梶ピエールの備忘録。 RSSフィード

2016-07-15

[][]いただきもの


 編者の厳善平さんからご恵投いただきました。日本経済研究センターの研究プロジェクトの成果報告書ということです。

2016-07-11

[][]お仕事のお知らせ

 7月11日(月)発売の、『週刊東洋経済』7月16日号のコラム「中国動態」に、「過剰債務に苦しむ中国に「ユーロ圏のわな」の懸念」という記事を寄稿しました。ユーロ圏の経済的な不安定さの背景に、「単一の金融政策、各国ごとの財政政策」という、単一通貨ユーロを使うことから生じるマクロ政策上の矛盾があることが広く指摘されてきました。中国でも、近年地方債の発行が急速に増えましたが、各地域の経済状況が異なる中で同一の金融政策を採用せざるを得ないため、ユーロ圏と同じ問題が生じつつあるのではないかという指摘があります。例えば所得水準の低い貴州が断トツで高い債務残高(対GDP比率)を示し「中国のギリシャ」ではないかなどと言われています。今回はこの問題に焦点を当てて過去の経緯も踏まえ解説してみました。

2016-07-10

[][]中国の経済統計は本当にデタラメなのか?(下)

承前。

4.サービス部門の推計

 すでに述べたように、中国の統計制度が国際水準にのっとったSNA体系に移行する過程で、最大の懸案はサービス部門の統計をどのように整備するか、という問題であった。その後サービス部門の付加価値額の統計に関してはセンサス調査などを通じてたびたび改訂が重ねられてきた。中でも最大の修正が行われたのが2004年に実施された第1次経済センサスであり、2004年の第三次産業の付加価値はセンサスの実施後48.7%上方に修正され、GDPの名目値は16.8%上方に修正された。その後、2008年の第2次経済センサス、2013年の第3次経済センサスでもGDPの値はそれぞれ4.4%、3.4%上方に修正された。

 また、サービス部門の統計をめぐっては現在でも議論が続けられている。評価が分かれるのは、サービス部門では付加価値額を生産面から直接把握するのがが難しいため、収入の側から、すなわちサービス業就業者の賃金やサービス企業の利益等から間接的に把握するしかないのが現状であり、統計の精度が低いためである(丸川2015)。

 たとえば、一橋大学のハリー・ウー(Harry X.Wu)は、政府の公表するGDP成長率が長年にわたって過大評価されてきた要因として、第一にサービス部門の成長率が雇用の伸びに対して明らかに過大に評価されていること、第二に価格指数が実態を反映しておらず、その分実質GDP成長率が過大に評価されていることを挙げている(Wu=The Conference Board China Center2014)。前者は、過去のセンサス調査によってサービス産業のカバレッジが急速に増加した結果、1989年と1990年の間でサービス部門の雇用統計に不連続性が生じており、その結果サービス部門の成長率に大幅な過大評価が生じていることを指摘するものである。ウーは1949年以降のサービス部門の雇用を経済センサスの結果を踏まえて推計し直し、サービス部門の労働生産性の上昇がゼロであるという仮定をおいてその成長率を推計し直している。

 一方、香港科技大学のホルツ(C.A.Holz)は、GDPデフレーターに過少評価の傾向があることは認めながら、その効果はそれほど大きなものではないとする。彼はまた、政府が従来より何度もセンサス調査を通じてGDP統計、特にサービス部門のカバレッジを見直してきたこと、そのたびにGDPの推計値は上方修正されたが、いまだ十分なレベルではないことを強調する。すなわち、現在のGDPの水準は、カバーされていないサービス部門や、「ヤミ経済」の存在によって、過小評価されている側面もあるわけだ。これらのことからホルツは「代替的な推計も不十分で、公式統計よりも優れているとは言えない」とし、公式統計には十分な利用価値があると結論付けている。このほかにも、許憲春(Xu2002)や小島麗逸(小島2003)らが、帰属家賃および福祉関連サービスなどいくつかの項目を十分にカバーしておらず、過小評価されている面があることを指摘している。 このように、サービス部門の統計はまだ整備の途上であり、今後も見直しが続けられていくものと思われる。

5.デフレーターと実質化に関する問題

 実質GDPの成長率は当然のことながら名目値を実質化するデフレーターの値によって大きく左右される。特に工業など第二次産業に関するデフレーターに大きな問題があることはこれまで多くの論者によって指摘されてきた。

