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反言子


 

2018年08月14日(火)

経理のひとの仕事

14:58 |

経理のひとの仕事を知りたくて、会計の入門書は読んだことあるけど、思ったより(その知識からは経理のひとの仕事が)わからなくて、会計の入門書というより経理のひとの仕事に関する簡単な本というのがここで求めているものだと思ってそういうものを探してみると、会計の入門書"5"に対して、経理のひとの仕事の入門書"1"くらいが見当たる。ただ内容はかぶるのも多く、経理のひとの仕事の年間スケジュールみたいなものが柱としてあるかないか、書かれている順番が知識の体系なのか、ワークフローの順番のなのか、というようなところが違いに感じた。

わからんことを挙げてみる。わからないことというか、わからん、という感想のもの。

借方と貸方という言葉。借方という言葉の意味と貸方という言葉の意味はどういう意味なのだろういう疑問は名前重要の価値観においてはおのずと湧き上がる。親切な本に、「借りる」や「貸す」という言葉とは関係がない、と書いてあって、とてもよくわかっらん。借りるや貸すにこすりつけようとするよりは建設的だが、まだ、ヒ・ダリとミギーのほうがマシでは。

取引は資産・負債・純資産・費用・収益の動きと説明される。この資産・負債・純資産・費用・収益の5つを汎化した概念の名前が書かれていない。国語の抜き出し問題のように考えると「財産など」「簿記の5要素」などの表記が抜き取れる。「勘定科目」は分類体系そのものあるいはその要素の集合あるいはそのいずれかの要素を指す言葉だと思うのでそれじゃない感。

取引には原因と結果があるとかいうやつ。原因と結果という言葉の使い方がエキセントリックすぎる。あげく「原因と結果の二面性」などといわれるとアレアレ〜という感じ。わかりにくい事柄に破綻した言葉づかいの説明を付け加えてぐちゃぐちゃにしないでほしい。ただ、取引をヒ・ダリとミギーの2つに写像可能であるとするこの世界観をいかに説明するかという問題は、けっこう考えがいがあるように思う。

伝票というオブジェクトの必要性、あるいは起票というプロセスの必要性というのが、経理のひとの仕事を知る動機づけとなる大きな疑問だった。世の実情としてどうかはわからないけれど、それをなくすことでワークフローが最適化されるならそうすればよいし、一方で伝統的なワークフロー設計の構成要素としていまだ支持されている、というように解釈した。

会計の知識と、経理のひとの仕事と、それに関する何かをやるという三者の関係について、ソフトウェアやワークフローの工夫によって暗黙的に解決できる部分にどれだけフォーカスする必要があるのか、という違いがあると思った。たとえばワークフローのなかのあるプロセスに「転記」という言葉が使われることがあるが、転記が自動的にリアルタイムでバックグラウンド処理されるとしたら、転記というプロセスを意識することが不要というか、狙わないと不可能で、それは会計の知識としては必要な登場概念だとしても、べつの場面においてはないものとするのが理解フレンドリー。

わかりにくいわかりにくいとうなったものが反復や時間経過によって解消されてしまう事象はままあるものだが、それによってうなりが再生産される構造は気持ちがよくないので、こうやってわかりにくいと自分が思ったものを「これは構造的、根本的にわかりにくいものであって、名前が悪く、説明が悪く、設計がクソ、わからない自分が悪いのではない」とスパイクすることに意味づけする。


小さな会社 はじめての「経理」の仕事

小さな会社 はじめての「経理」の仕事

経理のひとの仕事を知る本としてイメージに近かった。


まだ読んでないけどよさそう。丸印とか角印の説明まであるところがバファリンよりやさしい。


はじめて使う 弥生会計18

はじめて使う 弥生会計18

会計知識のうちどこをソフトウェアの機能とdiffして理解から消し込みしてよいのかというのは、経理のひとではない自分にとっては興味。熟れたアプリケーションという感じ。持っていないゲームの攻略本とか読んでたのを思い出した。

