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またの名を「PSI九段下ニセ科学研究所」「九段下総研」
『ポピュラーサイエンス日本版』から『家電批評monoqlo』『monoqlo』と渡り歩く「ニセ科学研究所」のBLOGの別室

08年3月頃までは、本家のクローン。
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2016年05月02日

ラヴェルのボレロと戦時加算

昨日、「ラヴェルのボレロの著作権保護期間がやっと終わった。この5月1日からはパブリックドメインPD)になるので、いよいよ利用されるようになるだろう」なんていう記事がちょっと話題になった。


発端になったのはこの記事だと思う。

クラシック音楽の人気曲「ボレロ」、1日に著作権消滅 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News


「まだ切れてなかったの?」という反応をいくつも見た。はてなにも首をひねっている人がちょいちょいいる(はてなブックマーク - クラシック音楽の人気曲「ボレロ」、1日に著作権消滅 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News)。ぼくも「え? あれはもう保護期間過ぎてるでしょ? どういうこと?」と思った。で、ちょっと調べてみたら、これ、どうやら著作権保護期間の戦時加算のありようが国によって異なるのが原因だとおよそ理解できたので、リハビリを兼ねて自分用に整理しておこうと思った次第。


フランス国内事情の話だった

結論から言うと、こういうことのようだ。以下、推測混じりなので、勘違いなどあったらご指摘をいただければ幸い。

  • 日本でのラヴェル作品の著作権保護期間はすでに20年ほど前に切れている。つまり「とっくのむかしからPDになってる」。
  • しかし、フランスは戦時加算についてちょっと違う考え方をしていて、自国内での著作物利用についても戦時加算が行われる。その期間がようやく終わり、今年の5月1日からPDになった。
  • このフランスの戦時加算は、日本が連合国から課されてきた戦時加算とは別物。
  • 別にボレロだけ特別なんじゃなくてラヴェルの作品どれも同じ(のはず)。

AFPの記事は「フランス国内では」という話を述べているに過ぎず、ほとんどの国では日本と同様に保護期間はとうに終わっているようだ。従って、記事末にある

 仏音楽著作権管理団体SACEMのローラン・プティジラール(Laurent Petitgirard)氏は、世界全体でみると10分ごとにどこかでボレロの演奏が始まるとよく言われるが、今後この曲は広告や映画でいっそう多く使われるようになるだろうと述べた。

というのもフランス国内での利用増加の話であり、世界的に見ればあまり事態は変わらなさそうだ。


著作権保護期間と戦時加算

TPPに関する議論でだいぶ知られてきたように、著作権保護期間は国によって違う。日本では作者の死後50年だが、国によっては70年のところもある。フランスも70年だ。そこに戦時加算が加わる。戦時加算というのは、大雑把にいうと「戦時下では著作権の保護がうまく機能しないから、その期間だけ戦後に保護期間を延ばしますね」という取り決め。いまどきの日本で関係があるのは、だいたい第二次大戦の戦勝国である連合国の人の作品の場合ですかね?(この辺、自信がない)


ここでちょっとややこしいのは、加算される期間が当該国間で決められていて、国によって「うちの作品は何日の加算ね」とそれぞれ違うこと。この辺、このページが詳しい。

文化審議会 著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第7回)議事録・配付資料 [資料8]−文部科学省

たとえば、フランスの作品を日本国内で利用する場合は3,794日、オランダは3,844日、ギリシャは4,180日の加算がされるってことなんかもわかる。もっとも、国によって多少ばらつくけど、だいたい10年前後ってことらしい。


日数はその国と平和条約をいつ締結したかによるようなので、交戦期間がそれぞれの国家間で異なるから加算期間も国によって違うよってことなんでしょうね。あと、当該国の国内法が尊重されるらしくて、たとえば「フランスでは保護期間は70年だから、負けた日本もそれに合わせてフランス人の作品は保護期間70年+戦時加算ね」とはならない。日本でフランスの作品を利用する場合はもともとの日本の保護期間50年に約10年の戦時加算がされて、事実上「およそ60年」が保護期間になっている。


フランスの特殊事情

フランスの戦時加算については、さらにややこしい事情がある。ぼくは前述のように戦時加算が行われるのは「戦勝国の作品を敗戦国で利用する場合」だと理解していた。上掲の文化審議会のページにも〈日本国は、公にされ及び公にされなかつた連合国及びその国民の著作物に関して〉とあるので、まぁおよそ間違っていないだろう。


それが、フランスでは「交戦国との間だけの問題じゃない。国内でも事情は同じじゃん」と考えてるみたい(ほかにもそういう国があるのかは知らないが、今はそこは問わない)。


前掲した文化審議会のページには「4. 諸外国の戦時加算について」のフランスの項に〈戦争の期間は精神的著作物の正しい利用が不可能であるとの立法者の判断にもとづき、フランスは戦勝国であるが、第一次世界大戦後に戦時加算(1919年法:6年152日延長(注5))を行い、また、第二次世界大戦後に公有に帰属していないすべての著作物に戦時加算(1951年法:8年120日延長)を行っている。また、1951年法による延長期間は1919年法による延長期間に追加することができる。〉と記されている(強調は引用者による。以下同)。