 初期に行われた批判のうち代表的なものが任若恩(Ren1997)によるものである。近年になるまで中国では、GDP、特に工業付加価値の実質値を求める際に、政府(統計局)が独自に調査を行って推計したデフレーターを用いて名目値を実質化するのではなく、企業などが定められた基準年の価格を用いて自ら実質化し、報告したデータをもとにしてGDP実質値を求めていた。デフレーターは、そのようにして求められたGDPの実質値と名目値の乖離から、インプリシットに求められるに過ぎなかった。このようなやり方では、企業がきちんと実質化を行ったかどうかチェックすることができず、信頼性の低さが問題とされてきた。任は、統計局が独自にサンプル調査を行って得られた価格指標(農産物買付価格、工業製品出荷価格など)を用いて名目GDPの実質化を行った結果、改革開放期の公式統計における実質GDPの成長率が過大に評価されていたことを指摘した。マディソン(Maddison1998)、ヤング(Young2000)など、基本的に任が行った推計に一部修正を加えた研究が公表されている。

 このようなGDPの実質化をめぐる議論は現在でも続いている。現在では、実質GDPを求める際に、国家統計局が独自に推計したデフレーターを用いて実質化を行っている。しかし、そのやり方は、各産業において総生産値―中間投入財としてまず付加価値をもとめ、その付加価値を総生産値を実質化するのと同じデフレータを用いて実質化する、いわゆるシングル・デフレーション法である。

 この方法は、総生産値と中間投入財の物価上昇率が同じであれば問題はないが、両者の間に乖離がある時は付加価値の実質値に過大/過少評価をもたらす。この点を補正しようと思えば、総生産値と中間投入財の名目値をそれぞれ別のデフレータによって実質化した上でその差より実質付加価値を求めるダブル・デフレーション法を用いる必要があるが、中間財の価格指標を求めることの技術的制約より、中国では用いられていない*1

 また、松岡=南 =田原(2015)は、中国の公式に発表されたGDPデフレータが輸入物価の変化―2014年以降資源価格の下落を受け、大きく落ち込んでいる―を控除していないため、過小に推計されているのではないかという観点から、GDPの各項目別にデフレータを推計し、輸入物価の変化分を控除して独自に実質GDP成長率の推計を行った。その結果、7%と公表された2015年前半期の実質GDP成長率は、実際には5.2%から5.3%の間であった可能性が高いと結論付けている。このほか、Balding(2013)は中国の物価指標では住宅部門の価格上昇が十分に反映されず、過少になっている、という指摘を行っている。

 これらの点は、現在においても価格指標とサービス部門の評価の難しさ、という点が中国のGDP統計の構造的な「アキレス健」だということを物語っている。

6.過去のデータの遡及的修正に関して

 4.で述べたように、中国では過去何回かにわたって行われたセンサス調査によってカバレッジの見直しを中心にGDP統計の精度の向上が図られてきた。センサス調査によってGDPの値が大幅に上方修正される場合、当然のことながら過去のデータとの整合性をどうするのか、ということが問題になる。例えば、2004年の第1次経済センサスの際は1993年に遡及して名目・実質GDPの値が上方修正されたが、第2次、第3次の経済センサスの際はそのような過去に遡及しての修正は行われなかった。また、このように中国のGDPが過去に遡及して修正される際には、「トレンド階差法」という方法が用いられた(許2009)。これは、a.まず旧データの1992年および2004年の値を使って旧データのトレンド値を求め、次にb.旧データの1992年の値と新データの2004年の値を使って新データに対するトレンド値を求める。そしてc.1993-2003の旧データのトレンド値と実際値のトレンド値との比率係数を得る。最後にd.この比率係数を使って新しいトレンド値を修正し、過去のデータを改訂する、というものである。

 ただ、このような過去のデータにはある種の恣意性が付きまとうため、それに関する問題点も指摘されてきた。このようなトレンド階差法による修正が行われることにより、公表されるGDPの成長率は基本的に変動の少ない、滑らかなものになる傾向がある。その過程において、特定期間における成長率の落ち込みなどが隠されてしまう可能性がある。例えば、第2次経済センサスの際に過去に遡及した修正が行われなかった背景には、2008年のリーマンショックの影響による成長率の落ち込みを隠す目的があった、という指摘がある(三浦2013)。

