建築の設計について思うこと

今まで自分は、意匠、構造、設備(、計画)を並べて考えていたのですが、最近、意匠あるいは意匠性というものは、他の3つとはやはり異質なものであるなと感じています。

構造、設備、計画を結びつけるものが意匠であり、どんな線で、どんなふうに結ぶかによって、出来上がる建築はまったくかわってくると思いました。(当たり前かも知れませんが)

線で結ぶときに、どんなことを考えて結び始めるか、そのスタート地点が、
その建築のコンセプトなり、その後のたくさんの選択に際の判断基準になるのだろうと思います。


先日オープンハウスにいってきたproject-bbの場合は、設計者である4人が、スタート地点(判断基準)を共有して、
それに向けて、それぞれの分野で走り、かつ、非常に高い密度で、それらがぶつかって、互いに変質していったことが、結果としてあのような住宅になったのだろうな、と思いました。
設計者の4人が、どこをスタート地点にして、どんな判断基準(ひとつだけではないと思いますが)に従って、設備、構造、計画を収斂させていったのか、今度聞いてみようと思います。


建築の規模が大きくなると、たくさんの判断基準がでてくるし、
設計者の外からも、多くの判断基準が要請されてくる、そんな中で、
なんのためにその建築をつくるのか、それをいかに実現するか(複数の判断基準をクリアできるようにするか)
そのへんを、少なくとも設計者の中では、思いを共有できるようにしてゆきたいと思いました。
そのために、そんなことを考えながら、まず、設備設計という分野において、
一人前になろうとしている最近です。


そういった意味で、前スタジオでは、(http://d.hatena.ne.jp/maestudio2009/)一人が、複数の視点から考えて、自分の中で、それらをぶつかりあわせなくてはならないので、非常に面白いと思ってみています。
設備、環境について定量的に検討して、エンジニアリングをしながら、
設計者として判断を下すときは、その他の要素を考慮しなくてはつまらないので、
自分が設定した課題に対する、目的を、自分の中で常に意識し続けて見失わないようにすることが大切ですね。

project-bbオープンハウス

WM+associatesのオープンハウスにいってきました。(http://d.hatena.ne.jp/wm_associates/
自分は、設計の経緯をいくらか知れる立場にいたので、出来上がった住宅に、
設計のプロセスがよくあらわれていて、自分がつくったかのようなうれしさとともに見ていました(えらそうですが。。)


構造的、環境的なエンジニアリングがしっかりなされていることはもちろんこの住宅の大きな特徴です。特に環境エンジニアリングについては、かつてないほどに細かな計画(施工も含めて)がなされていると思います。


出来上がったbbに実際に入ってみて一番に、
ロの字の一辺一辺の空間が、独立しているなあ、と感じました。
平面図や模型では、「つながっている」ところが強く印象にあったのですが、
それぞれの空間が近すぎない距離感、独立性をもっているように感じて、かつ、
目の焦点のように、意識の焦点を中庭方向に向けると、中庭をまたいで違う一辺が感じられました。
「クランク」と表現されていることによる、「離れることもできる距離感」が、好きです。


もうひとつ印象に残ったのは、設計者のWさんの
「機能的である必要はあるが必ずしも合理的でなくてよい」
という言葉です。
違う専門分野の人間が集まって設計をする際には、そうゆう柔らかさがないといけないと思いました。特に、エンジニアの立場の人に、そういう意識があると、ぐっと面白いものが出来る可能性が高まると思います。大きい建築になればなるほど、あらゆるところが合理的な気がする。。


ディテールまでこだわったことによるきれいな内部空間と、おいしいデザートのような塔屋と屋根の上、「クランク」によってできるほどよい距離感、そして、構造、設備、計画とそれをつなぐ意匠の関係性、設計プロセスが印象に残った建築でした。

