梶ピエールの備忘録。 RSSフィード

2017-01-18

[][]いただきもの

働き女子@台湾―日本統治期の水脈

働き女子@台湾―日本統治期の水脈

 訳者の日野みどりさんからご恵投いただきました。日本統治時代の台湾の職業婦人というこれまであまり光が当てられてこなかった点に注目した貴重な著作かと思います。

2017-01-16

[][]お仕事のお知らせ

 1月16日(月)発売の、『週刊東洋経済』1月21日号のコラム「中国動態」に、「中国経済を揺るがす債券偽装事件」という記事を寄稿しました。私はかねてより、米FRBの政策動向によって中国の金融政策が事実上左右されてきたきたことを指摘してきたのですが、12月の連邦公開市場委員会(FOMC)における米利上げの決定はやはり中国のマクロ経済にボディーブローのような打撃を与えている、というのが実感です。今のところ、株式市場や不動産市場のような目立ったところには影響は出ていませんが、人民銀行が急激な元安を止めるための短期金融市場から資金を絞ったことがそれまで上昇を続けていた債券価格の急落と利回りの高騰をもたらしています。このような債券市場のリスクを背景に、この記事でとりあげた国海証券による債券の偽装取引事件も生じています。トランプ政権下で米国の継続的な利上げが予想される中、中国のマクロ経済政策が依然として難しいかじ取りを迫られていることが明るみになっています。

2017-01-01

[][]新刊のお知らせ(『日本と中国経済―相互交流と衝突の100年』)

 このたび、ちくま新書より、『日本と中国経済―相互交流と衝突の100年』という本を出版することになりました。

 来週から書店に並ぶ予定です。表紙カバーのコピー、および目次は以下の通りです。

 日中関係に付きまとうもどかしさ。それは、「経済関係が良好でも、どこかで「政治」が邪魔をする」一方、「政治的な関係が悪化しても、「経済」のつながりはなくならない」ところにある。この構図は最近になってはじまったわけではなく、近代以降の両国の交渉において何度となく繰り返されてきたのである。日本(人)は中国(人)をどのように理解し、付き合ってきたのか。経済関係を軸に政治・社会状況の考察を織り交ぜながら、一筋縄ではいかない両国関係の本質を解き明かす。

第一章 戦前の労使対立とナショナリズム

1 中国の近代化とナショナリズム

2 近代中国経済が不安定な理由

3 在華紡のストライキの背景

4 在中日本人のなかの捻じれ

第二章 統一する中国を日本はどう理解したか

1 国民政府の成立と日本の焦り

2 満州事変以降の路線対立

3 経済成長する中国への態度

第三章  日中開戦と総力戦の果てに

1 日中戦争の開始と通貨戦争の敗北、

2 「総力戦」がもたらしたもの

3 日本の敗戦と国民政府の経済失政

第四章 毛沢東時代の揺れ動く日中関係

1 中華人民共和国の経済建設

2 「政経分離」と「政経不可分」との対立

3 文化大革命期の民間貿易

4 国交回復に向けて

第五章 日中蜜月の時代とその陰り

1 市場経済へと舵を切る中国

2 緊密になる日中経済と対中ODA

3 天安門事件による対中感情の動き

4 「日中蜜月の時代」の背景

第六章 中国経済の「不確実性」をめぐって

1 さらなる市場化へ

2 経済的相互依存関係の深まり

3 中国共産党と反日ナショナリズム

4 中国経済はリスクか、チャンスか?

終章 過去から何を学び、どう未来につなげるか

 同書の「はじめに」の部分がwebちくまで公開されています

『日本と中国経済―相互交流と衝突の100年』正誤表

  不思議なもので自著のミスというのは本ができあがる前には自分でなかなか気がつかないものですが、できあがってからは結構面白いように見つかるものです。指摘を受けたり、自分で気がついた点をいくつか、以下に挙げておきます。

  • 帯裏側:

第六章 中国経済の「不確実性」経済をめぐって

→第六章 中国経済の「不確実性」をめぐって

  • 7ページ3行目:

水洗トイレ便座→温水洗浄便座

  • 22ページ最後から1行目〜23ページ1行目:

中国政府が鋳造した袁世凱銀元や

→清朝が鋳造した龍洋や小洋といった銀貨や

  • 63ページ5行目:

田賦(=農民にかかる人頭税)

→田賦(=農民にかかる土地税)

  • 117ページ最後から3行目:

日本共産党の党員として検挙され→日本共産党のシンパとして検挙され

  • 123ページ最後から3行目:

徳をもって恨みに報いる→徳をもって怨みに報いる

  • 同:

以徳報恨→以徳報怨

  • 175ページ4行目:

1970年11月の国連総会で→1971年11月の国連総会で

  • 222ページ最後から2行目

後者の理想主義的な→前者の理想主義的な

  • 226ページ最後から3行目:

なんこうじゅんわ(南巡講話ルビ)→なんじゅんこうわ

反響について

 拙著について言及していただいたブログやインターネットの記事を順次紹介していきたいと思います。またここでは紹介しませんが、twitterやアマゾンのカスタマーレヴューなどでもいくつか丁寧な感想をお寄せ頂いています。どうもありがとうございます。