 『中国GDPの大ウソ』でも指摘されているように、各年度の実質成長率の変動が少なすぎるのではないか、という批判はよく聞かれるところだ。これは、前項で見たデフレーターに中間財や輸入財の価格変動が十分に反映されていないという点、過去のさかのぼった補正が行われる際に各年度の成長率が滑らかになるように補正がされている、という点によってほぼ説明できるのではないだろうか。

7.地方GDPの過大評価問題

 さて、これまで検討してきたのは、いずれも全国のGDP統計に関する問題点だった。中国では、これとは別に31の省・市・自治区(地方政府)が公表する地方GDPの統計があり、こちらの方もまた固有の問題を抱えている。その代表的なものが、これら省レベルの地方政府が発表するGDP統計の合計が中央政府(国家統計局)のそれと合致しない、という問題である。その背景として、地方のGDP成長率が地方指導部の評価を左右するといった中国独自の官僚の考課制度をはじめとした、政治的な要因もあると言われてきた(三浦2013)

改革開放期以降、地方政府はその地域の経済振興に深くコミットしていただけでなく、徴税の権限ならびにその規準となる統計データの収集という側面においても大きな権限を持っていた。また、各級の地方政府で統計データが集計される過程では、統計局以外にもさまざまな部署が関わっており、そこで統計に関する虚偽報告が行われる可能性があることが指摘されていた。すでに述べたように1990年代後半以降、国家統計局が直接データを収集して各種の価格指標や鉱工業企業統計の作成を行うようになった背景には、このような統計データの収集・集計に地方政府を介在させることによって生じるバイアスを排除し、より実態に近い統計データの推計を行おうとする中央政府(国家統計局)の意図があった(梶谷2003)。

 しかし、その後も全国GDP統計と地方GDP統計との間の乖離は縮小するどころか、ますます拡大していった。 このような地方GDP統計の過大評価問題について、おそらく最も説得力のある説明を行っているのが三浦(2013)である。三浦によれば、地方政府のGDPが全国の値に比べて課題になる原因は、工業付加価値の過大評価にあるという。

 少し詳しく説明しよう。中国のGDPの構成要素である鉱工業付加価値の統計のベースになっているのは、一定規模以上(2010年まで売り上げ500万元、2011年以降は2000万元)の工業企業のデータを国家統計局が収集して得られた工業付加価値の統計である。鉱工業付加価値の統計は工業付加価値のカバレッジに含まれない中小企業のデータも含んでいるため、必ず後者の値を上回るはずである。しかし、実際には2007年以降、カバレッジが小さいはずの工業付加価値の値が鉱工業付加価値の値を上回ると言う「異常な事態」が生じている。

 三浦によると、国家統計局も工業付加価値の統計が過大評価されていることを認識しており、これに一定の下方修正を施した上で、工業付加価値のカバレッジに含まれない中小企業のデータをそれに加えて鉱工業付加価値の統計を算出しているのだと言う。しかし、地方政府が独自に算出している地方のGDP統計では、このような下方修正が行われず、過大評価された工業付加価値の統計をそのまま用いて地方ごとの鉱工業付加価値の統計を算出している。このため、地方レベルのの鉱工業付加価値の合計値と、国家統計局が発表している全国レベルの鉱工業付加価値の間には大きな乖離が生じている、というのが三浦の説明である。 

 ただし、この問題は国家統計局においても十分に認識されており、特に2008-2013年まで国家統計局局長の座にあった馬建堂局長の時代には、意図的な虚偽記載に対する厳しい罰則を設けた統計法の改正が行われるなど、改善にむけた努力が行われた(Orlik2014)。ただ、その跡を継いだ王保安局長の任期中に冒頭で述べたように数百人の国家統計局職員が統計データを不正に操作して利益を得たという疑惑が生じ、王局長の解任にまで発展している。中国の統計の信頼性はこのように統計データ作成にかかわる「人」の信頼性も密接に関係している。

