私の殺した男

真理の微笑 麻土 翔 一 事故があった。車が崖から落ちたのだった。 ひと月、意識がなかった。二週間、意識の混濁の中にいた。 そして、今日私は医師の手に依って解放された、六週間私の顔を覆っていた包帯から。 名前を呼ばれた気はしたが、よくわからないままに頷いた。 「さあ、ゆっくり目を開けて」 私は言葉に従って、目を徐々に開いた。 「そう、いいですよ。ゆっくりと開けて下さい」 真っ暗な洞窟の重い扉が急に開かれて、夥しい光の渦が一度に流れ込んできたかのような感じだった。 しばらくはただ真っ白いだけで何も見えなかった。ぼんやりとして焦点がうまく結べなかった。そのうち目の前で何かが動いた。 肌色だった。ゆ…

山梨県の山奥にある「恨みの森」は、地元の人々から恐れられている場所だ。その森には、ある悲しい伝説が残されている。 昔々、ある村に、美しく心優しい娘がいた。その娘は、都会から来た青年と恋に落ち、二人は結婚して都に暮らすようになった。しかし、都会の生活に馴染めない娘は、次第に孤独を感じるようになった。 ある日、娘は青年から「もう会えない」と告げられる。青年は、別の女性と結婚することになったのだ。娘はショックを受けて、都会を捨て、故郷の山奥に戻ってきた。 娘は、恨みと悲しみに苛まれ、森の中で自ら命を絶った。娘の亡霊は、森に留まり、都会から来た者を襲うようになった。 それ以来、恨みの森では、都会から来…

本当の戦争の話をしようティム・オブライエン村上春樹 訳文春文庫1998年2月10日 第一刷（本書は1990年に単行本として出版されたものです） 先日、ティム・オブライエン の『戦争に行った父から、愛する息子たちへ』を読んで、彼の作品を読んでみたくなった。村上春樹が翻訳した1990年の本書『本当の戦争の話をしよう』が、『戦争に行った・・・・』のなかでも何度も出てきたので、図書館で借りて読んでみた。 megureca.hatenablog.com 裏の説明には、”日さかりの小道で呆然と、「私が殺した男」を見つめる兵士、木陰から一歩踏み出したとたん、まるでセメント袋のように倒れた兵士、祭りの午後、故…