温熱環境的には、住まい手の方に住んでいただきながら、いろいろお話をきいてみたいなあと思いました。

設備設計について

最近、事務所ビルの設備設計について学んでいます。

今まで考えてきた住宅とは、本当に違うことが多くて、
新鮮であると同時にびびっています。

まだ、実際に設計をしているわけではないので、正しい解釈かどうかはわからないけれど、いくつか感じたことを羅列すると、

ひとつめは、
「ペリメーター」と「インテリア」という概念が、非常に大きな存在としていつも出てきます。
実際、熱的にも、光的にも、計画上も、その特性が異なるので、
そのような概念に分けて考えることのメリットは非常に大きいのですが、
目の前にある図面や数字が、「建物」から離れていく気がして、
ちょっと怖いです。

ふたつめは、設備設計が、「ある答え、正解の設計」に向かっている感が非常に強いということ。
「安全」であることは非常に大切だけれど、「ある基準値を導きだすこと=設計」
になっては、人間がやっている意味がなくなってしまいそう。
ある数値に対して、「よい」のか「悪い」のか、価値判断をその都度しなくてはならない。経験のある人たちの価値判断は、参考にすることろ、学ぶべきところが多いけれど、最終的には、ある数値に対する判断を、自分で考えてするべき。

これは、住宅でも同じでした。
自分の修士論文では、ここに踏み込めなかったため、「設計者の視点」に立てなかった。
数値と感覚をつなぐ経験をたくさん積まないと、自信と責任をもって判断は下せないので、これは、今感じていることを継続するしかない。
前スタジオのみなさんのように、自分も明日から放射温度計持って出勤します笑


ベーシックな、基礎となる知識を得られる環境にいるのは非常に恵まれているので、
無駄にしないよう、自分のスタンスをもって毎日に臨もうと思います。

非常に漠然としたが、
次回からは、具体的なテーマに絞って書いていくかも知れません。
気まずくない程度の具体性で。

ちなみに、ひとりぐらしが始まって2週間が経過しました。
ようやく火を使って生活できるようになってきました。
自炊生活への道は険しい。。
まだ寝坊はしてません。念のため。

卒業して就職します

非常にばたばたしていて何も更新してなくて反省しきりなのですが、
3月23日に大学院を卒業しました。
3月30日に引っ越しをして、
明日4月1日より都内設計事務所にて設備設計の仕事をします。

今までとかわること、
かわらないことあるかと思いますが、
今まで考えてきたことをさらに発展させるように、
頑張りたいと思います。

しかしながら、就職と一人暮らしが同時にスタートするので、
しばらくは、一人で生活することに馴れなくては。。。
文京区民になりますので、ご近所のみなさん、
どうぞよろしくお願いいたします。

取り急ぎのご報告でした。
新社会人のみなさんも、もう社会人のみなさんも、学生のみさなんも、
2009年度、頑張りましょう☆

快適性とエネルギー

下記に、前回の日記に対する意見をいただきました。ありがとうございます。
http://d.hatena.ne.jp/wm_associates/20090212
>シミュレーション技術が進歩して簡単に温熱環境を予測できるようになりつつあるけれど、その結果のどこをどう見てどう判断するか、というところが腕の見せ所なのです。
設計者、技術者として、まさにその判断が生命線だと思います。
前回書いた、目指したいと思っていることは、さらにその先にあり、
もしかしたら一生をかけて(おおげさではなく)目指したいことでもあります。

自分の修士論文は、もうひとつの判断の指標であるエネルギーに重点を置きました。
建物と、設備と、使い方とエネルギーの関係。温熱環境については、既存の判断基準に因っています。
結果、両輪のかたわれである快適性に関する知見(経験、判断する根拠)のなさが、目立つ形になっています。
そういった意味で、これからの生活、あるいは仕事の中で、その知見に貪欲でありたいと思っています。

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というわけで、相変わらずひとりごとのようなこの日記に、少しずつ意見と主張を混ぜれるようにしてゆこう。
そのために、いろんなものの温度と感覚にもっと敏感になろう。あと数字。

快適性とエネルギーという両輪は、バランスが大事。だけど、バランスだけを考えていると、なかなか既存の概念の範囲を出ることができない。もうすでにみんなやっているからだ。
快適性にもバランスがある。均質性と不均質性。
ここちよい不均質性とはどんなときに現れるのか。WM+associatesのプロジェクトは、ひとつの家の中にたくさんの不均質なところができそうで、興味深い。体感して、住まい手と話をしたいと思う。

