仙台バスツアーのときのこと

今さらながらだが、12月に天皇杯準々決勝・清水戦のためバスツアーで仙台に行ったときの話。東京駅八重洲口から朝7時、ユアスタへ向けて出発した。いつも一緒の相棒が仕事のためどうしても行かれないというので、一人でのツアー参加だった。でもスゴイもので(といったら怒られるのかな)、女性一人での参加者も5〜6名はいるようだ。やるな〜。

指定された席は2人掛けの通路側。隣の窓際の席は20代後半ぐらいの黒いニット帽をかぶったお兄ちゃんだった。座席についてすぐに「よろしくお願いします」と声をかけると、「あ、どうもこちらこそ!」と気持ちいい答えが返ってきた。

走り出してすぐに旅行会社の担当女性、それとFC東京から女性1名、男性2名からあいさつが。
「我々男性2人は東京が試合に勝った場合、ユアスタで準決勝のチケットを緊急販売することになりますので、帰りのこのバスには乗りません。ぜひそうなるように願っていてください」(男性社員)
「わたしは試合結果にかかわらず、必ずこのバスで帰らせていただきます。試合後も気持ちよく帰れるといいですね〜」(女性社員)

パチパチパチと参加者一同から大きな拍手が沸いてなごやかな雰囲気となり、あとは寝る人、本や新聞を読む人といろいろ。2回の休憩を挟んでユアスタに到着した。隣のお兄ちゃんとも「それじゃ、頑張りましょう」と声を掛け合い、いったん解散する。みんなどこへ座るのやら、バスを降りると一目散に早足で歩いていく。


↑ついに着きました、初めてのユアスタ


↑東京のゴール裏には久しぶりにサンタ帽が……

試合は東京が2-1のうれしい逆転勝ち。試合が終了してまもなく集合時間となり、再びバスに乗り込む。あの顔もこの顔も、みんなニコニコ笑顔。やっぱり帰り道はこうでなくっちゃね。車内に入ってくる黒いニット帽が見えたので僕は立つと、「スイマセン」と長身の身をかがませながら、彼は窓際の自分の席に座った。

「よかったですね」と声をかけると「ええ、ホントによかったです」と快活な声が返ってきた。お兄ちゃんは「エコパ、行くんですか?」と僕に聞いてきた。つぎの準決勝(12月29日)には仕事があるため、さすがに静岡までは行けない。そう答えると、お兄ちゃんは「自分は行ってきます」と言うので、「オー、いいですね」と言葉を返した。するとちょっと表情を曇らせてこう話し始めた。

「いつもの年だったら本当はまだまだ仕事なんですけど、今年はこの不況なんでいち早く年末休みに入るんです。もう来週の水曜(12月24日)から正月休みなんですよ。だからエコパの試合には絶対に行けるんですけどね。いいんだか悪いんだか、正直言って微妙ですね」

お兄ちゃんがどんな仕事をしているかは、話していないので分からない。しかし、勤め先の経営状態がよろしくないのは間違いないだろう。「またこうしたバスツアーがあればいいけど、そうでなければ青春18きっぷで各駅停車ですかね」と笑っていたが、実際はどんな手段で行ったのやら。

準決勝の結果はご存じの通り、後半43分にチュンソンにゴールを決められ、1-2での悔しい逆転負け。仕事の合間をぬってテレビ観戦していた僕はしばらく言葉を失い、深く深く悲しい気分に陥ってしまった。ちょっとだけ落ち着いてきたとき、ふとあのお兄ちゃんのことを思いだした。どうしたかなあ、きっとガックリしているんだろうなあ。

東京の元日決勝の夢が消えたその晩あたりから始まり、新年3が日にかけて、ニュースでは日比谷公園に設けられた派遣村を報じ続けた。いきなりの首切りに遭い、行き場所を失った300人もの派遣労働者のなかにも、きっとサッカーファンが少なからずいたにちがいない。で、もし元日の天皇杯決勝チケットを持っていたとしても、とてもじゃないが国立競技場になど足を運ぶ心境にはならないだろうな……。そう思うと、何だかやりきれない気持ちになってしまった。