裁判長! ここは懲役4年でどうすか (文春文庫)(北尾トロ)★★★★

裁判長! ここは懲役4年でどうすか (文春文庫)

裁判長! ここは懲役4年でどうすか (文春文庫)

最近読んだ中で一番面白かった「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」に触発されて、こちらは文春文庫新刊、北尾氏の傍聴記にまで手を伸ばしてみる。
やっぱ傍聴記って面白い。特殊な仕事についてる人以外、そして当事者にならない限り、普通は「事件」そのものに関わることってないものね。TVなどのマスコミを通してはうんざりするほどに情報を受け取ってるけど右から左だし。だから画面を通してではなく生で、被告や被害者の声を聞くというのは、とてもエキサイティングな気がする。
ノリの良い語り口と鋭いツッコミで笑い飛ばしちゃう「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」に対して、本書は人間というおろかな生き物の悲哀を感じる部分も多い、わりと真面目な傍聴記。娯楽として読むなら「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」のほうが絶対オススメだが、そちらでは描かれていない、弁護士の金目当ての裁判引き延ばしへの着目や、民事裁判の傍聴記などもあって、十分に興味深い一冊となっている。
でも一番面白かったのは、巻末に載せられた、傍聴マニア集団「霞ヶ関倶楽部」との特別座談会だったりして。「霞ヶ関倶楽部」も「霞っ子クラブ」も、特定の事件やお気に入りの裁判官なんかに執着するあたりがやはりマニアなんですね〜。本書の段階ではまだ北尾氏は、裁判傍聴を「興味深い」と思っていても「好き」のレベルには達してない感じだが……。今も傍聴は続けているのかなぁ。
それにしても傍聴記、ハマりそうです。他にも似たようなの出してる人いるのかなぁ。いたらぜひ読んでみたい。


霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記

霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記

きみがくれたぼくの星空(ロレンツォ・リカルツィ)★★★★

きみがくれたぼくの星空
ロレンツォ・リカルツィ著 / 泉 典子訳
河出書房新社 (2006.6)
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子供もなく妻にも先立たれ独り身の「ぼく」ことトンマーゾ・ペレツは、脳血栓による半身不随で老人ホームに入ることに。もと研究者で若い頃から気難しく皮肉屋であった「ぼく」はホームに入居して以降さらにその皮肉っぷりに磨きがかかり、職員からは「ミスタークソッタレ」と呼ばれるほどだ(しょっちゅう職員に向かって「クソッタレ」と吐き捨ててるからなのだが)。気の利かない介護人たちにイライラし、自分を幼児扱いするボランティアのババァに暴言を吐く。そんな「ぼく」を支えていたのは、同じ入居者の女性エレナの存在だった。二人は夫婦のように寄り添いながら、お互い素直に愛情を示すことができずにいた……。

著者は心理学者であるとともに、自身で老人ホームを運営していたとあって、この物語の大部分の舞台である老人ホームの雰囲気や、面会に来る家族の描写などのリアリティは圧倒的だ。<老い>によって抑制の外れた、生々しい感情がぶつかりあう様を描くエピソードは秀悦。シニカルな「ぼく」を視点とすることによって、それらを悲観的でも楽観的でもなくありのままに受け入れ、ユーモラスに描かれる。またエレナとの恋を自覚することによって、どんどん前向きになる「ぼく」の豹変ぶりも、人間そのものがむき出しになっていて目を背けたくなるような生々しさがある。本書で描かれるのは80歳を過ぎてなお成長する人間の姿は、悲しさも含みながらも心強くてハートフルなのだ。


と気持よく読み終えたところなのに、訳者(泉典子)あとがきがとんでもない不快感を残してくれた。

ところで、日本ではいま、あたかも全員が泣きたがっているかのように、涙がブームなのだそうだ。ブームに逆らって泣くまいと思っても、この本はぜったいに無理だ。泣かなかったら人間じゃないし、マンモスでも、シラミでもない。

ポカンとしてしまった。とりあえずわたしは人間でもマンモスでもシラミでもないらしい。ていうかこの文脈では泣けたらそれはいい作品てことになるようだ。「セカチュー」あたりをバカにしながらも、この物語をそのレベルに引き下げていることに気付かないってのはイタイなぁ。あとがき冒頭の「本書は究極のラブストーリーである」という一文も力が抜けます。訳者がこの一冊の中で一番頭の悪そうな発言をしてるようなw。ていうか、この物語の主軸はラブストーリーか?……違うでしょ。老人だからこそ生々しい、感情の揺れを繊細に描いたものじゃないの? う〜ん、そこらへんの読み方の違いが翻訳にも反映されているようで、なんか納得がいかない。ついでに言えば装丁も邦題も、ちょっと原作からズレているように思う。
せっかく気持良く読み終えたのになぁ、と残念な気持が残った。