machidesignの日記

2012-01-21 そんな贅沢が許されてもいい年だ

自前の自然を組み立てなのすために

02:01

蚊帳って、ただ懐かしいだけではなかったんだ、ぼくたちの自然観にまでこんなにも深く関わっていたなんて。もういちどひとつひとつ検証しなきゃだ、われわれ自前の自然を組み立てなのすために。

「殺生しないで、こもって安眠する。日本の蚊帳は平和なこころの象徴」と言う。蚊帳で眠れば心持ちも変わるかどうか。試してみたい気持ちになった。

『見直される蚊帳』2012年1月21日朝日新聞夕刊  窓・論説委員室より

春になったら、何十年ぶりかで、上高地に行こう。そしてちょっと奮発して帝国ホテルに宿を取ろう、そろそろそんな贅沢が許されてもいい年だ、というより、『神が降り立った地をきちんと見ておかなきゃだ』これはぼくたちの仕事でもあるのだから。

「 かつて。『神降地』と

呼ばれたこの場所。

遠い昔に降り立った神が

隠しておきたかった

最後の桃源郷かもしれない。」

「自然に、話も弾みます。」 2012年1月21日朝日新聞夕刊 上高地帝国ホテル広告 Imperial short story vol.3 より

2012-01-15

一生の付き合いになりそうだ

22:40

柳宗悦コレクション3 こころ』ちくま学芸文庫、いよいよ佳境にはいってきた。柳さん、チカラがはいっている。「近代藝術とはなにか、畢竟自由さの追求なのである。クラシックの拘束を打破して、新様式を求めるのは、もっと自由になりたいからである。・・・・・要するに歴史とは自由追求史と言ってよい。またそこに意義がある。そうして美とは自由がかたちをとったもので、それを「藝術」と呼ぶのである。それゆえ自由を去った藝術はない。そうしてその自由は「入不二」を去ってはない。だから美を詮ずるに「不二美」なのである。「不二」に入ってのみ、人間は無碍たる事ができる。無碍が自在であり、美は無碍美に外ならぬ。それは永久の解放を意味する。詩の美しさは、人間の言葉の解放と言ってよい。言葉の自由、否、言葉が自由に即したのが、詩だとも言える。その韻律性、旋律性は、工藝品の模様性抽象性とに似ている。同じ法則が裏に働いているのである。」難しい「不二」ってなんだ?、「無碍」ってなんだ?、なんだか柳ってすごい、西欧の美学ではない、ぼくたちの美学、わからないままに読みすすんできてよかった、278~279頁、青山ブックセンターで、ふらふら引き寄せられていった柳宗悦、一生の付き合いになりそうだ。

【送料無料】柳宗悦コレクション(3)

2011-12-29

こんなのんびりしてる場合じゃなか

11:51

ようやく、ここでの、ことし最後の日

もろもろの雑事、掃除、年賀状書きなど、まだまだやること山のよう、なのに、ぼっと外を見ている、石油ストーブの上の薬缶しゅんしゅん、ラジオからはベートーベン交響曲7番

こんなのんびりしてる場合じゃなか

そういえば、このあいだ、こんなのを読んだ

『台所のテーブルの上で朝の日差しを浴びているミルク・カップの意味の、あの重さ。』ジーン・スタッブズ

2011-12-26

ようやくの年の暮れ

22:33

ことし3回目の忘年会

場所は、多摩センターで唯一気に入りのビストロ ル・ムー

相手はぼくの知る中でもっとも植物のことを知っている、と同時に土にまみれるすばらしい職人でもある樹木医の新井さん

今年一年、ほんとうにありがとうございました。

芳醇なお酒と、おいしいごはんと、含蓄を含んだ対話と。

カフェ・ドゥドゥに戻ってシャッターをあけて、石油ストーブをつけて、ラジオをつけたら、バイロイト音楽祭歌劇タンホイザー序曲」、ようやくの年の暮れ、ずっと忘れてはいけない2011年という年。

http://www.youtube.com/watch?v=mADk_bqsr6M

モリスくん

10:48

あと数日、掃除に精を出したいと思う

ここ数年まとまった休みのたびにそう思っている

すべてはここから始まり、ここに在り、ここで終わろうと思っているのだから、なのにちっとも進んでいない

『役に立つとか、美しいと思わないものを、家の中に置くな。』ウィリアム・モリス(1834-96)

モリスくん、きっぱりしてるなぁ

2011-12-23

読んでおかなきゃだめだと言うことであった。

23:56

先日の庭木の手入れについて、おしかりの電話を受けて、お話を伺いにそしてお詫びに行ってきた。

こういったことというと、どうしても足が重くなるのだけれど、で現場についた、さまざまな不始末の顛末をお聞きして、年明けにもやり直したい旨、申し入れて、受け入れて頂いた。

今日の本旨はそんなことであったのであるが、お庭のブルーベリーがあまりにのびやかで紅葉が美しくて、いいですねぇブルーベリーと言うようなお話をして、よく見るとその隣のカシワバアジサイの紫がかった紅葉も、これまたよくて、今年の木々の紅葉の話になり、おしかりの時間はすっかり、秋のお庭談義、のどやかな時間に変わってしまったものだから、お庭のしごとというのはなんだか苦境であっても、いつだって植物たちが助けてくれるのだから。

そんなわけで、こころの重しもとれて、今日はどこに寄り道しようかと思ったのだけれど、表参道青山ブックセンターと言うことになった。

最近は本屋に寄っても、いくつか吸い寄せられても、厳しく一冊に絞り込もうとするのだけれど、ロベール・ドアノーの『不完全なレンズ 回想と肖像』と、『柳総悦コレクション3・こころ』というのがお互いに一歩も譲らず、しようがないから2冊買ってしまった。

ドアノーの本は副題が『よろこびは町の中に』というほどであるから、こんなに飽きっぽい性格ながら、やっぱり町がいちばんだなぁと思ってしまう方だから、ひたすらパリを撮りつづけたドアノーってなにを考えていたんだって知りたかったし、

柳は今頃遅いのであるが、いちおうものをつくり続けたいと遅い決心をした人間にとって、それもこの日本と言う国で、となると遅すぎても何であっても、読んでおかなきゃだめだと言うことであった。