1. はじめに

1. はじめに

デフレに関して急速に関心が高まっている。金融関係の記者、市場評論家、事業予測屋、経済評論家、FRBのお偉方、さらには正統派マクロ経済学者達までが、米国では前例がない、唐突な「価格下落」に恐れおののいている。消費者物価指数(CPI)の下落はそれほど大きくなく局所的だが、2001年7月と10月の生産者物価指数(PPI)の大幅な下落は、米国が破滅的なデフレに直面している可能性がある、という緊急警告とも取れる。「デフレという怪物は生きていた」「デフレという妖怪」「米国経済最大の脅威:デフレ」「デフレを恐れるべき理由」「デフレを退治する」「デフレのジレンマ:デフレを恐れるべきか否か?」等などというおどろおどろしい題名で始まる経済記事が溢れてしまった。American Enterprise Instituteやブルックリンといった権威ある経済研究所の連中までが、こんな記事を書いているのである。

題名が示すとおり、これらの記事にはアメリカ経済にとって恐るべき内容が記述されている。どの記事もデフレ到来が近いことを書いているが、さらに二つの共通点がある。一つは、デフレが経済活動と資産形成に対して多大な損害を与える、という主張。もう一つは、FRBが立ち上がってデフレを未然に防ぐ活動を行うべし、という主張である。これらの著者達は、Fedが過去20年に渡るインフレ退治者という立場を捨て、デフレ退治に変速機を切り替えろ、と言っているのである。中には、Fedが無尽蔵に紙幣を印刷してもかまわない、とまで言い切っている学者もいる。

こういった反デフレ記事を書く人の多くは、米国30年代の大恐慌や日本でおきた98年以降のデフレについて、あえてボカした記述をしている。これからやってくるデフレの恐怖については、読者の想像にゆだねよう、ということであろう。だが、市場評論家のDonald L. Luskinのようにデフレ世界を毒々しく記述する例もある。ちなみに彼は自称「再生途上サプライサイド経済学者」とのことである。Luskinによるデフレ世界を紹介しておこう。

デフレは苦痛の世界でもある。インフレが悪夢だと思うのなら、デフレが起きるまで待ったほうがいい。あらゆるものの価格が下落していく。株、不動産、給与、、、、全ての価格が下がっていくのである。毎日毎日、みんなが徐々に貧乏になっていくのだ。そして負債を抱えている人にとっては、問題がさらに大きくなる。家の評価額がどんどん下がっていくのに、住宅ローン返済額は一定のままなのである。

だからといって、デフレは貸手にとってもバラの花一杯の世界にはならない。物価が下がっていくのだから、毎月一定の収入が得られるのはよいことではないかって? 物価が下がっていくのだから、同じ金額でより多くの食品、文房具、さらには不動産が変えるはずじゃないか、って? そうとは限らない。なぜなら、借手はどんどんデフォルトしていくので、貸した金が返ってこないからだ。

こうやって大げさに書いている評論家にしても、学術用語を冷静に操って記事を書く学者にしても、近代反デフレ派は「デフレ」を形成する様々な要素をごっちゃ煮にしたままで、それらを区別し忘れているという失敗をおかしている。

マクロ経済学者の多くは、この「ごっちゃ煮」の存在に気づいていない。なぜなら、近代マクロ経済学ケインズの偏執的な嫌デフレ主義に基づいているからであり、特に貨幣賃金率についてはこの傾向が強い。結果として、近代マクロ経済学者達は「デフレ」として記述される経済的過程を形成する要素を分解・分析する能力を最初から備えていない、ということになってしまうのである。同様の理由で、彼らは「良性デフレ」と「悪性デフレ」とを区別することも出来ない。前者は経済の効率と資産形成を改善する。後者はその逆で、経済活動と財政に悪影響を与える。

だが心配無用だ。Ludwig von MisesとMurray N. Rothbardの考えを引き継いだ我々オーストリア経済学派がいる。まずは反デフレ論者達が作り上げたデフレに関する誤解を解きほぐしていこう。まずは2章でデフレの定義を行う。そして、3章ではオーストリア経済学を元に、異なるデフレの種類を整理する。ここでは、市場経済の発展にとって役立つ両性のデフレと、政府や中央銀行が介在することで、財産権を侵害し経済活動や貨幣価値に悪影響を与える悪性デフレがあることが明らかになろう。4章では近代嫌デフレ主義者達の誤解に対する反論をまとめている。そして、米国経済が近いうちに厳しいデフレ的景気後退に陥るであろうと予測している。

  • これは2002年1月に発表された論文。
  • ネットバブル崩壊〜9-11テロと、景気がどんどん落ち込む中、「アメリカにもデフレ到来か」と騒がれていた頃のお話。