ヴィカス、お前は神にも悪魔にもなれる!:『第9地区』

District 9 [DVD] [Import]
B002SJIO4A


第9地区』を観たのだが、期待以上の面白さだった。この映画、色んな人が熱く語ってるのも分かるわー。


まずさ、どうみてもクリーチャーで外骨格で子どもとか襲いそうな宇宙人が、南アフリカの難民キャンプで地球人に蔑まれているという発想が良い。我々が宇宙人に夢中になるのはそれを通して地球人のことが――自分たちのことが理解できるからなのだが、ショッカーの改造人間失敗作みたいなディストリクト星人*1が地球を侵略するかと思いきや、宇宙船の中で息も絶え絶え、難民キャンプで20年も困窮に喘いでいるという皮肉たっぷりな構図の時点でもう100点をつけたい。

しかもこのディストリクト星人が、石原慎太郎がホームレスをダンボールハウスから追い出すみたいな理由で、上から目線丸出しの小役人に住んでるバラックから追い出されるんだよね。「SFは絵だねえ」という宇宙軍大元帥の有名な言葉があるけれども、この絵ヅラだけで傑作だ。


そう、バラックだ。当初は『エイリアン・ネイション』みたいな映画という話を聞いていたのだが、全然違っていた。先進国の一都市を舞台にした「人種差別」と、数十年間も人種隔離政策が続いた国の「人種差別」とは、全然違うものなのだな。


最初の擬似ドキュメンタリー・パートのインタビュー・シーンが終わった後、『District 9』のタイトルと共に地平線の果てまでバラックが続くさまがバーンと映し出される。あのバラックの中には困窮を強いられたディストリクト星人の家族が不潔な飯を食らい、不潔なセックスをし、不潔な卵を産み、不潔な個体を増やしているわけだ。それが、地平線まで延々と続く。清潔な家に住み、清潔な飯を食らい、清潔なセックスをしている我々は、そこが我慢できない。だから「中絶だ!」と笑えないジョークを呟きながら異星人の卵をぶちぶち焼き殺したりする。
実際、本作で描写されるバラック内部は、本当に不潔極まりない。壁という壁は異様な染みがいっぱい、ものを食べるシーンは動物が餌を食べる際に感じる不快感でいっぱいだ。
絶対に壁や床ははべとべとしている筈だし、裸足でバラックに入ったらねとねとした奇妙な液体を踏んづけてしまう筈だし、キッチンやトイレからは異臭が漂っている筈だ。
同じく異星人との衝突をCG描写で描いた『アバター」が生理的嫌悪感を感じる描写を注意深く排除していたのに対して、『第9地区』は不潔さや違和感や嫌悪感というものを積極的に強調しようとしている。それは我々が映画を離れた現実で感じる不潔さや違和感や嫌悪感そのものだ。エビ型宇宙人というB級極まりない存在を通じて、我々が普段心の奥底に隠している筈の感情を――欺瞞を、顕わににする。そこが凄い。『アバター』は誰もゲロ吐かなかったものな。


以下ネタバレ。


で、いかにもな小役人である主人公は、ディストリクト星人を人間以下の存在看做して接しているのだが、自身の体がエビ化するに至り、世界観が180度変わる。いきなり多数者から被差別民になり、それまで友達づきあいしていた人間からモノ扱いされ、差別のなんたるかを実感する主人公。涙ながらにネコ缶を頬張る*2というギャグなんだかシリアスなんだかよく分からないシーンに心動かされる。


実のところ、主人公が多数者から被差別民になるという構造を持った物語は、結構沢山あるのだけれど、*3本作最大の特徴は、被差別民になる代わりに異能力が使えるということ――エイリアンの武器が使え、ロボットに乗れるということだ! うおー!



ここでいきなり日本のロボットアニメの話に移ろう。
「わが国のロボットアニメというジャンルにおいて」という話なのだが、伝統的に巨大ロボットというものは社会的に一人前と看做されていない少年少女が社会参加する為のツールであり、肉体の延長であった。正太郎くんは鉄人を操作できたからこそ大人と対等に付き合えた。兜甲児はマジンガーZに乗れるからこそ大人から一目置かれた。アムロガンダムに乗れるからこそ大人と対等に戦えた。


第9地区』の主人公ヴィカスは、当初、厳密な意味での大人ではない。上司の命令に絶対服従し、何の疑問も持たずに「良い人」を演じ、異民族の迫害に手を貸するヴィカス。おまけに、今の職にあるのもコネのおかげで、自分の実力ではない。ヴィカスは思考停止している。自分の意志というものが無いという理由で、ヴィカスは「大人」ではない。


しかし、多数者から被差別民になり、追い詰められたヴィカスは、初めて自分の意志で行動する。その過程で、ガンプラの武器*4みたいな武器も使えるようになる。それまで心があるとも思っていなかった異民族の悩みや苦しみを実感し、仲間の死体をじっとみつめる異民族の友人にも共感できるようになる。


そして、周囲に流されず、自分の価値観で意思決定する「大人」になろうとする。その時に手に入れる鋼の肉体――それがロボットだ! 異星人が作ったロボットであるにも関わらず、板野サーカスで納豆ミサイルも放とうというものだ。
だから、あのシーンには燃えた。圧倒的に不利な状況を単機で覆すロボット。自らの意志が物理的な力として反映されるロボット。男が一人で世界と対峙する為のロボット。『エイリアン2』のパワーローダーやトランスフォーマーも到達しえなかったロボ魂がここにある。『第9地区』はハリウッドが初めて作りえた真っ当なロボットもの説に一票。や、プロデューサーはニュージランド、監督は南ア出身だけれども。

*1:映画秘宝でそのように呼ばれていて、笑った

*2:ディストリクト星人はネコ缶好き

*3:深町先生が言及していた『トワイライトゾーン』はその一例。全国のボンクラども! 劇場につどえ!「第9地区」 - 深町秋生の序二段日記

*4:白+オレンジとか白+赤の配色がいかにもセンチネラー