8.代替的な推計はどの程度頼りになるか

 これまで見てきたように、中国のGDP統計には確かに様々な問題があり、それゆえに多くの専門家が代替的な数値を計算してきた。それらは大きく分けて二つに分類される。

 一つは経済の実態をより反映していると考えられる指標を組み合わせた代替的な成長率を用いるものである。ロースキーのころからGDP統計と他の経済変数との整合性のなさを問題にする議論は存在したが、その中でも最も有名になったのが貨物輸送、電力消費量、銀行融資額の伸びを経済成長の指標として用いるいわゆる李克強指数であろう。だが、これもよく指摘されるように李克強指数は、李克強が国有企業を中心とした重厚長大型の産業に多くを依存する遼寧省のトップだった時の発言で、これをのまま用いるとそれらの産業の状況を過大に評価した結果が出てしまう、という問題がある。

 この点で、より洗練されてるのがキャピタル・エコノミックスによるチャイナ・アクティヴィティ・プロキシ(CAP指標)を用いた代替的な推計である(Capital Economics2015)。CAP指標は、発電量(製造業の代理変数、以下同じ)、貨物輸送量(経済活動全般)、建設中の建物床面積(不動産開発)乗客輸送実績(サービス業)、そして海運輸送量(国際貿易)の5つの指標を加重平均したもので、これらの指標の伸び率を総合して、実態に近いGDP成長率を推計しようとするものである(加藤、三竝2016)。

 リンク先に保存されたレポートのChart1をご覧いただきたい。これを見れば明らかなように、CAP指標を用いた代替的な推計は、2012年ぐらいまでは実際の実質GDP成長率の変動とほぼ連動している(ただ、SARSの流行が見られた2003年などいくつかの例外はある)が、2013年以降、特に14,15年は後者の値を2%前後下回っており、実質GDP成長率は過大評価されていた可能性があることを示唆している。ただ、李克強指数はもとより、CAP指標のような洗練された指標でもサービス産業の伸びを十分に補足できておらず、このため製造業からサービス産業への移行が急速に生じたここ数年に実体経済との乖離が生じている可能性もある。

 一方、GDPの代替的な推計のもう一つのやり方は、デフレータの算出やサービス部門の推計など、疑わしいと思える部分に独自の仮定を置いてGDPの推計をやり直すものである。一橋大学のハリー・ウーによる推計(Wu=The Conference Board China Center2014)がその代表的なものである。ウーは、政府の公表するGDP成長率が長年にわたって過大評価されてきた要因として、第一にサービス部門の成長率が雇用の伸びに対して明らかに過大に評価されていること、第二に価格指数が実態を反映しておらず、その分実質GDP成長率が過大に評価されていることを挙げている。ウーはこれらの点を補正して独自の推計を行い、1978年から2014年までの実質GDP成長率は公式統計の年平均9.8%より低い平均7.1%であり、1990年価格で測った実質GDPも公式統計より36%ほど低くなる、と結論付けている。

 ただ、ウーの推計にも問題がある。補足されていないサービス部門の活動により上方修正される可能性がある点を考慮していない点や、ホルツ(Holtz2014)が指摘するように、長期間にわたってサービス部門における労働生産性が全く変化しない、というかなり無理な仮定を置いている点である。これらの点を考慮するならば、ウ―の代替的な推計を一つの「下限」と考えたほうがよさそうだ。また、彼が行っている代替的な推計はあくまでも1990年を基準とした実質GDPの値に関するものだという点にも注意が必要だ。このような実質GDPの過大評価はその多くがデフレータの過小評価によるもので、必ずしも現時点の名目GDPが大幅に水増しされている、ということを示すものではないからだ。

おわりに

 これまで見てきたように、代替的な推計にも様々な問題点があり、切り札となるような推計があるわけではない。ただ、複数の推計結果が示している通り、2014年、2015年あたりの実質GDP成長率はいくらか過大評価されている可能性は高そうだ。ただ、その幅は年率にして最大でも2%を超えていることはおそらくないだろう。また、GDPの名目値に関してはほぼ現在の中国経済の実力を表していると考えて間違いはなさそうだ。

 ここ1〜2年、実質GDP成長率の過大評価の指摘が目立つことになった理由としては、1.価格指標の不備が資源価格の大きな下落などによって顕在化した、2.経済構造が第二次産業から第三次産業へと大きく変化したため、統計指標の精度が低下した、3.統計局長の職務怠慢や規律の歪みなどといった人的要因の存在、などが指摘できるだろう。個人的には2014年や2015年の公式統計と代替的な推計との間の乖離は1.と2.でほぼ説明できると考えているが、現時点では確定的なことは何とも言えない。今後ともこのような過大評価の傾向が続いていくのか注視すると共に、様々な角度から観測を続けたうえで総合的に判断を下すしかないだろう。

