4-1. デフレに関する誤謬その1: 原材料価格下落がデフレにつながる

デフレに関する誤謬その1: 原材料価格下落がデフレにつながる

デフレに関する勘違い一つ目は、金(Gold)を筆頭とする原材料価格は通貨条件の変化に非常に敏感であり、将来の消費者物価を予測する指標になる、という主張をする人達。実際には消費者物価の変化は通貨条件や原材料価格の変化に比べると、ずっとゆっくりしたものになるわけだが。Bruce Bartlettは「原材料価格の持続的な下落は、経済活動を通じてやがては物価全体の下落につながる」と語った。2001年に入ってから主要原材料価格は10%以上下落しており、10年前の水準よりも低くなっている。日本が経験したのと同じようなデフレに米国が突入する確率は高まっている。2001年第4四半期の消費者物価指数および生産者物価指数の下落は、これから始まるデフレの第一声となることであろう、というのが彼の主張である。

この前提は、原材料価格と消費者物価が反対の方向に動くことがある、ということを忘れている点で間違っている。オーストリア経済学が教えるように、消費者物価と原材料を含む資本財価格の関係は、景気の状況に依存するのであり、景気後退時には正反対の方向に動くこともある。第二次大戦以降発生した景気後退の多くは、Fedが銀行準備金そのものを減少させるよりは、準備金の伸び率を抑えることで発生してきた。他の条件を一定とすれば、準備金の伸び率鈍化は、銀行の新規融資減少に直結し、金利上昇→事業者は新規事業のための借入に慎重になる、という展開となる。事業者が投資を控えることで原材料価格は絶対的な落ち込みを見せるが、消費者物価はそうとは限らない。特に景気後退初期においては、消費者物価は上昇圧力がかかるものである。過去に市場に投入された貨幣が消費者に届くのは、それら新規貨幣が事業者の新規投資で使われた後になるからである。

資本財業界が赤字となり、計画中もしくは投資中のプロジェクトの先行きが急激に暗くなってくると、原材料をはじめとする資本財に対する需要は急降下し、価格はさらに下落する。経営が苦しくなってきた資本財業者は、デフォルトや倒産を避けるために流動性の高い工業用原材料を現金に交換しようとする。こうしてさらに原材料の価格は下落していく。一方で、戦後のFedは景気後退中に銀行の貸出を、緩やかではあるが広げるように工作してきた。政府の負債を「貨幣化(monetize)」し、銀行の貸出や投資を徐々に増やすことで、消費者に渡る貨幣の量は増え続ける。これはしばしば繰り返されてきた拡張的景気後退あるいは「スタグフレーション」と呼ばれる現象であり、米国では1969年以降継続的に観測された。この間、消費者物価は上昇を続け、ドル価値は下落し、原材料価格は下落していたのに景気後退的な過程はみられることはなかった。

供給側経済学者達が、この理論と歴史から何も学んでないのは悲しいことである。だが、そんな彼らでもMurray Rothbardの論文には注意を払った可能性がある。Murray Rothbardは1980年代半ばに、原材料価格下落が広範囲なデフレを引き起こすと主張していた人たちに対する反論をおこなっている。

工業用原材料価格の急激な下落が持つ意味は、実際のところ何もないといってよい。それがインフレにつながるとか、デフレにつながるとかいう予測にもつながらない。原材料価格は景気後退時には常に下落する。これらの価格は1973-74年に急降下したし、80年と81年の景気後退時にも非常に急激な落ち込みをみせた。では原材料価格がインフレやデフレに何か影響を与えただろうか?

まったく与えてない。消費者物価は、これらの景気後退時はもちろん、景気が芳しくなかった80年から83年にかけて上昇を続けていることに注意したい。ほとんどの素人と経済学者は、工業用原材料価格や卸売物価が消費者物価の先触れになると信じている。その動きは「のろい」かもしれないが、同じ方向に動くと考えている。だが、この考えは間違っている。消費者物価と原材料価格・生産者価格とは反対の方向に動くことがある、という事実は景気分析をする上でとても重要なのに、忘れ去られがちだ。景気拡大時には、消費者物価よりも原材料価格のほうが大きく値上がりする。景気後退時には生産者価格より消費者物価のほうが大きく値上がりする。すなわち、原材料価格の下落が消費者物価の下落につながるわけではないのである。むしろ逆といえよう。

  • 原材料価格の下落がデフレにつながることはない。