『シング・ストリート 未来へのうた』

■人生に迷う男と女が、音楽をきっかけに出会い、レコーディングを行う中で心を通じ合わせていく─ という、『once ダブリンの街角で('07)』『はじまりのうた('14)』と同一のシチュエーションのジョン・カーニー監督の新作。
ただし今作の主人公はティーンエイジャー。どストレートな青春映画であり、メインターゲットは80年代のMTVに胸ときめかせたover40世代。知ってから公開が待ち遠しかった一本。

■舞台は1985年のダブリン。両親の不仲や閉塞的な学校生活の中で悩むコナー。ある日出会ったモデル志望のイカした年上の女性ラフィーナと近づきたいばかりについた嘘が「僕らのバンドのPVに出ない?」。
しかし彼女のOKが出てしまったもんだから、コナーは慌ててバンドを結成せざるを得なくなる。
そしてたまたまコナーには作詞とボーカルの才能が、メンバーのエイモンには曲づくりの才能があったため、バンドのPV話は「嘘から出た誠」となり、コナーとラフィーナは次第に接近していく。
そしてラフィーナはロンドンに渡りモデルとなる夢を持っていた。大人に向かっていこうとするラフィーナに対してまだ青いコナーは、戸惑いと焦りを抱えながらバンド活動と恋心を転がしていく。

■[80年代][ダブリン][ロックバンド]といえばアラン・パーカーザ・コミットメンツ('91)』を連想するところもある。
しかし同作がロックバンドの誕生から解散までを泥臭く描いたバンドそのものを主人公とした映画であるのに対して、この作品の主人公はあくまでコナーだ。
だから、急ごしらえでちんちくりんなルックスのバンドのくせに最初から演奏が妙にまとまりっていたり曲のクオリティが高すぎるたりするのはご都合主義と言うよりは愛着を込めて「バンド・マジック」と呼びたい。
監督のジョン・カーニーが描きたかったのはバンドの成長ではなくて、バンド・マジックを力にしたコナー自身の青い心の成長と旅立ち、だ。
何より、この監督は愚直なほどに“音楽のちから”を信じ、それを描き続けている。ならばこちらも監督を信頼して、物語に乗っていけばいい。
コロコロとスタイルを変えるバンドのスタンスが無節操/無思想でも、そのリズムとメロディに身体と心を揺らせばいい。そんな映画だ。

■1973年生まれの自分にとっては、今作に登場する曲たちは、自分が主体で聴いていたというよりは後追いで知った曲だったりコナーのように兄貴が聴いていた曲が殆どだ。
しかしそれでも、この時代のPVを見ると泣きたくなるくらいキラキラした気持ちになってしまう。
それは多分、外の世界もまだ知らないくせにただ漠然と自由な生き方に憧れていた頃の自分の青さが今だからこそ尊く感じられるからなのかもしれない。
そんなことを思う当時のPV の最たるものが↓これ。バンドものではないけれど。

■以下、ややネタバレ含む個人的にウケた小ネタ。

・物語のキーとなるデュラン・デュランの『リオ』のリリース年は82年なので時代設定とマッチしないのだけど、この曲(PV)が使われるのはヨットが出てくるから…かな?

・この時代のPVの金字塔といえばa-haの『テイク・オン・ミー('84)』だけど、使用許可が降りなかったのか、劇中では音源も流れない。コナーとラフィーナとの出会いのシーンでコナーが恥ずかしげに口ずさむ以外は、ピアノアレンジされたインストが劇中で使われるのみ。

・何かとコナーを目の敵にするいじめっ子の彼(名前忘れた)は、学校でもひとり、スクールジャケットではなくMA-1を着用。映画『トップガン('86)』が懐かしい。

・コナーの「愛車」であり、屋外でのエイモンとの曲つくり中に盗まれかける自転車はドロップハンドル。当時は俺の住む田舎でも垂涎の的だったけど、今では競輪選手以外に乗っている人を見たことがない。

・エイモンの自宅の離れでバンド名が正式に決まった直後のカットは「バンドの歴史的シーン」を強調するようなスローモーションになるのだけど、メンバーの足元には「?」という表情のウサギが。

ホール&オーツの『マンイーター('82)』。彼らはバンドではないのだけど、好きな曲だしいいシーンなので許す。

・そのマンイーターザ・ジャムの『悪意という名の町('82)』を元ネタにした、モータウンビートのバンドのオリジナル曲『ドライブ・イット・ライク・ユー』のPV撮影でコナーの心中で彼の願望だけが哀しく膨らんでいく。50'sをモチーフにしたファッションとダンスの楽しさがその哀しさを強調して一番泣いたシーン。

・D.Bowieを意識したようなグラマラスなメイクとヘアメッシュが校長の逆鱗に触れてしまったコナーがその夜に兄から啓示を受けたアルバムがザ・キュアーの『ザ・ヘッド・オン・ザ・ドア('85)』。翌日にはコナーのメイクと髪は既にゴス風に。直後のバンドのPV撮影でもキーボードの黒人メンバーは顔を白く塗ってわけのわかんない風貌になっていたのが笑った。