*もうすぐ父が死ぬ

 進行性の胃がん。気付いた時には第四ステージ。余命三ヶ月。そこから放射線治療。それも効かず。治療取りやめ。すでに当初の三ヶ月は去り、緩やかに死に向かうのだろう・・・
 と思っていれば、急激な変化でみるみるやせ衰え、話す言葉は半分以上分からず。毎日書いていた日記(メモ程度なんだが)は7/14を最後に何も書いていない。買った時に書いたと思われる日付だけが残っている。
 この事実を母に告げる。母は認知症だ。認知症のすごさは自分が全く気付いていないことだ。(これから母は一人なんだよ。だからグループホームのようなものに入るべきなんだ)と思い伝えてみても全然伝わらない。それどころか、何度父の余命を伝えたことか。それは母にとっても衝撃的なことだと思うが、それでも退院したらまたどこぞに一緒に行きたいとか、お腹が悪いのかしらねえ、と他人事のようだ。そのたびに胃がんで、父はもう帰らない。帰る時は死んだ時だ、と言うといつもいつも同じ事を言う。
 「生命保険に入ってなかったのよ。私は入っているのに」「向こうの家は胃がんが多いのよ。うちの方は癌の家系じゃないのに」と父が聞いたら嫌な気分になることを何度も何度も言う。父はそのたびに「同じ事を何度言うんだ」と怒るのだが、それも言えなくなってきた。
 「ずっとずっとありがとう」、その一言を生きている間に伝えなくちゃと思うが、顔を合わせては言いづらい。しかし今となっては殆ど意識が無い。言わないときっと後悔するだろう。
 こんな瞬間が来るまで自分はもっとドライで嫌な奴だと思っていた。しかしやせ衰え、太かった二の腕も枯れ木のようになり、寝ている姿ももう見ていられないほどだ。
 癌の気まぐれなことは、なぜか数日何事も無かったかのような「凪」の日があると聞く。それが胃がんにもあるかどうかは知らぬ。父の故郷から兄弟が遠くから週末やって来る。せめてその時に「凪」の状態が訪れ、積もる話をあれこれしてほしい。「ずっとずっとありがとう」の一言も言えたら良いなぁ。・・・そう書いたのが1週間前。ちょっとここに書くのをためらっていた。