飯沼貞吉

社会

飯沼貞吉

いいぬまさだきち

飯沼貞吉(いいぬま・さだきち、1854〜1931)

幕末大正時代の武士,官吏。

1868年会津藩白虎隊編制のとき15歳を16歳といつわり入隊。新政府軍の会津攻撃の際,飯盛山隊士19名とともに自刃をはかったが,ただひとり生還。維新後貞雄と改名。逓信技師となり,仙台信管理局工務部長をつとめ,日清戦争にも従軍した。