森有正−還っていく場所 / 片山恭一(2009)

こだわり人物伝 2009年8ー9月 (NHK知る楽/水)


★大ベストセラー作品「世界の中心で、愛をさけぶ」で有名な片山恭一氏による「こだわり人物伝」です。


哲学者、森有正氏が、単身渡ったフランスのパリでかなり切り詰めた、ストイックな学研生活を送っていたことが興味深かったです。怠惰に過ごす時間を自分に許さない、まるで修道士や修行僧を思わせる暮らしぶりだったようです。雑念、すなわち主観や自我といったものの紛れ込む余地が残されなかったのです。「おのれを殺す」ということが、森有正の思索生活においても大きな意味をもっていたのではないかと指摘されています。


確かに、仕事も、学業も、特に現代は高度情報化社会ですから、何していても非常にせわしないですね。しかし一方で、人間の身体的な時間というものは、もう少しゆるやかな時間の流れ方をしているのではないかと片山氏は述べています。

自分にとって最大の拠りどころは自分の中に、自分の時が流れはじめたことである。これは僕にとっても何ものにも代えがたいものである。これを自覚する時、どんな苦しみもしのびたいと思う。このことは僕一箇の問題ではあるが、僕一箇だけに止まっては、自分の時間が流れているという意識と切りはなすことができない。
(『流れのほとりにて』森有正エッセー集成〈1〉ちくま学芸文庫



森有正氏の生活の中に、効率や採算を度外視するような、「無私の精神」が生じていたと考えられています。精神の活動の中に、人為の及ばないような「聖なる時間」を確保することは、非常に大切なことなのではないかと考えさせられました。


やはり、ポイントは、片山氏が、そういった時間を「無私の時間」あるいは「聖なる時間」と呼んでいるところです。確かに、森有正氏の生活スタイルから、そのように呼ぶのが相応しいと思われます。自分のような煩悩の多い人間であったら、このような時間を「私の時間」と呼ぶところでした。しかし、その逆なんですね。