学歴差別という文化

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

この本を読んでいたら著者たちがサリンジャーの家庭について触れていて、父がユダヤ教徒で母がカトリックだったと。それでサリンジャー本人も学校になじめないところがあったのではないかという推測が書かれている。で思ったのだが、日本における学歴差別というのも、まあ明治以来の立身出世思想(「その大学を出た者はテクノクラートである」)をひきずってはいるが、戦後はまあ戦前社会の「門地」を転写したようなものだし(アメリカと戦わないテクノクラートって何?)、欧米社会の人種差別に対応するものではないか。人種というのもあるようなないようなものだし、出身校のアイデンティティもあるようなないようなものだ。

ヴァーチャル

ほんとうに久しぶりにオウムの頃の話を人として、その人は当時小六だったのだが、私は宅浪の身でワイドショーを見まくっていたよという話をしたのだが、…これってまったく「戦争の苦労話」ではないか。ふと気づいて愕然とした。ヴァーチャルだから、「実際の」被害は、私は一切被ってはいないが、でも、思想的には彼らの存在や言説には、私は多大な影響を受けた。ヴァーチャルであるというのは、こういうことだったのだ。