政府主導のイベント、企業主導のイベント、そして湧き上がるイベント

 とりあえず忙しくても日に数十分のネット観察は欠かさないのだけど、そこで「アニメ・マンガの大型コンベンション 角川歴彦氏が国内開催を検討」という記事を見つけた。
 角川氏は、コンテンツ産業の要人でありながら、様々な同人現象などにも理解が深く、同人出身の役人としては頭が下がる。また、東京国際映画祭の提携イベントである*1秋葉原エンタ祭りも同氏の強い指導力で実現されたもので、その姿勢は一貫している。

 こういう話だと思い出すのは、僕が2002年頃、コミケの米澤代表(敢えて米さんとよばせてください)と議論した時のことだ。その頃の僕は、なんとかコミケを誰からも文句を言われないものにしたいと考えて、ある種の「プレイアップ」をしようと考えていた。それで米さんと下北沢でお会いしたわけだ。
 当時はまだポケモン同人誌事件の余波も強く、またポルノ規制など問題は山積みで、米さんも悩まれていたのだと思う。私としても、所詮は経産省の政策担当にすぎず、著作権や刑法をコミケのために変えるという権限も見通しも持てないので、どうしたものかと頭を抱えた。
 僕が考えていたことは、経産省コミケの端っこでもいいから何らかの支援をすることで、国もコミケの意義を認めているというスタンスをとることだった。これによって多少はコミケへの攻撃を弱められるかと考えたのだ。

 だが、悩みの根本は別の場所にあった。コミケが国の支援を受けるなどということがコミケとして本当にプラスになるのか、ということだった。算盤勘定のことではない。コミケを支えてきた人達にそれがプラスとして理解されるかということだ。
 悩んだ末に、僕たちはエール交換をして別れた。

 それからしばらくして、僕は、米さんは慧眼であったと思うようになった。
 実は、僕が最後にこれならできるか、と思ったのは、コミケを国際的な観光イベントの一つになってしまったということで、勝手にパブリック通訳を配置させてもらうというものだった*2。それは当然、「ジャパン・クール」ってやつの尻馬に乗っかろうとしている。
 しかし、それから「ジャパン・クール」はやや一人歩きしている。
 多くの国会議員や有識者が、日本がさらに成長するための鍵としてアニメやマンガを褒めそやし始めた。その結果、それを本当に支えているメカニズムとは何か、どうすればもっと面白いものが生まれるか、そうした考察が不十分なまま、表面的な提案が数多くなされ、それが実行されてしまう。
 その結果、二つの面で問題が起きているように思う。
 一つは、私たち自身の違和感。例えば、昨年から始まった「コフェスタ」。「コンテンツ」という括りのイベントには、率直に言って、違和感がある。それには理由がある。コフェスタは企画段階の名称を「コンテンツ・カーニバル」というが、その名前からすると僕が書いたメモを底として生まれたようだ*3。だとすると、それは本来ならば東京国際映画祭が多分野のエンタメコンテンツイベントへと成長した数年後に来るはずだった話なのだ。条件も整わないまま未来形を作るという、いわば、信長も、秀吉もすっとばして江戸幕府を作ろうというようなものだから、それは違和感があるだろう。
 もう一つは、海外の警戒心。中国などは、本当に2006年からアニメの輸入規制*4を始めてしまった。せっかく民間レベルで進んでいた話が、国が出しゃばったために「国家色」を付けられて、うまくいかなくなるというのは本末転倒な話だ*5

 つまり、コンテンツのこうした表面的な政策において、国が関わることは、あるいは国が中途半端に関わることは、自律的、自生的なメカニズムを大きく損なうことがありうるのだ。このことを、私も含めて政策関係者は強く自戒すべきであると思う。
 だからこそ、角川氏のこの提案は取扱が難しいのだ。

 記事を見る限り、「角川氏が検討」なのか「知財本部が検討」なのかよく分からないが(角川氏が知財本部を代表する権限がないのは当然なので)、いちおう、後者なのだということで考えてみる。
 正直言って、こうしたファンイベントはすでに日本SF大会コミケなど様々なものがあり、それが自律的かつ実利的に融合していくのが本道であって、それを重ねて国が行う必要はない。加えていえば、それを「COOL JAPAN」と冠するのは、現状では百害あって一利なしである。
 角川氏はグループ事業として秋葉原エンタ祭りを行ってきた実績がある。それは、変な国の冠がないだけ自由であり、素晴らしいことなのだ。これをさらに盛り上げ、まさに日本を代表するファンイベントに押し上げていくことこそ、同氏の真骨頂であるように思う。

 エンタメイベントは、まぁ作りにもよるのだけど、政府主導よりは企業主導の方がよい。もちろん、企業主導よりも湧き上がる、自生的な方がさらによいのだけれど。





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*1:僕が事務局長時代にはそうだったんだけど、位置づけはその後変わっているかもしれない。

*2:そう、勝手に。国が、勝手に。国が勝手にやるのだったら、コミケとしても面目に傷は付くまい、と考えたのだ。

*3:ただし、誓ってもいいが、そのことで相談を受けたことはない。こんな考えもあるよね、という企画案を書いただけの話だ。次に話を聞いたのは、それが政策として決定されたという通告で、それ以後も僕はコフェスタとはあまりお付き合いしていない。

*4:正確には国内の放送規制である。

*5:まぁそれでも、毒を食らわば皿までとばかり、そうした国家の介入を排除するよう日本国政府が動くのならまだましだが、現実はそうでもないようだ。少なくとも、対中国の外交交渉で、日本政府がこの問題を重大事としてねじ込んだという形跡は、アニメ振興が国策だというわりには全くない。