「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

BOOK〜『これを読まずに「江戸」を語るな』(氏家幹人)

10年くらい前からとても興味があって、江戸時代に関しての書籍を読み続けているのだ。(^−^)
私たち日本人の原点があるような気がしてね。この本も衝撃的だったね。


BOOK〜江戸の奥深い闇!…『大江戸残酷物語』(氏家幹人
http://d.hatena.ne.jp/lp6ac4/20091028


さて、著者は、このブログのコメントでもおなじみの藍弥生さんの親戚なんだってね!(・。・)これも何かの縁!その中で猫好きの私が感動した話を紹介しよう。


猫に小判」の由来のエピソード?


文化十三年(1816年)、石塚豊芥子(ほうかいし)の『街談文々集要』「文月猫名誉(ふみづきねこのほまれ)」

という話がある。神田で魚屋を営む福島屋清右衛門には気立てのよい女房があり、商売繁盛。夫婦は、ネズミの害に困って飼い始めた猫を「きじ」と名づけ。、わが子のように可愛がっていた。
ところが、清右衛門が持病の悪化で床につくと、稼業は傾き、とうとう女房は、「きじ」に「もうお前の世話はできないからどこへでもお行き」と語りかけた。その晩から姿を消した「きじ」は、数日後、なんと小判をくわえて戻ってきた

しかし、その猫は再び小判を持ち去ろうとした時に、その家の若い衆に打ち殺されてしまう。恩返しをしようとした猫の悲劇…。しかしこの事情をしったこの家の主が、これで「きじ」を手厚く葬ってくださいと、お金を清右衛門に進呈したという。「豚に真珠」の意味とは真逆の解釈。どうやら江戸人はわれわれ以上に猫の才能に一目おいていたそうな。


江戸時代のニャンコは義理深かったんだね〜。(>_<) その他。「飼い殺しとは慈悲深い言葉!?」、「春画のアソコはなぜ大きいのか?」、「切腹の信じられない作法」、「江戸の遊女のしきたりとは?」、「貧乏くじの本当の意味とは?」、「元武士たちの哀しくも可笑しな商売とは?」、「江戸のセックス健康法とは?」…などなど、目からウロコの江戸時代のトリビアが満載。おススメよ!(^◇^)