京王古書市の幸福

健康だけがとりえなのに、あろうことかこの年末、実に何年ぶりかで体調を崩した。
仕事納め当日までの3週間、同居人が止めるのも聞かずに無理に無理を重ね、
さらに27日28日と二日連続で忘年会に参加したのだけれど、やっぱりちょっと無理がすぎたみたいだ。


土曜日は大船で、同じ高校出身で私立の中高一貫校で国語を教えている先生方と懇親会。
国語教育について語るつもりが、なぜか、というべきか、やはり、というべきか、
気づいたら人生を語る会になってしまった。
ご一緒した3名の先生方(うち一人は数学の先生だけど)の、あくまで目の前の生徒と向き合っていこうという姿勢に感動する。
皆、それぞれに悩みは抱えているし、ちょっとびっくりするくらい忙しい毎日を生きているのだけれど、
大事なものをしっかり握っているというか、現実をちゃんと見据えて日々悪戦苦闘している、という感じがした。


日曜日。ずっと以前から楽しみにしていた、高校の大同窓会が藤沢で。
同学年540人のうち、1次会200人、2次会100人が参加、という、大変な盛会だった。
みんな、40代の半ばをむかえ、地に足をつけてしっかりと生きている感じだ。
それぞれに社会的にも家庭的にも成功して、まあ、言葉はよくないけどあえて使えば、「勝ち組」という印象。
企画の仕方から、ちょっとした会話のはしばしに、大人の風格というべきか、
他人に対する気遣いとやさしさにあふれている。
かえりみると自分は、自分勝手だった高校時代からあまり成長していないみたいで、
なんだか情けない気分。
同窓会ってよく、「幸福の見せびらかし合戦」になるっていうけど、
そういうのとは違った意味で、みんな、自分なりに着実に、自分の幸せを築いてるんだなあ、と思った。


そんなことを強く思ったのは、弁護士の資格を持ちながら、同級生と結婚して医師夫人となった子持ちの友人Mが、
帰りがけ、「ミスタードーナツ」に寄って、山ほどドーナツを買い込んでいるのを見たとき。
あるいは、某一流企業に勤めて社内恋愛で結婚し、那須塩原のログハウスに住む友人Kが、
大きなスーツケースを持ってきていて、「帰りに新宿のデパ地下で買い物してくのよ〜」と言っているのを聞いたとき。
どんな仕事をしているのか、とか、
子どもが何人いるか、とか、
そういうこととは別に、自分にとって大事なもの、ということについては迷いがない感じがしたんだよね。


体調がいまいちだったこともあり、いつになくしんみりした気分で、翌朝、同居人に電話をした。
「あのさ、今日、新宿に行きたいんだよね」と彼が言う。
「あ、もしかして……」と、わたしはすぐにピンとくる。
新宿京王デパートの古書市
同窓会用にいつもより少しだけおしゃれしてつけていたイヤリングを外して、
古書市の会場へ向かった。
これがわたしの、「ミスタードーナツと新宿デパ地下」なんだな〜と思いつつ。


買ったのは2冊。
福原麟太郎『読書と或る人生』(1967年・新潮選書)
加島祥造コレクション?『イエーツ訳詩集 最後のロマン主義者』(2007年・港の人)


福原麟太郎のほうは、偶然開いたページに「英語青年」のことが書いてあったから買ってみた。
帰宅してからぱらぱらめくってみると、これは今の自分の気分にぴったりな本だとわかった。
昭和の女といわれようが、時代の波に取り残されていようが、
わたしはこういう世界が好きなんだし、こういう世界に価値があると思っているのだから。
ちゃんと読んだら感想を書くつもり。


加島祥造のほうは、巻頭の詩のタイトルでいきなり、がつんと。
何しろ、「疲れた心よ」だもの。
そして、その詩の前に、加島祥造の「はじめに」という前書きがついていて、
そこに、こう書いてある。
「本書が、「イエーツ」という大きな詩人を理解してもらうものではないからです。
 ここには、彼から私に伝わってきた「詩」の深い情緒があるのみです。」
また、ここにはイエーツの詩が十二篇だけおさめられているのだけれど、それについて加島は、
「遠く場所と時を隔てて現代の私に、イエーツのこの不易の感情が伝わったのであり、
 それをなんとか生きた言葉で再現しようとした――そして、どうやら
 自分に納得できる詩となったのは、わずか十二篇なのでした。」
と書いている。


さて、体調がすぐれないため、いまいち文章に元気がないですが、
明日はもう大晦日
この年末年始の間に、今年読んだ本ベスト5、をあげなくては。