山形浩生氏(新・山形月報!

obelisk2氏(オベリスク備忘録

濱口桂一郎氏(EU労働法政策雑記帳)

山下ゆ氏(東京日記 IN はてな

2016-12-27

[][]文化大革命の「新常識」


 今年は文革50周年ということもあって、文革をテーマにしたシンポジウムや雑誌の特集、書籍など、地味ではあるが様々な再検証の試みが行われてきた。その中でも、12月23日にNHKBSで放送されたドキュメンタリー「文化大革命50年 知られざる“負の連鎖”〜語り始めた在米中国人」は画期的な内容だった。番組のベースになっているのは、徐友漁らアメリカ在住の「文革世代」のリベラル派知識人の証言と、スタンフォード大のアンドリュー・ウォルダー教授による、中国の地方誌に記された情報を丹念にデータベース化する中で得られた研究成果である。近年の文革研究は、明らかにアメリカを中心に進められてきた。彼ら在米の研究者たちによって、従来の常識を覆す新事実が次々に明らかにされてきたからである。日本でも、ウォルダー教授の研究チームに加わっていた神戸大学の谷川真一氏らが近年精力的に研究成果を発表しており、その内容は研究者の間では徐々に知られるようになっていた。とはいえ、当事者へのインタビューや豊富な映像によってそのような「文革の新常識」が視聴者に明快な形で視聴者に示されたことは大きい。

 では、その「文革の新常識」とはなにか。それについて説明するためには、文革に関する「旧来の常識」について確認しておく必要がある。これまでの日本社会における文革認識は、一言でいうと「『大地の子』バイアス」ともいうべき固定化されたイメージでとらえられてきたのではないだろうか。すなわち、毛沢東を熱烈に崇拝する年少の「紅衛兵」が、「ブルジョワ反動的」とレッテルを張られた官僚や知識人を暴力的手段をもって糾弾し、打倒したというイメージである。だが、それは文化大革命の悲劇の本の序幕であり、文革を通じて吹き荒れたすさまじい暴力の一部分でしかない。

 番組が説くところ―それはウォルダー教授の研究成果に負うところが大きいが―によれば、文革における死傷者を伴う「暴力」には三つの異なる種類のものが含まれる。一つは、1966年に始まった紅衛兵運動が「ブルジョア反動分子」を批判・打倒する際に行使された暴力である。前述の「『大地の子』バイアス」によって、日本ではこの腕章をつけ人民帽をかぶった紅衛兵が知識人をつるし上げるというイメージがほぼ「文革の暴力」とイコールで結びつけられる傾向がある。

 第二の「文革の暴力」が、1967年の毛沢東の講話に触発された、「造反派」による工場や官僚組織などの奪権闘争、およびその過程で起きた熾烈な主導権争いである。この「造反派」には、1966年の紅衛兵運動の中で「ブルジョア反動分子」として批判された資本家や地主の子弟など、「出身が悪い」とされ疎外されてきた若者たちがかなりの程度参加していた。

 造反派による奪権闘争が混乱を極めるなか、毛沢東ら党中央部は事態を収拾するために各地方に革命委員会を組織させ、党委員会に変わって行政を担わせることで事態の収拾を図った。その過程で第三の「文革の暴力」が生じる。混乱した事態の収束を図るという名目の下、革命委員会という武力を背景にした権力機関の手によって陰惨な粛清が行われたからである。番組で描かれたように、革命委員会は党と軍の幹部、そして造反派の一部によって形成された。しかし、そこに入り込めなかった造反派は、それまでの奪権運動による混乱の責任を一方的に負わされる形で次々と処刑されていった。ウォルダー教授は各地方の地方誌に記載された情報を丹念につなぎ合わせることによって、この「第三の暴力」すなわち革命委員会による粛清の犠牲者こそが、文革期を通じて桁外れに数が大きいことを明らかにした。

 つまり「文革の暴力」には、底辺に位置する者の造反=反逆という新左翼好みの図式で描かれる側面だけでなく、明らかに権力による白色テロという側面も存在しており、しかも後者の規模の方が遥かに大きかった。しかし、そのことはこれまで中国社会で公に語られることはほとんどなかった。その後文革を全否定した中国政府は、その罪をほとんど「造反派」に押し付けることで事態の収拾を図ったからである。こうした権力の暴力に焦点が当たるようになったのは、番組に登場した徐友漁氏など、自身が造反派として文革にコミットした人々が、―多くの場合天安門事件による海外亡命を期に―「中国の外」でこの問題を正面からとらえた発言を行うようになってからである。今後、この「新常識」を踏まえずして、文化大革命を論じることはできないだろう。

[]お仕事のお知らせ


 カルチャー誌『ユリイカ』の2017年1月号特集「アメリカ文化を読む」の企画になぜかお声がかかり、「二つの「帝国」の間で揺れる東アジア」という文章を寄稿しています。