 確かに、中国のGDP統計の精度は決して高いとは言えないかもしれない。しかし、それが全くのデタラメではなく、ある一定の傾向を持つ「誤差」を反映したものだということを知っているだけで、そこから受ける印象はずいぶん違うはずだ。中国の統計のデタラメさを必要以上に言い立ることは、それ以上にデタラメな、トンデモ経済論に陥ることになりかねない。そうならないためには、基本的な資料や関連する論文を地道に読み込んで、少しでももっともらしい見方とはなにか、自分なりに判断していくしかないだろう。

*1:ただし、この点に関してはダブル・デフレーション法を用いることがシングル・デフレーション法よりも必ずしも統計の精度を高めない、という許憲春による反論がある(許憲春「GDP縮減指数与増長速度」、www.stats.gov.cn/tjgz/tjdt/201508/t20150812_1229169.html)。

2016-07-08

[][]中国の経済統計は本当にデタラメなのか?(上)

 中国経済というとどうも「わかりにくい」と感じる人が多いようだ。その「わかりにくさ」の一つの背景に、議論の前提となるはずのGDPなど経済統計の信頼性の低さの問題があることは間違いないだろう。最近の話に限っても、2015年に上半期の実質GDP成長率が7%という数字が公表されたころから、中国の経済統計に関する疑念やそれに関する議論が中国の内外で盛んに行われるようになった。2015年は多くの工業製品の名目の生産額がマイナスになっていたにもかかわらず、工業部門の付加価値は実質6%の伸びを記録するなど、統計間の不整合が目立ったためだ。また、2016年2月に国家統計局の王保安局長が解任され、数百人の国家統計局職員が統計データを不正に操作して利益を得たとして取り調べを受けている報道がなされたことも、そういった風潮に拍車をかけたといえる。

 そのためかこのところ、統計の信頼性の低さが中国崩壊論の根拠として持ち出されることも多くなった。中でも、先日出版された高橋洋一氏の『中国GDPの大嘘』は、政策にも影響の与える人気エコノミストが書き下ろした本と言うことで、かなり話題になっているようだ。

中国GDPの大嘘

中国GDPの大嘘

 というわけで僕も高橋氏の『中国GDPの大嘘』は出版された時に手に入れて目を通したが、正直なところ「これじゃあだめだ」と思った。

確かに中国の経済統計には問題点が多い。しかし、全くデタラメな、根拠のない数字が毎年公表されている訳ではない。後でくわしく述べるが、中国のGDP統計の特徴は、それが発展途上にあるということだ。現在でも経済センサスなどによって常にカバレッジの見直しが行われ、頻繁に過去の値の改訂が行われている。算定の基準が大きく変わるため、統計の連続性をつかむのは容易ではない。特に統計がある年から全く公表されなくなることも少なくない。統計の信頼が低いのは大部分が技術的な要因からだが、そこに政治的な要因が全くないわけではない。だからこそこの問題を論じるとき、研究者は細心の注意を払わなければない。

 しかしこの本からは、わかりにくい中国の統計を慎重に扱おう、という経済の専門家として良心的な姿勢を感じることはできない。そもそも、同書には、これまで大量に書かれた中国の統計問題に関する専門書や論文―この下の参考文献リストをどうぞ―にほとんど目を通した形跡がない。つまり、それらの膨大な議論を突き合わせながら、中国のGDPについての批判や代替的な推計のうち、どれがもっともらしいのか理性的に判断する、という作業をほとんど行っていないのだ。その代わりに本書で随所見られるのは、とにかく中国は得体の知れない、日本にとって脅威にしかならない国であり、そこが発表する統計数字などでたらめに決まっている、という先入観に基づいた論断である。現在の中国政府の姿勢や国家のあり方について、それを批判したり警戒したりすることは、当然行われてしかるべきだろう。しかし、中国政府に対峙する上で統計指標の作成能力も含めた政府の能力をあまりに低く見積もる、つまり相手をなめきった態度をとることは、日本の社会にとって何ら有益な結果をもたらさないと思う。

