凍睡眠処置を受ける最初の受刑者となる。そして40年後、彼が目覚めた世界は、人間は永遠の命を手に入れており、社会はスピーキング・ブックに頼りきっていて……。
おいおい計画的だったのか。面白いじゃないですか。これも見落としてるところがいっぱいありそうだから、もう一回じっくり読みたい。この作品で重要な役割を果たす、ディケンズの小説も読んだことないんだよなぁ。


アメリカの七夜」
うわーこれウルフっぽい!ってまだ二冊しか読んでないくせに何を言う。でもこれはウルフらしい作品だと思うよ、多分。仕掛けが面白いもん。
化学物質の横行により人間が奇形化し、結果的に貧しく荒れてしまったアメリカ。研究のため船でアメリカまでやってきたイラン人・ナダンの日記がこの物語の核となる。彼はホテルそばの劇場に出演していた舞台女優・アーディスに一目惚れしてしまい、なんとか彼女と近づこうとする。
問題は、ナダンが誘惑に負けて卵菓子のひとつに強烈な幻覚剤をしみ込ませ、それをシャッフルして一日にひとつずつそれを食べていることなのだ。どの部分が本当で、どの部分が幻想が見せたウソなのか、それともすべては本当のことなのか、もしくはすべてが幻想による妄想なのか……。
面白くないわけがございません。展開がめまぐるしくて都合よく進むだけに、どこがウソなのか気になってしょうがない。ちなみに訳者あとがきを読むまで気付かなかったのだが、この日記は<六夜>ぶんしかない! ということは消えた一日が幻覚を見た日なのかというとそうとも言い切れなくて、日記を一部削除したと記述したところもあって……あぁ、酔いしれます。



「眼閃の奇跡」
網膜を登録して管理するという社会のなかで、網膜そのものがない盲目の少年が放浪する、ロードムービーっぽい作品。
ファンタジーの王道のような作品ですよ。めくるめく世界に酔いしれるのではなく、めくるめく現実に哀しくなる、まさに大人のための「オズの魔法使い」。人間を苦しめるのは同じ人間なんだなぁ、とちょっと切なくなる。でもラストはとても素敵。



というわけで大大大満足ですよ。
小説を読む楽しみが溢れ出る作品。ビバウルフ!
ケルベロス第五の首』より読みやすくて、何より楽しかった。どっちも面白いんだけどね。
これはやっぱり<太陽の書>シリーズも挑戦すべきだろうな…。4巻もあってめげそうだけど、近いうちに必ず!