猫を償うに猫をもってせよ

2018-01-08 新刊です このエントリーを含むブックマーク

純文学とは何か (中公新書ラクレ)

純文学とは何か (中公新書ラクレ)

訂正

27p「村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』(一九八〇)は村上の長編第三作だが、(略)双子を設定し、その養父母が惨殺されるというところで、双子による超能力を使っての復讐という定型的な展開を避け」

 →「「ダチュラ」という破壊の力をもつ物質を得た双子を設定し、その養母が突き倒されて死ぬところで、双子による「ダチュラ」を使っての復讐という定型的な展開を避け」

99p「野生時代」→「野性時代」

206p「中世と反逆」→「忠誠」

2017-11-18 野狐忌 このエントリーを含むブックマーク

 西村賢太の『田中英光私研究』第八輯は、田中の研究家でもあり西村が世話になった宇留野元一の追悼号なのだが、その最後に「野狐忌」という、もしかしたら西村の最初の私小説かもしれないものが載っている。ここでは「北町貫吉」という名前になっていて、これは「坂本英洸」という、師匠の「伊達修」の墓前で自殺した作家を研究している。太宰治まで仮名にしなくてもよかりそうなものだが、そこで、金井雄造という詩人、作家が出てくるが、これは桜井増雄である。

https://kotobank.jp/word/%E6%A1%9C%E4%BA%95+%E5%A2%97%E9%9B%84-1645784

 貫吉が知り合いの古書店主から、田中英光を知る人物として紹介されるのだが、どうやら『新生日本文学』に寄稿していた田中なんとかいう別人と混同していたらしい、という話である。

2017-11-02 新刊です このエントリーを含むブックマーク

文豪の女遍歴 (幻冬舎新書)

文豪の女遍歴 (幻冬舎新書)

著書訂正

110p「徳田国子」→「徳川国子」

259p「フィリピンからきた娼婦」→「韓国籍の娼婦」

2017-10-22 凍雲篩雪 このエントリーを含むブックマーク

 昔、十八世紀英国の劇作家オリヴァー・ゴールドスミスの『低く出て勝つ』(She Stoops to Conquer)というのを英文科の中野里先生の授業で読んだが(『負けるが勝ち』の題で竹之内明子訳が出ている)、その後ゴールドスミスの小説『ウェイクフィールドの牧師』を神吉三郎訳の岩波文庫で読んで、なんだ水戸黄門じゃないかと思った。田舎牧師の一家が火事に遭ったり娘が誘拐されたり、悪者に苦しめられていて、近所にいる普通の人間だと思っていた人が実は土地の領主の公爵で、最後に牧師一族を救ってくれる話で、夏目漱石も激賞していた。ただまあ筋は通俗である。

 しかし最近考えてみて、もしかしたら「水戸黄門」は『ウェイクフィールドの牧師』の影響で成立したんじゃないかと思った。徳川光圀が諸国を漫遊したという伝説は徳川時代からあったが、助さん格さんを連れて商人の老人などに化け、最後に正体を現すというのは、明治以降の講談で確立したものである。金文京の『水戸黄門「漫遊」考』(講談社学術文庫)では、『春香伝』で知られる暗行御使など、変装した人物の物語が東アジア一帯にあるとしているし、『アラビアン・ナイト』では、皇帝ハールーン・アル=ラシッドが二人の従者を連れて微行するものだが、どうも『ウェイクフィールドの牧師』ほどに「水戸黄門」的ではないと思う。明治初年に輸入されて講談に影響したのではあるまいか。もちろん確たる証拠はないのだが。

2017-10-13 野田聖子に訊け このエントリーを含むブックマーク

http://tsiraisi.hatenablog.com/entry/20170715/1500113252

小谷野敦が、夫婦別姓論は、一見リベラルに個人の尊厳を主張しているようだが、実態は家名存続を願う保守主義だろうと繰り返し発言しているが、

 正確には違う。夫婦別姓論者の中にはそういうのがいて、その筆頭が野田聖子だと言っているのだ。しかしこれも変で、野田は鶴保庸介を「私は夫婦別姓論だから」とだまして事実婚をし、子供ができたら自動的に野田姓になるからそこで鶴保をおっぽりだす算段だったのだろうと言っている。

 しかしこれは推測に過ぎないから、ジャーナリストは野田聖子にそこのところを訊け、と言っている。ところが全然それはないのである。マスコミの野田聖子とか工藤美代子に対する甘さは何ぞや、ということだ。