公園でカラスと決闘してみたニャン

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茶の木の根を一本一本嗅ぎながら、西側の杉垣のそばまでくると、枯菊を押し倒してその上に大きな猫が前後不覚に寝ている。
彼は吾輩の近づくのも一向心付かざるごとく、また心付くも無頓着なるごとく、大きな鼾(いびき)をして長々と体を横たえて眠っている。他の庭内に忍び入りたるものがかくまで平気に睡(ねむ)られるものかと、吾輩は窃(ひそ)かにその大胆なる度胸に驚かざるを得なかった。

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 吾輩が捨てられたのは真夜中だった。ポーンと公園に投げ出された。でも、暗闇の中でも三半規管の発達している吾輩はひゅーん、ひょいっと地面に立った。人間なら大怪我をしていただろう。
 でもあたりはまっ暗闇。ブランコ、滑り台、砂場はわずかに街灯に照らされている。そばまで歩いた。回りは草むら、木々、その間に青いテントがぽつりとある。どこで寝たらいいのかさっぱりわからない。

 ヒューと冷たい風が吹いた。舞い上がっていた落ち葉が、吾輩の身体に降ってきた。寒い! 
ぶるっと震える。もう秋だ。吾輩は冷暖房完備の家がほんのちょっと懐かしくなった。
公園には、どこにも我が猫属も見当たらず、心細くもある。

 とりあえず、地面より少し低くなっている砂場に入ってみた。砂がふわりとして、家にあったマットのように柔らかい。でも、表面はひんやりと冷たい。砂場と地面の境目にダンボールの切れ端があるのを見つけて、それを前足の爪でずらし、口で加え、どうにか砂場に降ろし、その上にごろんと寝転んでみた。

悪くない。砂より暖かいし、地面よりも風があたらない。遠い昔に車屋に飼われていた、無学の黒が大胆にも吾輩の家の庭でゴーゴーいびきをかいて、眠っていたのを思い出した。吾輩もそれを見習おう。そう思って、うとうとし始めた。ところがー

バタバタバタ、ビューン!

と、風を切る音にはっと目覚めた。猫属はサムライのように熟睡しない。いつ襲われるかもしれない野生の習性がしみついている。ましてや初めての公園寝だ。

 黒い影が吾輩の頭めがけて、物凄い凄いスピードで、舞い降りてきていた。

 バタバタバタ、ビューン

はっとよけた。それはビューンと急上昇し、砂場の横にあるサクラの木の枝にとまった。あとから、わかったがカラスという真っ黒い醜い鳥だ。

 にゃん、シャー!

 吾輩は上を向いて威嚇の声をあげた。ところがカラスの奴、怯まずにカー、カーと吾輩をバカにするように鳴き返すと、ブーンと零戦のように急降下してきた。
シャー!

吾輩は怒りの声をあげさっと二本足で立ち、前足の爪を立てて防御の姿勢をとった。奴は吾輩の目を狙っている。“目には目を”の精神にのっとり、カラスのみじめなほどに細っこい目を狙った。
シャー!

危い。顔をひょいっとよけた。だが、吾輩の爪も空を切った。カラスはブーンと上昇し、カー、カーと威嚇したと思ったら、ポト、ポトンと爆弾のようなものを落としてきた。そのひとつが吾輩の顔を直撃した。
それは吾輩の体温に温められ、たちまち半液体化した。

臭――い!

因果応報 天網恢恢疎にして漏らさず。主人にやったような行為をカラスにやられるとは!
吾輩は脱兎のごとく、森の中へと駆け込んだ。糞攻撃はたまらない。

木の枝でカーーカーカーとカラスは勝利の雄叫びをあげた。吾輩には「わははは、ばかもん」と主人が嘲笑っているように聞こえた。幸いカラスは満足したのか、追ってくる様子はない。

カラスの糞を舐めて顔を綺麗にするのも気味が悪い。臭くて、汚くて、悔しくて、涙が出てきた。ところが、思いがけなくもその涙が汚いカラスの落し物を顔から流し落としてくれた。

ふっと我にかえると、吾輩は山のように折り重なった落ち葉のベットの只中にいた。さっそく、葉っぱ‐後にイチョウと知るーに顔をなすりつけ、汚れを綺麗に落とし、カラスの攻撃を受けないように少し木の枝から離れた地点で葉っぱの中に入り込んだ。ところどころごりごりする丸いものーあとから銀杏と知るーがあるので、それを足で蹴散らした。

葉っぱの中は温かく、やわらかく吾輩はやっと安心する場所を得た。公園にも自然のベットがあった。吾輩はすやすやと眠ることができた。
ところが翌朝、思ってもない事態に遭遇したニャン。