2018年08月04日(土)

7月の読書メーター

11:29 |

7月の読書メーター
読んだ本の数:8
読んだページ数:1896
ナイス数:10

AI vs. 教科書が読めない子どもたちAI vs. 教科書が読めない子どもたち感想
AI技術と中高生が文章を読めないの本。
読了日:07月31日 著者:新井 紀子
すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 (光文社新書)すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 (光文社新書)感想
努力と我慢の区別。
読了日:07月26日 著者:堀江 貴文
血の轍 2 (ビッグコミックス)血の轍 2 (ビッグコミックス)感想
すごい。
読了日:07月25日 著者:押見 修造
リフレクティブ・マネジャー 一流はつねに内省する (光文社新書)リフレクティブ・マネジャー 一流はつねに内省する (光文社新書)感想
中原さん(33歳)の当事者意識と金井さんの老害感が絶妙にマッチしていてよかった。
読了日:07月25日 著者:中原 淳,金井 壽宏
さよなら、ハイスクール(1)(ヤングチャンピオン・コミックス)さよなら、ハイスクール(1)(ヤングチャンピオン・コミックス)感想
おもしろかった。
読了日:07月23日 著者:森 もり子
南国トムソーヤ 3 (BUNCH COMICS)南国トムソーヤ 3 (BUNCH COMICS)
読了日:07月16日 著者:うめ
脳は回復する  高次脳機能障害からの脱出 (新潮新書)脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出 (新潮新書)感想
『壊れた』で書かれた「発達の追体験」がより具体的にえがかれている。猫まっしぐら。
読了日:07月10日 著者:鈴木 大介
志乃ちゃんは自分の名前が言えない志乃ちゃんは自分の名前が言えない
読了日:07月10日 著者:押見 修造

読書メーター

2018年07月31日(火)

日記

21:55 |

とてもおもしろい。以前ちょっと手にとって「こういうアメリカンなアバターの寸劇は口に合わん」と思って閉じたのだけれど、そんな第1章がいつのまにかおもしろくなっていた。多少なりともカンバンごっこのようなものをやったかどうかでとっかかりが変わるのだろうか。

仕掛り作業が多いのはよくないということは実感としてはあって、希望としても強くいだくのだけれど、どうしてですか?と仮想のわからずやに聞かれたときにどのように答えればよいのかというのがみえなくてもやもやする。それに対していくつかの角度から言語化を照射していてちょっと輪郭がみえてくる。

2018年06月24日(日)

音と光

22:01 |

地下アイドルのライブに行ってライブを観ているときに楽しいと感じる時間の割合は自分は2割くらいですが、そのなかで楽しくないときのピークに覚える言葉は「音と光だなあ」というものです。目の前に音と光のパターンが構成され、一般にそれはエンターテイメントとみなされるものですが、そのパターンにいま自分は一切のエンターテイメントを感覚できず、またその、エンターテイメントになりうるパターンと、その逆のパターンについて、それを分ける根拠を分析できず、一方にエンターテイメントである音と光のパターンの可能性があり、他方でいまここで現象している音と光のパターンがエンターテイメントではないことは一切の説明ができないにもかかわらず、それがそうであるということだけははっきりと感じられるということを思っての感想です。そのまったく味のない音と光のパターンを味わっていた苦痛な時間というものをこうやって現場日記にしたときにやっとそれは「おもしろい」ものと消化して時間を修復するわけですね。平和です。

Maison book girlというアイドルのライブを観に行きました。めぞんぶっくがーる。経緯としては、定額制音楽配信サービスの無料お試しをする機会があり、そのなかで適当にそれっぽい(一般(?)に音楽ジャンルにこだわりのある聴衆に評価されがちな流派の)アイドルの曲を聴いていたときに、よいなと思ったアーティストのひとつがメゾンブックガールでした。自分は音楽にも音楽ジャンルにも興味がないのでこのアーティストの属するところの音楽ジャンルがすなわち自分の趣味に合っているかに興味はないのですが、全体としてこれらの曲や音が好きということは、この無名ジャンル(「このアーティストの楽曲」という外延的定義によって定義される音楽ジャンル)を好きだということはできそうです。これも「音と光」に通じるのですが、好きな音とそうでない音があることは知ることができる一方で、それを分ける条件はわからないところは不思議です。音楽や音楽ジャンルに興味があったならばそこを深掘りすることもあったかもしれません。

