あと二回


 昼に起床。下北でへ先生の写真展示があるとのことで(緊張する気持ちの方を、あまり見ないように)ぶらぶらと出かける。なんだかんだで下北に来るのは数年ぶりなはずだけれど、毎週のように訪れていたころと町並みは全然変わっておらず少し驚く。また物欲がアレしそうでずっと避けてきた中古屋(あちこち健在なのも驚き)の前を通っても心は凪いだままでほっとする。駅周辺についてから現場まで迷い、到着したのは夕方。
 店内にへ先生らしき姿が見えたところで少し躊躇したが、ここでいろいろ考えだすと心折れてそのまま引き返しそうだったので、もう何も考えずに突っ込む。壁の展示とポートフォリオをじっくりとながめ、なんとなく「あーやっぱり来てみて良かったかもなあ、、」という気分になって退出しようとしたところでへ先生から声をかけていただき、あわわと緊張したまま店の前でいろいろお話しする。案の定、動転して何がなんだか分からないままワケの分からない話をしまくって後になって反省する。へ先生はじつに気さくで良い感じの人だった。

 「額装代がかかって、プリント代まで回らなくてたいへんだったと読みました」「そうそう、コンビニでプリントしてね〜」「へえ、コンビニでプリント出来るんですか!(驚)」「できますよ〜(笑)」「で、モニタ上のと見比べてみて平民さん的にはおkという感じで?」「写真によるけど、メキシコのは遜色ないという感じで(微笑)」「景色自体が、なんというか埃っぽい感じですもんね。」「モニタつっても、ウチのはキャリブレーションとかぜんぜんアレですけれどね、、」「す、すみません。専門的なこととか全然分かってないのに聞いちゃいました(焦)」 会話の発端はなんとなくこういう感じで、ただ自分の素朴な疑問とか興味の赴くまま伺っていたのだけれど、次第に「こ、これはマズい、、」と思い始めた。そういう自分の素朴な疑問や興味というのも日頃ただの暇つぶし的な動機で素人写真(とさえも言っていいのか分からない代もの)をぼんやり撮っている最中に生まれたもので、そういうぼんやりした気持ちから生まれたぼんやりした質問を、身を削って写真を撮っている(そしてこれから写真家としてやっていこうという決意の)へ先生の記念すべき初の実展示の場所で気軽に投げかけていいのか? ぼんやりした気分でそういうことを聞くのは、ものすごく失礼なんじゃないか?という気持ちになってきたからだ。それでなんとなく方向転換したら今度はキン肉マンがどうの、ビックリマンシールが今は80円だの、それが高いのか安いのか分からないだの、メキシコでは危ない目に遭わなかったかだの、中央線沿線がどうの、荒川線沿線の再開発がどうの、前にどこそこでへ先生らしき人物を見かけただの(勘違いだった)、家からここまで自転車でどんくらいかかるだの、チャリだと距離より高低差が気になるだの、いつもブログで顔を見ているせいか初めて会った気がしなくて不思議だの、男の顔は履歴書などと言う言葉を思い出して落ち込むだのetc。。。
 「あらかわ遊園地は200円とかで入れて楽しいですよ」「敷地の前は何度か通ったことあるんですが、一度も入ったことなくて。あの路地の古いレンガ塀がすごいなって、あとで何かで読んだらなんかの明治時代の工場の壁がそのまま残ってるそうで」「レンガ塀?戦争で焼けなかったんですねえ。」「ええ、すんません。その肝心の何の工場なのかど忘れてしまって。。」「。。。」「。。。」という具合に多いに空回る。(気になって帰ってからググったらそのまんま「レンガ焼き工場の跡」で、自分の間抜けさ加減に呆れる。)

 へ先生の日記を長い間読んでいるので、自分はいつの間にへ先生という人のことを多少なりとも知っている気になっている。けれども眼の前にいる人は初対面の(ほんとうは)全然知らない人で、緊張しているなりに全力で考えて必死に目の前のへ先生に何か言葉をかけてみても、自分の言葉も嘘くさい笑顔(いったい、どんな顔をしていいのか分からないので)も、日記の印象で作られたへ先生の人物像と、目の前の生身のへ先生のあいだの、誰もいない夕暮れの薄明かりに向かい虚しく消えていった気がする。それでさらに焦ってあれこれ喋るもずっと空回りしていた。

 別れ際に一緒に記念撮影していただく。自分と大根泥棒の間にへ先生で、お店のスタッフかへ先生の奥さんか恋人の美しい女性に撮影してもらう際、へ先生が「あと二回押して」「あと二回」と念を押しているのが、人柄というか気持ちが伝わってくるような感じがして心に残った。その後、むかしよく立ち寄った喫茶店へ。そこでも「あと二回」の話になる。新宿までもどりチキンカツカレーを食べて帰宅。
 ずっと興奮していたので時間の感覚がまったくなくて、帰宅してから入店直前と最後の記念写真の撮影時刻を見比べると一時間ほどだった。今は何がなんだか分からなくて、興奮が収まるまでしばらくかかりそう。