 この本の最大問題点の一つは、中国の統計データについて、本来一緒に論じるべきではない、レベルの異なる批判を混同して行っている点にある。

 例えば、同書の記述はまず、中国経済の減速に合わせて統計数字の間に乖離が生じているとか、地方政府のGDP統計の合計と全国のGDP統計との間に乖離が見られるといった、比較的最近の、よく知られている現象についての指摘から始まっている。これらは、後述するように十分根拠のある指摘だが、問題なのはそこからだ。同書ではそれに続いて、ソ連経済の統計がいかにデタラメであり、1928年から1985年もでのソ連の国民所得の伸びは公式統計によると90倍だったが実際には6.5倍しかなかった、といった話が挿入される(同書28ページ)。そして、恐らくはそこからの類推として「中国の現在の実質GDP成長率はマイナスであり、実際のGDPは公式統計の3分の1程度」という結論が、ほとんど根拠が示されないまま提示されることになる。

 確かに、毛沢東時代の中国はソ連に劣らないぐらいひどいデータのねつ造が行われてきた。その代表的な例が1958−60年の大躍進の際の統計の水増し報告だ(小島2003)。また、マルクス主義経済学に依拠したソビエト型の統計システムであるMPS(System of Material Product Balances) は、サービス部門の生産をほとんど評価しないという欠陥があり、統計データの収集も独立の機関が行うのではなく、国有企業などの生産単位からの一方的な報告に依存していた。いうまでもなく、このようなシステムでは不正報告が極めて日常的に生じてしまう。

 しかし、後述するように1990年代以降中国はMPSから世界標準であるSNA(国民経済計算)体系への移行を段階的に進めてきた。そして、サービス産業の統計などはいまだ移行の途上にある。中国のGDP統計に関する疑問点が指摘されるようになったのも、その移行段階で様々な不整合が出てきたことに対応している。つまり、現在に至るまで続いている中国の経済統計に関する様々な矛盾点の多くは、世界標準の統計システムが整備中であることから来るものであり、高橋氏の言うようにソ連の統計システムをそのまま受け継いでいることから生じているわけではない。だから旧ソ連や毛沢東時代における経済統計の政治的なゆがみやMPS体系のでたらめさをいくら強調しても、それは現在のGDP統計の矛盾の解明にはほとんどつながらない。

 また、本書では中国の公式失業者統計(登録失業率)が、政府に登録した失業者のみを分子にカウントしているため、失業率の数字が全く実態を反映していないことが指摘されている(42ページ)。これ自体は正しい指摘だが、登録失業率が実態を反映していないことは政府関係者も別に隠したりはしていない。毎年の労働市場の状況を示すデータとしてそれに代わるものがないので仕方ないのだ。失業率の実態に最も近い数字としては、ほぼ5年に一回行われる人口センサスの結果から得られたものがある(丸川2013)。失業率の実態を知りたければ人口センサスから得られた数字を利用すればよいだけの話だし、また登録失業率が実態とかけ離れているからといってGDP統計が実態とかけ離れている証拠になるわけでもない。

 本書の第二の問題点は、中国のGDPが過大評価されているという学説や現象だけをとりあげて強調する半面、相反する学説や矛盾する現象にはほとんど言及せず、そこから一方的な結論だけを引き出している点である。

 例えば本書では権威づけのためか、著名な中国経済研究者であるトーマス・ロースキーが2001年に公表した、GDP統計が大幅に過大評価しているという論文を引用している。確かにロースキー論文は「中国GDPのウソ」を示す学術的な根拠として日本のマスメディア―その多くはSAPIOとか産経新聞とか文藝春秋といった保守系の―などにも取り上げられた。しかし、ロースキー論文は、李克強指標などよりもさらに原始的な手法で経済統計の不整合を指摘するもので、発表された後多くの批判にさらされ、現在では基本的に過去のものとなっている。むしろ、膨大な先行研究の中からロースキー論文だけに言及するのは、この問題についてちゃんと勉強していない、ということを告白するようなものである。