それだけですとただ曲を聴いていただけですが、ライブの動画を観てとてもよいなと思いました。これですね。

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続きはこちら。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLYcRQT345r2a3l344rKZ8BwEXlQB3Qo_K

単純におもしろいなと思ったので今回のツアー(6/23)に申し込みました。
http://www.maisonbookgirl.com/49ftour5f/

ホール会場だったのでアイドル現場らしいつらみは少ないだろうと期待していましたがだいたいそのようでましでした。お客さんは老若男女いる感じでした。文化会館感でええな。1曲目に『レインコートと首の無い鳥』

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このMVはダサいと思うのでメイキングを観たほうが得だと思います。ブクガのMVは僕は8割ダサいと感じます。追いついていないのでしょう。

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大きい音を聴くのが久しぶりだったのもあってか、大きい音と踊りだ、いいなと素朴に思いました。曲で聴いているとそういう印象がありませんが迫力のある音が似合う曲だと思いました。大きい音は嫌いです。そのダサいふりつけですが遠くからステージを観るとそうも感じません。かっこいいなと思いました。踊りを観ることはいいなと思いました。踊りを観てもクソもミソも思わないこともあります。これも対岸の「音と光」です。

観ていて目に留まるのは(それははじめから決めていた節もありますが)和田さんでした。和田輪。次元を間違えているのではないかという嘘っぽい存在感です。なんなら彼女の眼鏡も視認できないくらいの遠さで観ていましたが、それゆえ長い黒髪のシルエットは一番追いかけるのに便利でした。ダンスの感じがその存在感に対して嘘っぽい感じなのですが、だからこそ正対している感じもします。何一つ間違えていないがゆえにズレているが、間違っていないのだから直すすべがないというような納得のできなさがあります。それは正しいと思います。ライブ動画でも存分にわかりますが、歌がうまいです。歌がうまいと思いました。僕はライブ会場でうまい歌を聴くと平均的には「なんでそんなに歌がうまいのw」とおもしろがります。一般に人間はCDと同じように歌えないのにCDのように歌が聴こえることが珍しいから笑えるのでしょう。和田さんはもともと存在感が嘘っぽいので、歌がうまいという嘘っぽさに対する違和感もありません。残るのは草が刈られた「歌がうまい」です。歌い方でいうならコショージさんがいいなと思いました。最後の方で左右に腕振りをするところがあったのですが(あのコンサート会場で月並みにあるやつです)メンバーそれぞれふりの趣が違っていて、和田さんの動きがなめらかすぎて釘付けになりました。見るところ。レーザーっぽい光の演出はやっぱり単純にかっこいいですね。ステージを観ているという感じがなくなります。一方で眩しくて眠たくなるライティングもありました。どちらも光です。

好きな曲たちを演者が添えられて聴くことができたので全体として満足しましたが、イベントとしてはとくにおもしろみがありませんでした。動画で観た4Fを越えるほどのものは期待していませんでしたが、期待はずれだったというのが率直な感想です。最後の語りのパート(『教室』)からの、不気味な鳥の仮面を付けての『レインコートと首の無い鳥』はよかったです。「出題」されている感じがしました。ブクガのCDには曲を流しながらお話をする同人ドラマCDみたいなトラックがあるのですが、プレイリストを作るときにのけなければならないから邪魔だなと思っていました。これは曲を読むための道具として使えるかもしれないと思いました。

2018年06月03日(日)

