ブルー・ブルー・グレー、フランス

 青の時間、日が何かの後ろに落ちてしまい、宇宙の暗さが近く迫る、アスファルトの道路は、紫の鉛筆でやさしくしぶとく撫でたように色が乗り、一斉に青い空気があたりに充満する。自分と相手の距離をくりかえし測っている内に、もろともグレーの中に吸い込まれてゆき、肌に数ミリ色が染みて宇宙の時間だ。みんな家に帰らなくてはいけない。あの青い空気を吸い込んだら、自分の家が何処にあったのか、そもそも無かったのかもしれないと思いだすかも。うれしいと思うだろうか?悲しい?問いかけに答えてくれる人はもう居ない。暗くなったらみんな家に帰るんだ。暗闇の中を走って帰る。お化けが居ても、妖怪が声をかけても。無事に帰った人達が灯す家々の灯りが、遠くの山にたくさん見える。
 私は長い間夕方が苦手だった。落ちようとしている夕日、その後の青の時間、遠くに見える夜景。できるかぎり目を背けたい。まともに受け止めると、胸の真ん中あたりがザラっとして、不安定な気持ちに捕まってしまう。楽しい事が起こっても、それは必ず終わってしまう。さようなら、今日。と、次の日、こんにちは。その間のつなぎ目部分の切り替えがうまくできないから辛い。それが何なのか?私にはよくわからないから、ただ避けることだけしか出来なかった。なんとか自分をごまかして、いつの間にか過ぎたように時間をやり過ごして、夜になったら楽しいテレビを見る事ができる。幸せだから、余計なものまで見えたり、気にしてしまうのだろうか?

 人生の中での最近、フランス語を習い始めた。フランスなんてオサレで、服はもちろんいかなる物にもレースが付いているような、可憐な、かわいらしいイメージ。しかもちょっと気取っていて、一言一言がカッコ付きすぎて恥ずかしいよね。
「お嬢さん、ご機嫌いかが?君は本当のエスプリを理解していないようだね。カフェで一緒に愛について大いに語りあわないかい?」
そんなイメージ。自分とはかけ離れたイメージ。自分がフランス語を習うなんて思ってもみなかった。何で習い始めたのか?単純なところで原書の絵本が読みたくなったからだ。それから軽い気持ちでお試しに受けてみた、フランス語教室。フランス語の音は音楽に似ている。英語のようなビジネス色は少なくて、少々テンションが低くても気にならない。難しいけれど、気難しい人が気難しいぞ、と宣言してから友達になろうとしているようなものなので、そうでしょうな、という感じ。
 ここまで来たからには、どっぷりフランスに入り込んでみようかと。全然知らないパリ以外の都市や、近隣の国、フランス語圏、そうして向き合ってみると、自分の心の奥深くに散らばって残っているものの中には、フランス関連の物がたくさんあった。パリのアパルトマンは公団に似ている。(今憧れの公団住まい中)映画グランブルーの音楽、パリのとある花屋の店先の映像、街角のジャンボンクレープ、一番好きな絵本、ペルルミュテールの弾くラヴェル、京都のフランス学館の庭、ブルーグレーの文字の紙コースター、ポスター、看板など。苦手だった青の時間の色も、フランスのイメージがある深いブルー。あの景色がいつの間にか辛くなくなっている事に気がついた。代わりに、美しさで目の奥が痛い。あの青い空気を吸い込んだら、自分の家が何処にあったのか、そもそも無かったのかもしれないと思う?別に無くてもいいのだ家なんて。そんなことより、なんて…世界は美しいなあ。
苦手だった"つなぎ目の切り替え"の上から、おかまいなしに上塗りされた、ブルー・ブルー・グレー・フランス。有無をいわせない。
 大昔にパリに行った事がある。その時特に影響された記憶は無くて、やっぱり自分とかけ離れたおフランス。輝かしい絵画の並ぶ美術館のはしごでクタクタになり、ウンコの落ちている石畳を彷徨う。結局エッフェル塔凱旋門も見ないで帰って来た。でもどこかで私は、フランスの青の時間に遭遇している。静かに上塗りされたんだろうな。もちろん何の問いかけも無しに。
C'est beau!n'est-ce pas?