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データ出所: CEIC

 また同書では、2015年の1月から7月までの輸入額が前年比14%の大きな落ち込みを見せていることをほぼ唯一の根拠に、実質GDPもマイナス成長ではないかと推測している(44ページなど)。しかし、2014年から2015年にかけては、原油価格の下落などを背景に、中国の輸入デフレータは対前年比で10%前後の落ち込みを見せている(松岡=南 =田原2015)。また、月次の輸入総額と一単位当たりの価格の対前年比を示した上の図によれば、同時期の貿易総額の落ち込みが、ほぼ価格のの下落によって説明できることがわかるだろう。ここ1,2年、中国の製造業は典型的な債務デフレの状態にあり、名目値ではほとんど成長していなかった。例えば、2015年の中国の第2次産業の付加価値額の名目成長率は0.9%だ(星野2016)。このことをを考えれば、この時期の輸入額の動向はGDP統計の推移と決して不整合な動きをしていないことがわかるだろう*1

 今の世の中、中国経済に関するマイナスのイメージを増幅させる材料はそこら中に転がっている。それらを単に並べて見せるだけでなく、異なる見方なども考慮した上で慎重に吟味していくのが専門家にとって必要とされている作業なのだが、残念ながら本書にそういった姿勢は見られない。

 とはいえ、いうまでもなく現在の中国のGDPに問題があるのも事実である。では、具体的にどのような問題があり、それが「全くのデタラメ」ではないとなぜ言えるのか、その点をきちんと述べておかなければ説得力を欠くだろう。以下では、やや煩雑だが中国のGDP統計についてこれまでどのような問題が指摘されてきたのか、いくつか項目に分けて論じていこう。

続きを読む

[][]「中国の経済統計は本当にデタラメなのか?」参考文献リスト

(日本語)

石原享一(1994)「中国統計システムの改革」、『アジア経済』8月号

梶谷懐(2003)「中国の「市場経済移行」の評価をめぐって―公式GDP 統計の信頼性に関する議論より―」『比較経済体制研究』第10号

加藤弘之・三竝康平「中国のGDP統計の信頼性について」『国民経済雑誌』第6号

許憲春(2009)『詳説 中国GDP統計―MPSからSNAへ』新曜社

小島麗逸(2003)「中国の経済統計の信憑性」『アジア経済』5・6月号

堀井伸浩(2003)「中国石炭産業の市場統合への阻害要因―湖南省石炭流通調査からの考察―」『アジア経済』1月号

星野真(2016)「中国の経済成長率6.9%から何を読み取るか」『Views on China』(http://www.tkfd.or.jp/research/china/a20009?id=1630

松岡秀明=南毅 =田原健吾(2015)「中国の真の実質GDP(Real Real GDP)を探る―7%成長は、5%前後の可能性―」『JCER経済百葉箱』第83号

丸川知雄(2015)「中国の成長率は本当は何パーセントなのか?」『ニューズウィーク日本版』2015年10月6日(http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2015/10/post-3965.php)。

三浦有史(2013)「中国の地方GDP統計の信頼性」『環太平洋ビジネス情報 RIM』Vol.13,No.48.

(中国語)

邱暁華(2002)「中国統計数据是真実可信的」『中国統計』5月号

史丹(2002)「我国経済増長過程中能源利用効率的改進」、『経済改革』第9期。

孟連・王小魯(2000)「対中国経済増長統計数据可信度的估計」、『経済研究』第10期。許憲春(2002)「中国国内総産値核算」, Tsinghua University Working Paper, No.200209, Beijing.

(英文)

Balding, Christopher(2013) "How Badly Flawed is Chinese Economic Data? The Opening Bid is $1 Trillion,"(http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2307054 よりDW可)

Capital Economics(2015) "Growth fears at odds with stronger activity data,"CHINA ACTIVITY MONITOR, 22nd September. ( https://www.capitaleconomics.com/wp-content/uploads/2015/08/growth-fears-at-odds-with-stronger-activity-data.pdf

Holz, C. A. and Lin, Y. M.(2001)"The 1997-1998 Break in Industrial Statistics Facts and Appraisal", China Economic Review, Vol.12, pp.303-316.

Holz, Carsten A. (2014) ”The Quality of China’s GDP Statistics,”China Economic Review, Vol.30, pp.309-338.

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*1:このように言えるのは、付加価値の実質化にあたっては輸入価格の変動は控除すべきだからだが、だとすると同時期の中国の第2次産業の付加価値が実質で6%ほどの伸びになっていることとの整合性が問われるだろう。これは後述するように、公式統計のデフレーターが輸入価格を控除しておらず、過少評価になっていることから生じている可能性が高い。