YouTubeで動画を観ているとたまにガタッとずれるように感じる現象と、そもそも最初から動画の端が見切れていたこと

22:15 |

まとめると、YouTubeの動画プレーヤのサイズはスクロールバーに起因するよくない挙動がある(FirefoxChromeで確認)ので、ユーザースタイルシートでスクロールバーをはじめから表示するようにすることで、ましになりました。

html {
    overflow-y: scroll;
}


経緯です。

YouTubeで動画をキリのよいサイズで表示できるようにブラウザの横幅を調整しようとしていて発見したのですが、どうも動画のサイズを決めるという基本的なところであまり望ましくない挙動をしているような気がします。

プレーヤ上で右クリックして「詳細統計情報」を押すとブラウザ上の表示動画サイズがわかります。「Viewport」ですね。これをたとえば横1280pxになるように、ブラウザのウインドウの横幅を変えて調整します。そうしてまた同じ動画のページを再読みすると、先ほど調整した1280pxと一致しない数字になります。自分の環境では17pxズレます。これは通常のプレーヤでもシアターモードでも同じです。

このズレは、動画の解像度を変更したり、一度ブラウザの横幅を変更(して戻す)することによって解消されます。どうもおかしいなと思って見てみると、ページを読み込んだ直後のプレーヤでは、動画の右端や下の端が見切れています。ということは、本来見えているはずの領域が見えないまま動画を観ていたのか……とショックでもありました。動画サイトなのに。

もうちょっと細かく見てみると、「ページを読み込んだ直後」の状態で見切れているというのは不正確で、以下のような流れをたどります。ページを開く→プレーヤが読み込まれる→プレーヤ以外の概要欄、動画一覧などが読み込まれる→プレーヤのサイズが変更される。この最後のところで「見切れ」が生じる瞬間を目撃できます。そのあと解像度やブラウザの横幅を変更すると、本来の動画サイズに再調整されます。もはや何が「本来」かわかりませんが。

これはよく検証したわけではないですが、おそらく、ページ読み込み直後はスクロールバーがない状態でプレーヤのサイズが決定され、次にプレーヤ以外の部分が読み込まれてスクロールバーが出て、その変更に合わせてプレーヤのサイズが変更される、という流れだと思います。このプレーヤのサイズの変更に合わせて、動画そのもののサイズも変更されるべきですが、それが行われていない、という状況ではないかと思いました。

対策としてはシンプルで、YouTubeに対して以下のようにユーザースタイルシートでスクロールバーを強制的に出すようにしました。

html {
    overflow-y: scroll;
}

これでもページ読み込みからしばらくはガタガタとした動きが続きますが、プレーヤのサイズと動画のサイズに関しては、一貫してあるべきサイズが保たれるようになったと思います。

YouTubeでプレーヤ以外の読み込みが後回しになる挙動は、わりと最近そうなったような気がします。それ以前にも同じことがあったのかどうかはわかりません。(こういうの最近よくありますが、タブをバックグラウンドで開くことが多い身からすると、タブを切り替えた時点ですべてのレンダリングが終わっていてほしいので、あまりこの仕様は好きではないです)(あとで確かめて驚いたのですが、IEだと以前と同じ挙動なのでこの問題は発生しないです。Edgeだとさらに挙動が違っていて、しかしこの問題は生じないような気配を感じましたが、もういいです)

この件に関係しているかはわからないのですが、以前よりYouTubeを観ているとたまに動画がガタッとずれる感覚がありました。おそらく解像度が自動変更されるタイミングだと思います。そのときは「解像度が変わって画質が変わってズレたように感じてしまうのか、あるいは解像度によってエンコードの仕様が異なって余白(黒帯)みたいなものが生じてしまうのだろうか」と想像していたのですが、もしかしたらこの件との関係かもしれません。

「たまにガタッとずれるように感じる」とかは言語化というか言葉化しにくくて検索しにくいので、この件について検索によって調査や検証をするつもりはないですが、だからこそ書くだけ書いておこうかというところです。