最近、わたしの音楽を聴く姿勢が昔と大きく違ってきた。

 音楽を聴くといえば、わたしの場合は、レコード、カセット、CDを音源としてそれらを再声する機器にセットしてスピーカーを通して空間に音を放し裸耳で聞いた世代である。今でもこの名残はCDをCDプレイヤーで聴くという形で存在している。
 
 パソコンというものが身近になり、パソコンが音楽にかかわるようになったのは最近のことである。
パソコンは最初、一般には音楽とは無縁だったように思われる。CD化される元の音源のことは、音楽雑誌などでよく目にしてはいたがその音源は一般に入手できるしろものではなかった。その音源は関係者のみが視聴できる特別なもので販売の方法さえ考えられてはいなかったように思う。我々一般はこの音源の3/1ほどの圧縮音をCDで買うことしかできなかったのである。CDのデジタル信号は16ビットである。この音源を元に、どんなにすばらしい再生機をセットして聴くにしても、それはやはり16ビットを超えることはなかったから、視聴者およびCD購入者の無意識裡にはやはりことばにできない不満が蓄積していったと思われる。あるいは、"生"以外の音楽はせいぜいこのようなものだという限定的諦念が常識化していったのである。
 
 CD化される以前の、元の音源が簡単に入手できるようになったのは、つい最近のことである。ネット環境が充実したおかげである。こうなると音楽と無縁だったパソコンが急に威力を発揮するようになって、やっとパソコンが音楽とつながるようになったといえる。それまでは、パソコンもやはりCD再生機となんら変わらなかった。CDの無劣化ラッピングの音だって、せいぜい16ビット止まりなのだ。ウインドウズOS最新版8もまだ、この元の音源ファイルを既定再声するようにはプログラムされていない。OSはやはりまだマニア志向のみにまかせているのだろう。
 
 さて、今度は音が耳に届く部分の話である。かってウォークマンが試作されていたころ、この機器の特徴であるスピーカー以外の視聴であるイヤホーンが唯一の方法であったため、音のすべてを耳にすることがいい音とされるやりかたに最も近いのはこの方法なのだといったのは、ピアニストの中村ひろ子だったらしい。イヤホンはたしかに悪かろうが良かろうがそのすべての音をはっきりと聴くことができる。スピーカーでなら、相当なボリュームを必要とするか、そばにピッタリ耳をくっつけて聞くしか方法がなく、多くの音を実はちゃんと耳にしてはいないのだということがよくわかる。日本の住環境とスピーカーは、実に相性が悪い。すべて聞こえるのと、高音と中音と低音の三種しか聞こえていないのとでは、曲の印象がずいぶんと変わることがわかったのは、わたしにとってはイヤホンで聴くようになってからである。16ビットの音でも、イヤホーンとスピーカーとではずいぶんと耳に感じる音量が異なる。そして、この音の情報量が全部聴けるどうかというのが、よい音の判断になるのだと分かったのは、この二つの比較からであった。
CDの16ビット音でもその全部が耳にできれば、かなり満足のいく音が得られるのだから不思議である。安上がりで満足するには、ぜひイヤホーンかヘッドホンで聴くことをお勧めしたい。イヤホンとパソコンの間にサウンドカードを介すればなお良い。
 しかし、それでは16ビットよりももっと情報量の多い、24ビットの音源ならどうだろう。この情報量のファイルが、ハイレゾ音源であり、CDのもとの音源なのである。製作会社にひとつしか存在しないこの音源が販売されるようになったのである。このファイルを店頭販売するにはブルーレイディスクほどの大きさで出版するしかないだろう。店頭ではブルーレイがそれに近いといえるが、なにしろ高額だ。ネットのダウンロード版はCD版の値段とさほど変わらないから驚きだ。
 
 さっそく、わたしは、購入して聴いてみた。圧倒的な情報量を耳(直接)にすると、なんとも奇妙なことに無音の空間が感じられるようになったことである。そして音空間全体が静かになったことである。無音をデジタルで挿入することと、カットするのとではこんなに差があったとは!そして、いつもあった全体の”モアー”とした非明瞭感が消え、シャキッとした切れ味に変化する。この状態は、これまでだと、低音が味気なくなるのだが、24ビットの場合、低音への影響がなく、低音部もちゃんと聞こえる。16ビットの悪しき強調のドスンドスン感のない、妙な言い方だが、透明な低音なのだ。イヤホンもサウンドカードもそのまま増幅なしでである。音の全情報がちゃんと聴こえるということとはこういうことなのかと思ったものである。とてもソフトな音質でありながら、金管楽器や打楽器の強調も実にすばらしい音質で聴こえてくる。イヤホンやヘッドホンの質を選ばない勢いである。音源ファイルの値段がもっと安くなり、これが一般化すれば、パソコンはもうりっぱな音響機器となる。ぜひ一度、24ビットファイルをパソコンで再声してみてください。