住吉大社巡礼記_1
昨日は住吉大社巡礼を行いました。ご一緒した皆さんお疲れさまでございました。夕方からの新年会には東京からも2名来られまして賑やかな新年会となりました。ありがとうございました。
気になったのが矛社、楯社。いきなり『矛盾』に歓迎されまして、とても興奮しました^^;調べますと武甕槌命と経津主命を祀っています。鹿島/香取の組み合わせです。
香取が兜をトル(置く)という意味を持っていることから、鹿島には兜をシマウ(したためる
強くする)という意味が込められているものと推察できます。つまり、<しまう/おしまいにする>のシマは鹿島のシマであり、島であり、縞であることと思います。
おしまいにするためには、最後の一撃で仕留めなければならず、この最後の力というのが鹿島の武甕槌命の力ということになるかと思います。
そして最後の力を振り絞ってこれまでの戦いや因縁をフッツリと切ってしまうのが経津主命の力ということになろうかと思います。その2つの力を入り口に祀っているのは古代大和の根源的祭祀ではないかと感じました。
東国三社も川を挟んで鹿島と香取がこのような祭祀になっていた痕跡があり、相模川下流域でもそのような祭祀形態を見ることができます。
これをさらに突き詰めていきますと、これは日本型のwikipedia:阿吽ではないかという推測もできます。
つまり、阿吽思想がインドで発展して日本に入ってくる前に、聖音オームの段階で日本に入ってきたものが日本の宗教意識と独自に結合し、その後阿吽と再結合していったのではないかということです。これは以前にも日ノ本国論の中でも書きましたが、やはりそのような見方に収斂されていきます。
聖音オームが3つの輪であり、三輪であり大国主であり河神であり、王たる『川』であるというのは今回の巡礼でも強く出て参りました。
今回の巡礼で密かにすごいと思ったのが木津の大国さん。根底に眠っている思想が高知や岡山の大国思想と合致しているのです。それが難波の中心部に残っているということは現在の歴史学では捉えられていない大国思想で少なくとも瀬戸内四国大阪がひとつの文化圏として強力に連動して動いていたということになります。上の大国さんの絵には3つの輪(2つの俵と丸顔)が見えます。この3つの輪(三輪神)が重なるから縁結びになっています。
出雲大社は杵築大社ですから、キツ/キズ(傷)と大国主は深い関係にあり、以前にも書きましたように木津川もそれと深い因縁があります。
木津出づるというのは以前書いていました。
キツはキツネにもつながりますから、伏見稲荷巡礼記にも書きましたようにやはり先住民族系(大国主)の文化を隠すための神使いということになろうかと思います。キズの根にいる根の国のスサノオはつまり、大国さんの荒魂。
境内には猫がたくさんおり、彫られたりもしていたので、ネの音そのものに信仰があったことが伺えます。それとともに甲も祀られていますので、1そのものがさらに言いますと最初に発する音そのものがここの信仰、ひいては大国さんに対する信仰なのです。これはある意味、大歳神への信仰と言っても良い構造を持っています。
wikipedia:オーム (聖音)において「a」は維持神ヴィシュヌですから、これがネに相当します。維持するというのは国を維持する社会を維持する健康を維持するということを意味しますから、大国は大穀ということもできるのですね。
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