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石田波郷

読書

石田波郷

いしだはきょう

1913(大正2)年3月18日愛媛県温泉郡垣生村(現松山市西垣生)生まれ.明大卒.本名 石田哲男.五十崎古郷,水原秋桜子に師事.「馬酔木」同人で,俳壇初の自選同人の最年少者であった.1937年からは俳誌「鶴」主宰.新興俳句興隆とともに,加藤楸邨,中村草田男らとともに「難解派」「人間探求派」と呼ばれた.太平洋戦争下では,軍鳩取扱兵となるが結核に罹患,1969年11月21日の死去まで長い付き合いとなる.句集『鶴の眼』『惜命』など.