スカーレット・トマス『Y氏の終わり』
この小説はもちろん著者ももまったく知らない人。巡回先のblog各所でのきなみ好評でひどく気になった上、あらすじを見るといかにも自分の好み。ムラムラと読みたい欲求が高じてbk1に注文したのでした。
- 作者: スカーレット・トマス,牧野千穂,田中一江
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/12/14
- メディア: 単行本
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英文学を専攻する大学院生アリエルは、研究対象でもあり“世界で1冊しか現存しない”と言われる書物<Y氏の終わり>を入手する。読んだものは呪われるというこの本には、他人の心や記憶にアクセスできる秘薬の製法が記されていた。本を求めて現れた謎の男たちに追われるアリエルは逃亡と冒険へと旅立つ・・・・・・
19世紀に書かれた書物の世界やホメオパシーなどというものについての古めかしい薀蓄が語られるかと思えば、iPodが普通に小道具になっていたり精神世界を操作するインタフェースがコントロールパネルだったりという現代っぽい要素が入り混じっている点が新鮮。文系薀蓄と理系薀蓄も双方多彩で、その橋渡しに「思考実験」を持ってきたのもおもしろい。物理学にも哲学にも出てくるもんなぁ。
ストーリー自体はファンタジーというかSFというか。アリエルの冒険を追いかけるのに一所懸命で、物語の端々で感じた疑問や謎は放ったらかしで読み進んでしまった。<Y氏の終わり>というタイトルに秘められたダブル・ミーニングとは?とか、ポスト構造主義的物理学ってなんだそりゃ?とか・・・・・・
Amzonのレビューも含め、ネット上の感想はプラス評価が多いものの、批判的意見も眼につく。
批判的意見が出る理由の一つはアリエルのキャラクターにあるのかも。いくらファンタジックな物語といえども、どうにもリアリティがあるとは思いづらい行動をとるアリエルに、イマイチ感情移入できないところは確かにある。しかし、中産階級が崩壊した後の階級社会・英国で、再上昇を目指そうにも女性であること故にそれもならないという閉塞感に共感しようとしても、そりゃ無理、という気もする。この話は、その閉塞感からの逃亡でもあるんだろうという気分にはさせられたけど。
閉塞感からの逃亡といえば、絆を結びなおそうとしても拒絶し拒絶されそれがならないアリエルの行き着いた果てが、エヴァのラストと似て異なる世界だったことが興味深かった。(先日、"THE END OF EVANGELION"の赤い浜辺を見直したばかりだったりしたので・・・・・・)
とにかくまぁ、作中語られる「この本のすべては暗喩」という言葉を真に受ければまだまだ謎解きが必要そうで、再読したりネット上での読解を探したりが楽しみな物語なのだった。