さてさて、ひとまず、発表の準備をせねば。

快適、健康、ユーザー

修士論文を提出しました。
まだ本論をちゃんと書かないといけないし、
頭の中も整理したいけれど、とりあえず覚書。

タイトルは
「暖冷房時の省エネ性と快適性に配慮した戸建住宅設計指針の構築」です。

4年のときから、ずっと続けてきた、
住宅の実測とシミュレーションのまとめです。
簡潔にいうと、
「省エネ性と快適性のバランスをとるには、何に気をつけたらどれくらい効果があるかの検討方法」の提案です。

住宅の温熱環境は、たくさんの要素がからみあってできています。
人間の快適性も、たくさんの要素がからみあっています。

いろんな選択肢次第で、省エネ性と快適性のバランスは変化する。

設計のときに決定される部分もあるし、
使われるときに決定される部分もある。
しかも、その結果としての温熱環境の中にいる人次第でも変わる。

定量化することで、ひとつの軸が通るのでは。
軸が通ることによって、設計の際に取捨選択が可能になるのでは。
さらに、いつ、どう運用するかまで考えることで、より実使用に近い定量化を目指しました。

設備の設計の際に「住まい手(ユーザー)」の動きを含めて設計をする。
当たり前の話なのだけど、2年間住まい手の方々と話をしてきた自分としては、
やっぱり重要なファクターだと思っています。
現在の戸建住宅は、設計者の意図、住まい手の意図を、設備がつなぎきれていない。
そこをつなげていくのが、設備設計なのかも、とも思います。

発表は
2/17(火) 15:30〜 東京大学工学部1号館11号教室
です。興味のある方はぜひいらしてください。

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それを受けて、最近は、
「快適とはなにか」ということを考えています。

主観的な見方だけれど、
ユーザーは、「いたれりつくせり」だったり「かゆいところに手が届く」
感覚を求めていることが多いように思う。これは当たり前のことだと思います。

それを追求しつづけた先には、「なんにもしなくても快適」が待っていて、そうすると、
人はきっといろんな感覚を次第に失っていくんだろうなあ。

「求められていること(快適性)に応える」ことの先に
「気づかなかったこと(快適性?)に気づかせる」環境を作れないだろうか。
(きっと、建築家の人たちはそんなこととうに考え続けているのだろうけれど)

自分が今のところ知っている設備、環境の設計は、基準をいかに満たすか、に終始していて、
実際、自分の修士論文でも、そういう「基準」を目標にすえて論が進んでいる。
もちろん、最低限を確保するために、基準は必要だけれど、できればその先を探したいです。

「快適」というよりも「健康」といったほうがいいのかな。

建築を作る側よりも、使う側のほうがえらくなってきて、
使う側の要求を満たすこと(環境的にも)は不可欠だけれど、
使う側が気づいていなかった価値を忍び込ませられたら、と思う。

設備設計、あるいは環境エンジニアリングができることは、たくさんあるに違いない。

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それにしても、知識と言葉が乏しい。
本を読もう。あとネット。みんなネットを利用してうまくしゃべっている。

新年の

先日は、サークルの追いコンでした。

卒業学年はにこしたでしたが、自分も卒業てことでスピーチさせていただきました。

参加された方々、本当にありがとうございました。


四年生以上と、自分に宛てたスピーチをするつもりだったけれど、
だいぶ酔っ払っていたせいで、
余計なことしゃべったり言いそびれたりした気がします。
実はあんま覚えてないけれど、酔っ払ってたから全部本心が出ました。


学生6年やるといろいろ変わって面白いもんで、
いろんな人と偶然に感謝感謝です。


・いろんなスケールを往き来して考える

・理想を持ち、思い続ける

・主観に基づいた客観性

・人の気持ちになる

・何事も表現して伝わってナンボ

・謙虚、野心、笑い


どれしゃべったか忘れたけど、今の自分の当面の人生の抱負です。
(初投稿らしくなった!よかった)

と、いうわけで、


今後は、ブログを通じて少しずつ自分の考えを外に出せるようにします。
同世代の(とくに建築の)みんなに負けないように、
発信していかねば。いきます。



今年もみなさまよろしくお願いいたしますm(__)m