 内容は石井知章編『現代中国のリベラリズム思潮』に寄稿した論考のダイジェスト版で、9.11前後盛んに行われたアメリカ=<帝国>論が急速に忘れ去られる中で、「再編された帝国」として「朝貢システム」に代表されるかつての中華帝国の構成原理を再評価する動きがニューレフトの知識人たちの間で広がりつつあることに注目し、批判的に論じています。

 雑誌のカラーにそぐわない生硬な文章ですが(私の文章の二つ前に載っているブレイディみかこさんのエッセイはさすがに面白いです)、よろしければご覧ください。

 

2016-12-26

[]いただきもの

 

アベノミクスは進化する

アベノミクスは進化する

 いろいろな誤解にさらされている「アベノミクス」を標準的な経済理論と客観的なデータを持ちいて検証する、待望の書だと思います。


 毎年驚異的なペースで著作を発表している岡本さんですが、本書は本来の専門である近代中国外交史研究の集大成といえる大著です。ちょっと目次をめくってみただけでも、「互市」「藩属」といった近隣諸国との関係や、チベット・新疆などの「藩部」の扱いが近代以降どのように変化してきたか資料に基づき丹念に整理されていて、現代の中国が抱えている外交・安全保障上の問題を考える上でも大きな示唆を与えてくれそうです。じっくりと時間をかけて拝読したいと思います。

 目次(出版社ウェブサイトより)

緒 論

  第?部 危機の時代へ

第1章 清朝の対外秩序とその変遷 —— 會典の考察を中心に

     はじめに

     1 『康煕會典』

     2 『雍正會典』

     3 乾隆以降の転換

     4 『一統志』 と會典

     5 清末・民国へ

第2章 明治日本の登場 —— 日清修好条規から 「琉球処分」 へ

     はじめに

     1 日清修好条規

     2 台湾事件

     3 台湾出兵と日清交渉

     4 台湾出兵の波及

     5 「琉球処分」

     6 むすび

第3章 新疆問題とその影響 —— 「海防」 論と 「屬國」 と 「保護」

     はじめに —— 1870年代の新疆と海防論・塞防論

     1 海防論とは何か

     2 イギリスの調停と郭嵩菇の交渉

     3 琉球・朝鮮へ

     むすび —— 1880年代以降の 「保護」

  第?部 属国と保護のあいだ —— 「越南問題」

第4章 ヴェトナムをめぐる清仏交渉とその変容 —— 1880年代初頭を中心に

     はじめに

     1 曾紀澤の交渉

     2 北京交渉

     3 天津交渉

     4 ブーレの解任

     5 ブーレからトリクーへ

     6 曾紀澤の再交渉

     おわりに

第5章 清仏戦争への道 —— 李・フルニエ協定の成立と和平の挫折

     1 前 提

     2 交渉の端緒

     3 天津交渉

     4 結 末

第6章 清仏戦争の終結 —— 天津条約の締結過程

     1 清仏戦争と和平の前提

     2 条約交渉の開始

     3 対立と妥協 —— 「往來」 問題

     4 問題の再燃と条約の締結

     まとめと展望

  第?部 自主から独立へ —— 「朝鮮問題」

第7章 「朝鮮中立化構想」 と属国自主

     はじめに

     1 「朝鮮中立化構想」 への道

     2 「朝鮮政略意見案」 の成立

     3 「意見案」 の位置

     4 「意見案」 の運命

     5 「朝鮮中立化構想」 の挫折

     おわりに

第8章 自主と国際法 —— 『清韓論』 の研究

     はじめに

     1 『清韓論』 への道

     2 『清韓論』 の版本

     3 『清韓論』 の評価

     おわりに

第9章 属国と儀礼 —— 『使韓紀略』 の研究

     はじめに

     1 『使韓紀略』

     2 弔使と朝鮮

     3 弔使と西洋

     むすびにかえて

第10章 韓国の独立と清朝 —— 「自主」 と 「藩屬」

     はじめに

     1 甲午改革から俄館播遷へ

     2 大韓帝国の成立と清朝

     3 清韓の条約締結

     4 1900年の転換

  第?部 「領土主権」 の成立と 「藩部」 の運命

第11章 「領土」 概念の形成

     はじめに

     1 「藩屬」 と 「屬地」

     2 「属地」 概念と曾紀澤

     3 「屬地」 の定着

     4 「領土」 概念の起源

     5 「領土」 の確立

     おわりに

第12章 「主権」 の生成 —— チベットをめぐる中英交渉と 「宗主権」 概念

     はじめに

     1 露中宣言とシムラ会議

     2 「宗主権」 と 「主権」

     3 「主権」 の起源

     むすびにかえて —— 「主権」 と 「領土」

第13章 「主権」 と 「宗主権」 —— モンゴルの 「独立」 をめぐって

     はじめに

     1 露蒙協定 —— 「自立」 か 「自治」 か

     2 露中宣言交渉 —— 「宗主権」 か 「主権」 か

     3 キャフタ会議

     むすびにかえて —— 「外蒙撤治」

結 論