貧・望太郎の冒険その2

 江戸から送り届けられた「貧・望太郎(ビン・ボウタロウ)」現代社会にも少しなれてきたようです。でも、彼が首をかしげる日がよくあるんです・・・。が、今日は何かを発見したようです!

名前の由来

 「貧・望太郎」とは変な名前である。ある日私は名前のわけを聞いてみた。

 「なんか貧乏たっらしくって変な名前だな。いったいだれが付けたんだい。『富・増太郎』って改名しない?いや冗談だけど」

 望太郎は軽蔑したような薄ら笑いを浮かべ、私を見てこう話した。

 「ノボさん。あんたも古いね。『貧』をよくないもんだと思ってるんだろう?」

 古い時代から来た人間に「古いね」といわれちゃ笑うよりほかない。

 「まったくあんたはおもしろいよ。顔が間寛平似のせいか、言うことまで彼と似ているね」

 そんな私の言うことなど聞いてないふうに、望太郎はやおら広告紙をさがし、その裏に筆で「貧」と書いた。

 「ほらこれ、『貧』っていう漢字の成り立ちは、貝(貨幣)を分け与えるってことなんだぜ。とってもだいじなことをこの漢字は言ってるんだ。『清貧』っていう言葉だってあるだろう」

 「わしの名は、『本来の貧』を『望む太郎』という意味さ。大した名前だぜ! といってもこの名前、日向子さんがこっちへわしを送るときに荷札代わりに付けてよこしたのさ。彼女には何か考えがあってのことだろう。本名はそん時に忘れたよ!」

江戸時代と年金

 ある日、望太郎は新聞の記事を私に見せながら熱くしゃべりはじめた。

 「ノボさん、ノボさん、この瓦版にいいこと書いてるぜ!ほら、この着物を着た美人先生の話だよ。いいオンナだな〜。江戸時代の暮らしとこの時代の年金のことをくっつけて書いてるんだ!」

 どれどれと、私もめがねを外して、目をまん丸くしながら紙面をのぞき込むと、執筆者は田中優子さんだった。

 「あ、この人は杉浦日向子さんの親友さ。もしかしてこの人も時空トラベラーでは?とオレは疑ってるけどね」

 で、彼女が書いていることはこんなことだった。

江戸の支え合い見習おう

 瓦版の紙面から引用しよう。(朝日新聞11月17日朝刊より)

 江戸時代の庶民に、年金制度はありませんでした。隠居した人を支えたのは「家」を土台にしたしくみです。
 隠居した親を支えるのは子どもたちで、「孝」という価値観に根ざしていました。隠居後はその家に住み続けてもらう。あるいは敷地内に建てた「隠居所」に住んでもらい、食料や薪などを用意する。・・・そのように基本的な生活は守られていたのです。

 ・・・隠居といっても、働かなくなるという意味ではありません。むしろ、家の財産を増やす義務から解放され、自分の本当の人生が始まる。定年退職に似ていますが、江戸時代のご隠居さんはどんどん働いていました。
 全国を測量したことで知られる伊能忠敬は、酒の醸造などをする商家に婿入りし、満49歳で隠居します。本格的に天文学などを学び、測量の旅に出るのはそのあとなのです。

 「家」は安心感を与えるセーフティーネットそのものでした。それが壊れてしまったのですから、当然、別のものが必要になりました。国を土台にした年金制度が生まれることになったわけです。
 ・・・裕福で元気ならば、年金をもらわずに働いてもいいじゃありませんか。時給は安くても、人とかかわることの喜びを感じられる仕事をする。江戸時代の隠居後の働き方に近いのです。

 ・・・ただ多くの人にとっては年金制度が当てにならなくなっています。じゃあ、どういう柔軟な仕組みが可能でしょうか。
 江戸時代には「講」という、とても小さな相互扶助の単位がありました。自由意志による結びつきという点で、いまのNPOに似ています。こうしたものを、再評価すべきです。その際、若い世代が高齢者を支える、といった従来のあり方にとらわれないほうがいいでしょう。高齢者同士の相互扶助も必要になってきます。年金に代わる安心のために、自由な発想を出し合う時だと思います。

望太郎の「新しい長屋」

 望太郎は熱くなってきた!田中優子先生が現代の瓦版で、彼の故郷である江戸時代のよさを語ってくれたのだ。懐かしさに誇りもプラスされ、彼は一オクターブ高い声で、私に彼の思いを語り始めた。

 「ノボさん、ホントこのとおりだぜ!わしたちの時代、年金なんかなくたって、だれも飢え死になんかしなかった。ところがどうだいこの社会?」

 「う〜ん。あんたと会ってオレも世の中の見え方が変わってきたよ。ほんとに『金がない』『電気がない』=『死』みたいな恐怖社会になってるんだもんな〜」

 望太郎は立ち上がり、まるで指揮者のように手をあっちこっちに動かしながら、私につばきをとばして話を続けた。

 「ノボさん、何にもむずかしいことなんか、この社会にゃありゃしないんだよ!とっくの昔にいいことやってるんだから。それを蘇らせればすむ話なのさ。うまく現代風に味付けしてな」

 「じゃ、この年金問題おまえならどうする? ボウタロウ!」と私は挑むように彼に語った。

 「ワシならこうするぜ。現代の長屋をつくるのさ!カタカナとかはまだあんまり得意じゃないが、『シェアハウス』ってもんもあるようじゃねえか」

 さらに望太郎の演説は続く。聞いているうちに私もホントにそうだなと思えてきた。

 「ノボさん、そもそも老後の生活というか、人の一生というものを『銭金』だけで設計しようってのが、この時代の大きな間違いだぜ!そんなことばっかし考えるから、今の世はますます孤独になっていくんじゃねーか。『年金問題』といわずに『人生問題』として考えなくちゃろくな世界にならないはずさ」

 でも具体的にどうしたらいい〜?

 「心配しなさんなって!まったくこの世界の人は取り越し苦労が多いよ。ワシがいい案いろいろ思いついたよ」

 「ところで腹へった。何か食わしてくれよ。話はそれからだ」

 私にはよ〜くわかった。なぜ、この男の名前が「貧・望太郎」なのか、そしてそんな名前をなぜ日向子さんが付けてよこしたかを。

 ということで、今日はここでおしまいです。ネタを仕込んでまた登場しますので宜しくお願いします。

参考
 貧・望太郎の冒険その1