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山本功児

スポーツ

山本功児

やまもとこうじ

山本功児は日本の元プロ野球選手・指導者。

通称「偽コージ*1」「エカ」「エカ児」。

左投左打、ポジションは一塁手背番号は44。

1951年12月25日、生まれ。兵庫県出身。

三田学園高等学校センバツに出場。卒業後、法政大学に進学。

本田技研鈴鹿を経て1976年ドラフト5位で読売ジャイアンツに入団。王貞治がいたために主に左の代打として用いられる。7試合のみ4番を打った事もある。また、元祖珍プレーとなった宇野勝ヘディング事件の打者としても知られる。

1984年三宅宗源との交換トレードでロッテオリオンズに移籍。定位置を獲得し、打率3割を達成。

1988年、10.19ダブルヘッダーにも出場。同年、現役引退。オールスターに2度選出。地味な印象だが熱血漢。通算成績は、打率.277 64本塁打 369打点。引退後、ロッテオリオンズの打撃コーチに就任。

1993年千葉ロッテマリーンズの二軍監督に就任。

1999年、千葉ロッテマリーンズの5代目監督を務める。同年には千葉移転後初の首位に踊り出るなど、「山本イズム」として一役有名となる。

2003年、千葉ロッテマリーンズを退団。

2004年、読売ジャイアンツ二軍ヘッドコーチに就任。

2005年、読売ジャイアンツ一軍ヘッドコーチ兼打撃コーチに昇格。選手・指導者として30年間ユニフォームを着用していた。

2006年、ラジオ日本スポーツ報知野球解説者に就任。

2016年4月23日、肝臓がんのため死去、64歳没。

*1:「本物」の山本浩二に対して「偽物」と言われた。