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浜田省吾

音楽

浜田省吾

はまだしょうご

アーティスト :ミュージシャン

愛称「ハマショー

オフィシャルサイトから

1952年12月29日、広島県竹原市生まれる。

1972年広島時代の音楽仲間と共に"AIDO"を結成し、1974年には吉田拓郎の全国ツアーにバックバンドとして参加。当時はドラムスを担当していた。

1975年5月1日にアルバム「AIDO」とシングル「二人の夏」でCBS SONYからデビューしたが9月末には脱退、翌1976年4月21日、アルバム「生まれたところを遠く離れて」、シングル「路地裏の少年」でソロデビューした。

小さなライブスペース、ライトバンでの移動から始まった地道なライブ活動は確実に動員数を増やし続け、1983年8月13日には福岡海の中道海浜公園にて初のワンマン野外コンサート"A PLACE IN THE SUN"を開催し25000人を、1988年8月20日の静岡浜名湖畔・渚園での"A PLACE IN THE SUN"では当時驚異的ともいえる52000人を動員した。

1998年には20世紀から21世紀をまたぐツアー"ON THE ROAD 2001"が4年がかりの構想でスタート。全国のホールやアリーナそして野外コンサートがスケジューリングされた長いツアーが敢行された。このツアーでは127ヶ所196公演を数え60万人もの観衆を動員。日本の音楽史上他に類を見ないコンサートとして注目された。

レコードセールスに於いては1986年に発売された2枚組のアルバム「J.BOY」が初のアルバムチャート第1位を、1992年2月発売のシングル「悲しみは雪のように」はCX系のテレビドラマ「愛という名のもとに」の主題歌としても起用され初のシングルチャート第1位を獲得し170万枚のセールスを記録した。1995年、浜田省吾レーベル"CLEAR WATER"設立、同年7月には阪神淡路大震災ベネフィットシングル「我が心のマリアc/w恋は魔法さ」をリリース。このシングルは"浜田省吾with THE R&S Inspirations"という名でROAD&SKY所属アーティスト全員がレコーディングに参加したものであった。

1996年11月にはソロデビューから通算20枚目にあたるアルバム「青空の扉」、2001年8月にはアルバム「SAVE OUR SHIP」をリリース。

そして「SAND CASTLE」「WASTED TEARS」「EDGE OF THE KNIFE」と続くバラードアルバム集としては4作目にあたる作品「初秋」を2003年9月にリリース。

2004年にはアレンジャーの水谷公生・作家の春嵐・浜田省吾の3人で"Fairlife"という音楽制作チームを発足し12月にはそのプロジェクトでの1stアルバムにあたる「Have a nice life」をリリース。

2005年4月には浜田省吾としてシングル「光と影の季節」、続いて6月にはシングル「I am a father」をリリース。

7月には25作目のソロアルバム「My First Love」をリリース。9月から全国アリーナツアーを敢行。

2006年4月21日ソロデビュー30周年を迎える。

8月9日「The Best of Shogo Hamada vol.1」「The Best of Shogo Hamada vol.2」を2枚同時にリリースした。

そして9月15日からON THE ROAD 2006-2007 "My First Love is Rock'n'Roll"というタイトルのツアーをスタートさせた。ソロデビュー30周年を迎えた年、原点であるホールツアーというスタイルで全国を廻るスケジュールが組まれた。

2008年4月2日、LIVE DVD「ON THE ROAD 2005-2007 "My First Love"」をリリース。 このDVDは2005年のアリーナツアーと2006〜2007年に渡って行われたホールツアーを収録した、約3年、全109公演の集大成となる映像作品となった。

2010年10月6日、CD「The Best of Shogo Hamada vol.3 The Last Weekend」、DVD「僕と彼女と週末に」同時リリース。CDはベストアルバム3部作の完結編として完成。

30年以上に亘り浜田省吾が問いかけ、語りかけ続けてきたメッセージの数々が音や映像として再び蘇る作品となった。