野性時代 041 (KADOKAWA文芸MOOK 42)

野性時代 041 (KADOKAWA文芸MOOK 42)

野性時代 041 (KADOKAWA文芸MOOK 42)

とりあえず森見登美彦特集ということで、買ってみました。
特集では、森見氏×憧れの「黒髪の乙女」本上まなみの対談が微笑ましい。書き下ろしは『夜は短し〜』の外伝である「迷走恋の裏路地」が短いながらも楽しめる。偶然の出会いを演出する舞台裏……現実では完全にストーカーです。もうひとつの書き下ろし短編「ペンギン・ハイウェイ」はこまっしゃくれた小学生の男の子が主人公。とりあえず舞台が京都でないというだけでちょっと新鮮だけど、ステキな物語でした。これは続くのかな?
あとは有川浩米澤穂信の読み切り短編を読みました。
有川浩のはまたしてもの自衛隊モノ「ラブコメ今昔」。取材という名目で妻とのいきさつを聞かれてあたふたする上官……これまた素敵なんだよな。やっぱこの人好きだわー。読後感かなりハッピーです。
米澤穂信のは<古典部>シリーズでした。相変わらずなかんじですが、久々にこのメンバーに出会えて楽しめました。このシリーズの新刊はまだでないのかな〜。

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)(ラッタウット・ラープチャルーンサップ)

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)

一生、この著者名は覚えられなさそうだ……。タイで育った作家さんのよう。
これは今年の三月に創刊した、「ハワカワepi<ブック・プラネット>」というレーベルから出た一作。ハヤカワの「epi」といえばこれまでは文庫でカズオ・イシグロアゴタ・クリストフなどの純文学系を出してたんだけど、あらたに単行本で「epi」シリーズを展開するということは、ミステリやSFのイメージの強いハヤカワが、あらためて純文学系に力を入れていくということですか。面白いですね。


というわけで第一回配本のうちの一作である本作に手を伸ばしてみました。
この作家を知らないどころか、タイの作家の作品を読んだこともなかったんだけど……これが面白いの!!! テイストとしては、新潮クレストで出ててもおかしくないかんじ。でもいい意味でクレストレーベルの無難イメージとは違う、生々しさもある作品かも。作者もまだ20代だし。


本書は7つの短編が収められた短編集。どうしようもない現実に向かい合う、切なさや苦しさが印象的に描かれる。
観光客であるアメリカ娘にばかり恋に落ちてしまう少年の物語「ガイジン」、もうすぐ失明する母親との小旅行「観光」、大人の世界にいる兄との微妙な距離感を描いた「カフェ・ラブリーで」、自分は親がワイロを送っているせいで安泰な徴兵抽選会に親友と向かう「徴兵の日」、タイ人と結婚した息子のもとに身を寄せたアメリカ人の老人を描いた「こんなところで死にたくない」、闘鶏によてすべてを失いつつある父親を娘の視点から描いた「闘鶏師」……そのどれもが一瞬の輝きと切なさを放っていて、甲乙付けがたい。
でも個人的に気に入ったのは、カンボジア難民である少女との交流を描いた「プリシラ」。建設中のプールを舞台にすることでいかにも少年少女小説っぽい明るさが輝く。……が一方で子どもたちには手出しもできないところで、大人たちの難民たちへの迫害が始まる……。
こういう状況において、子どもを視点に大人を悪者にしてしまうってのはズルい。そう思わないではないけど、それでは済まされない余韻が、この小説にはある。圧倒的な「理不尽」をあきらめながら受入れつつ、それでも捨てられない「繋がり」……。どの短編でもそれを感じられると思う。


というわけで、大満足の一作でした。この作家も、このレーベルも、できるだけ追いかけていきたいです。