嫌悪


お母さん、太陽が怖いのです。
僕をいつもにらんでギラギラしている太陽が。
お父さん、虫が苦手なのです。
僕を罵るかのごとくブンブンと耳にまとわり付く音が。
叔母さん、雨音が嫌いなのです。
僕の行く手を遮り、訳知り顔の曇り空が。
叔父さん、猫を飼っていましたね。
僕は三度も引っかかれ、その度手の血を舐めていました
お祖母さん、僕は春が嫌いです
お祖父さん、僕は夏も嫌いです
無論冬も嫌いですが、秋は好きです
木の葉が積み重なって、靴で踏むとさくさく音が聞こえるから
兄さん、僕の作った草舟を返してください
弟達よ、僕から奪ったクロケットソーダ水、一切合財を返してください


家の扉は赤く塗られていました、いつでも。
それがモダンであるといいたげに。
でも僕はそれが嫌いでした、夕日がちらちらして、
日が暮れてもなお、そこだけ夕暮れでした。
初めてあの娘を抱いた日も、いつも真っ赤なあの扉が、
僕には見えていました。
子を身篭ったと聞いて、やっぱり目がちらちらしました。
あの赤い、赤い扉、僕はあの扉が嫌いです。


初めて間引きした日、僕に嫌いなものが増えました。
僕は子供が嫌いです、ぶくぶくと音を立てる水音も、
愛しい孫に着せると、お母さんが縫ったおべべも、
大嫌いです。全部。
あの愛しい人の血を、今は嫌いになりそうです。
この手に咲いたばらのような赤い赤い血を。
のこぎりは捨てます、歯がぼろぼろです。
骨は思いのほか硬いのです。
あの人を運ぶズタ袋は、あとで弁償します。お許しを。
ああ、本当に僕は嫌いだ!のこぎりも、あの人でいっぱいになったズタ袋も、
あの人の言葉も、全部!全部!全部!
ただ、僕に一つだけ好きなものが増えました。
あの人が髪に挿していた、綺麗な銀の髪飾りが。


大正2年7月21日、(以下、容疑者名)


*これは筆者が、
とある地方に起きた殺人事件後に発見された、
容疑者の遺書を再編集したものです。
参考文献 「地方犯罪年鑑 大正時代編」大鷽出版