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本サイトは〈dagboek〉から【本】の情報を抽出した備忘メモです.(三中信宏)

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03-12-2016 新たな魚類大系統(書評)

[]『新たな魚類大系統:遺伝子で解き明かす魚類3万種の由来と現在

宮正樹

(2016年10月31日刊行,慶應義塾大学出版会[遺伝子から探る生物進化・4],東京, 4 color plates + xiv + 216 pp., 本体価格2,400円, ISBN:9784766422986目次版元ページ

【書評】※Copyright 2016 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved


魚類の大進化とある魚類学者の大進化


本書はワタクシが予想した以上に “自伝的” な内容だった.魚類学者は一日にしてならず.生い立ちを語る第1章「系統学事始め」から第2章「研究の世界との出合い」を読むと,著者が幼い頃から筋金入りの “魚屋” だったことを知る.大学院に進学したのち,分岐学との出会いから分子系統学への転身にいたるサクセス・ストーリーは続く第3章「深海性オニハダカ属魚類の研究へ」と第4章「新たなミトコンドリアゲノム全長配列決定法 ―― ロングPCRの応用」に詳しく述べられている.多くの研究者たちとの交流とともにタイムリーな “運” をつかむことができた著者が記す研究史は,生物体系学のトレンドの変遷に裏打ちされた科学史的記述でもある.


とりわけ圧巻なのは,第5章「魚類大系統解明へ向けた基盤形成」で概観される魚類大系統のミトゲノムによる “大改訂” である.図5.4(p. 80)に示された半世紀前の魚類系統樹をターゲットとする著者らの研究チームは続く巨大な表5.1(pp. 80-81)に列挙された数々の研究成果の連射により(まさに絨毯爆撃!),かつての魚類進化の全体像は書き換えられた.競争関係にある他の魚類学者たちとの研究レース,投稿論文に対する手厳しいレフリー・コメント,そして研究資金獲得をめぐるオモテとウラ ― 昨今の大規模ブロジェクト型の科学研究を進めていく上でのさまざまな苦労が行間からにじみ出る.魚類学者にかぎらず,他分野の研究者にとっても参考になるにちがいない.


本書の中核となる長大な第6章「条鰭類の大系統解明 ―― 全体像を4つに分けて示す」と第7章「スズキ類の大系統 ―― 混沌から見えてきたもの」は著者らのグループが解明してきた魚類の系統関係を分類群ごとに解説している.新分類群「ペラジア」の提唱,深海魚クジラウオの “大変身” ,そしてウナギの深海起源など,メディアでも広く報道されたトピックスについては第8章「新天地を求める魚たち、新天地に連れて行かれる魚たち」で解説されている.最終章である第9章「魚の過去から現在・未来へ」では,著者がいまもっとも関心をもっている「環境DNA」という新たな研究領域について語られる.


全体としてストーリー性(物語性)が重視されているようで,個々の研究についての詳細は引用されている著者グループのおびただしい原著論文をたどるしかない.ひとつ注文したい点があるとしたら,図のキャプションはもう少しくわしく書いてもよかったのではないだろうか.


本書に描き出されているのは魚類進化をめぐるひとりの研究者がたどってきた “道” である.論文などではうかがい知ることができない著者のまわりの研究業界の “事情” を垣間見ることができたのはよかった.ワタクシも著者と同世代であり,これまで交差する機会が少なくなかったせいか,本書で2回も登場させてもらった(ありがたやありがたや).


本書の読後感を味覚で表現するとしたら,重厚なボルドーワインではなく,風味あふれるアルザスワインかな.シュークルートと自家製バゲットとともによろしくお願いします,宮正樹シェフ殿!


三中信宏(2016年12月7日)