つまり、第二次大戦前〜戦中に発表された著作物の、フランス国内での利用に際しては作者の死後70年の保護期間+戦時加算8年120日、合計すると78年4ヶ月の保護期間がある。戦勝国は国内ではふつうこの加算をしないので、たいがいの国では遅くても8年かそこら前に保護期間が終わることになる。敗戦国でも保護期間が50年だったら、やっぱり20年ほど前に終わる。


ちなみにラヴェルの場合は1937年12月28日に没しているので、保護期間は翌1938年1月1日から起算される(著作権の保護期間はどれだけ? | 著作権って何? | 著作権Q&A | 公益社団法人著作権情報センター CRIC〈死後、公表後、創作後の期間の計算は、期間計算を簡便にするため、死亡、公表、創作の翌年の1月1日から起算されます〉)。まず70年の保護期間なので2008年1月1日、さらに加算が8年で2016年1月1日、そこに120日というハンパ分の加算で2016年5月1日からPDなんですね。


今回の件にからんでネット上では、たぶん前述した「フランスの作品を日本国内で利用する場合は3,794日、およそ10年の加算」という話から引っ張り出されたのであろう「3,794日の加算」が出てきていたりする。これで計算しようとすると、今年の5月1日解禁になる理由がわからなくて、かなり混乱した。でも、その加算は日本国内での利用に関する話。そもそも20年ほど前にその加算期間は過ぎていて、今回は関係ないのだ。ああ、ややこしい。


ちなみに〈さらに1951年法では、著作者がフランスのために戦死した時は、相続人または承継人のために30年の例外的延長を設定している。〉なんてことも書いてあるから、作者の死因によってはなんと108年4ヶ月の保護期間!もあり得るわけで、いやぁ、なんともすごい……。


AFPの記事に思う

ところで、AFPの記事を読んでぼくが抱いた疑問はいくつかあった。

  • ラヴェルの作品って、とっくに保護期間が終わってない?
  • なんで「ボレロ」だけの話になってるの? この作品だけ特別に保護期間が長かったの?
  • 日本とフランスの事情の違いでもあるの?
  • 「5月1日」ってどういうこと?

「ボレロの初演から約90年」なんてくだりもあったので、「フランスは初演を基準に計算するのか?」なんてことも考えちゃった(作者が死んでなくても発表から保護期間が経過すればPDになるようなので、そう言えなくもないけど、それは別にフランスに限った話ではない)。事情がわかってみれば、こうした疑問・推測のなかには、もっともなのものもあるけど「理解できない事態を理解しようとして断片的な知識から突拍子もない推測をしている」ものもあることがわかる。こういうの、いろんなときにしでかしてそう(あ、別件でしでかしたばかりだ・汗)。ああ、こわい。


そいから、この件についてのNeanさんの記事別冊 日々の与太 » 本日の教えてくん/何で「ボレロ」の著作権保護期間は、2016年5月1日に消滅したの? を読んで気づかされたのだけど、AFPはフランスの通信社で、だからフランスに固有の事情なのに特に断りもなく述べているんだ、という点。世界的に記事を配信している通信社なのに、基本は国内向けの内容で、特に注釈もしないというのは、さすが「おフランスが一番」という中華思想がはびこる国だなぁ、なんてことも思ったのでありました(ひどい偏見だよね。この点については末尾「感想文」で追記)。


AFP、もちょっと親切な記事にしてくれたらうれしかったなぁ。


おしまいの感想文

こういう事情を知って、最初は「フランスもAFPもわけわかんね!」と思ったんですよ。でも、よく考えると、フランスの戦時加算のありかたって、敗戦国に一方的に課すよりもよっぽど理にかなってるかも、なんて。「戦勝国が敗戦国からこうむった財産的損失の回復」じゃなくて「著作権者が戦時下でこうむった財産的損失の回復」と考えるなら、敗戦国にだけ課されるのっておかしいような気がするよね。


そして、AFP以外の通信社は、海外に記事を配信するときに「うちの国ではこうなんですよ」なんて解説をつけてるかな。やってないような気がするな。海外に知ってもらうことが目的の通信社ならやってるかもしれないけど。掲載媒体が利用時に手を加えたりしてるかな? そういうこともありそうだけど、常になのかというと、うーん、どうだろ……。


JASRACの著作権保護期間の戦時加算とは? JASRACには、〈現在、この戦時加算が行われている国は、日本だけです〉なんて書いてある。「連合国が敗戦国に課す」という意味では、そうなのかもしれない。でもでも。なにしろ戦時加算も単純じゃねえですなぁ……。


そして、日本では「◯◯さんの作品は来年から保護解除でパブリックドメイン(PD)だー」なんて話が青空文庫を中心に取りざたされるけど、フランスでは「戦時加算が関係ないから1月1日からPD、第二次大戦がらみだから5月1日からPD、第一次大戦がらみだから6月1日からPD」の三通りが存在してるんでしょうねえ。きっと、その筋の人には常識なんだろうなぁ……。はぁ、ところ変わればだなぁ……。

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