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僕が線を引いて読んだ所 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017年03月19日 読むべき本 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 昨日に引き続き、『書く力―私たちはこうして文章を磨いた(朝日新書)』について。
 この本はたまたま書店で見つけて、中の数行を読んだだけで「これは読むべき本だ」と直感して購入したのだが、この直感は正しかったようだ。
 竹内政明は文章修練のために、いい文章を見つけて書き写すことを続けているという。特に井上靖詩集北国』は、「頭からお尻まで三〇回くらいは書き写した」とのことだ。読むだけでなく書き写すことで、「発見」があるという。
 北原政明は『北国』の中の「海辺」と題する作品を取り上げ、その優れた点は、淡々と事実だけを積み重ねた表現の簡潔さ、リズムの良さであるとし、さらに詳細に分析する。

この詩のかなわないところは、作者の感情というか、内面を表現しているのが、「驚くべきこの敵意の繊細さ」「悲哀の念にうたれながら」それから「嫉妬を激しく感じた」の三カ所しかないところです。にもかかわらず、「遠い青春への嫉妬」が、迫るように伝わってくる。

この文章では「殴る」「蹴る」という動詞が一度も使われていないんです。これは、ちょっと真似できない。普通は、決闘や喧嘩の場面を描写しようとすると、どうしても「殴る」や「蹴る」という動詞を使ってしまうものだと思いますが、それをしない。「バンドが円を描き、帽子がとび、小石が降った」というように、陳腐なことばを使わずに、独りよがりにもならずに、そこで起きた出来事をまるで画面で見ているかのように伝える。

 さすがに何度も書き写した文章のことだけあって、その良さを非常に的確に掴んでいる。僕も井上靖散文詩は好きだが、小説を凝縮したもの、とか、詩情があふれるという程度の漠然とした捉え方でこれまでは済ましていた。自分なりの「発見」が見つかるくらいに、井上靖の詩とじっくり向き合ってみたいものだと思って、探してみると、『詩集北国新潮文庫)』と『自選 井上靖詩集旺文社文庫)』が本箱の中に眠っていた。
 机の上に、読むべき本がどんどん山積みになっていく。
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2017年03月18日 人に教える情熱 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 池上彰は著書『<わかりやすさ>の勉強法 (講談社現代新書)』の中で、読売新聞の1面のコラム「編集手帳」を「各紙の中でも群を抜いた力量」と称賛していた(→過去の記事)が、その編集手帳書き手である竹内政明と池上彰が文章について語り合ったのが、『書く力―私たちはこうして文章を磨いた朝日新書)』。

 プロの書き手同士が、惜しげもなく手の内をさらけ出している。自分の文章にも使えそうなワザも見つかるが、プロの書き手でない僕たちにとってのこの本の一番の恩恵は、筆者はここで「あの手」を使っているな、という具合に、「編集手帳」や池上彰の文章を読む楽しさを倍増させてくれることではないか。
f:id:mf-fagott:20170318134648j:image:w360:left さっそく今日の「編集手帳」を読んでみる。(我が家は「読売」を購読していないが、たまたま昼飯を食べようと入った蕎麦屋に置いてあった。)
 まずは、江戸時代の本草学者、小野蘭山の優れた記憶力を伝える逸話の紹介。何の話につながるのかと思いきや、「森友学園」問題。「国会の証人喚問に臨む籠池氏には蘭山先生並みの精密さで真実を語ってもらおう。
 ここまでは、良い。しかし、締めの段落がどうも僕にはしっくりこない。

それにつけても、である。『最も鈍い者が』と題された吉野弘さんの詩を思い出す。<人を教える難しさに最も鈍い者が/人に教える情熱に取り憑かれるのではあるまいか…>。その人のために書かれたような一節である。

 (あ、ここでも吉野弘か。『書く力』でも、池上彰が「はじめに」で吉野弘の「祝婚歌」を引用している。それはともかく、)僕には、あの理事長が「人に教える情熱に取り憑かれ」た人間であるようには見えないのだ。

2017年03月06日

[][]「秋」は「飽き」? 「秋」は「飽き」?を含むブックマーク 「秋」は「飽き」?のブックマークコメント

 今日は、『伊勢物語』第68段について。

むかし、男、和泉の国へ行きけり。住吉の郡、住吉の里、住吉の浜をゆくに、いとおもしろければ、おりゐつつゆく。或る人、「住吉の浜とよめ」といふ。
 雁鳴きて菊の花さく秋はあれど
   春のうみべに住吉の浜
とよめりければ、みな人々よまずなりにけり。

 「新潮古典集成」の頭注は、この歌について以下のように書く。

住吉の浜」に「住み良し」を懸けることは、誰でもおもいつく平凡な発想だが、「春・秋」の対比に「憂・飽」をからませるところまでは、簡単に思いつくことではない。だから「みな人々よまずなりにけり」ということになる。

 さて、僕の疑問は、「住吉=住み良し」は当然として、「秋=飽き」、「海=倦み」という掛詞まで読み取る必要があるのか。作中の人々が感銘を覚えたのは、それほどまで凝った技巧を読み取ってのことだったのか、ということだ。
 そもそも言葉の同音性を面白がる日本人の心性をどう考えたらよいのか。前回の記事で「よしや、あしや」を「蘆」との音の重なりを面白がっているにすぎないと書いたが、そうしたことを低級な言葉遊びと断じてしまって良いのだろうか。
 …こんなことを考えていた時、『俳句の海に潜る』(中沢新一小澤実共著)の中で次の一節を見つけた。

十数万年前、今日の私たちと変わらない脳構造を持った新人が出現したとき、はじめて芸術と宗教が出現します。(中略)
そのとき生まれた、いちばん古い文芸の形はなぞなぞだと言われています。なぞなぞでは問いかけがあって、答えがありますが、問いと答えの間の距離が大きいほど、面白い謎だと言われました。最古層に属するなぞなぞに「目があっても見えないものは何」、というものがあります。むずかしいですよね。答えは、ジャガイモです。目(芽)が出るけれども見えない。音の共通性が遠く離れた意味の場を急接近させ、それが古代の人の心に喜びを発生させたのですね。
中沢新一俳句と仏教」)

 「音の共通性が遠く離れた意味の場を急接近」させるのだという見方は、単なるダジャレとも見なされかねない言葉の遊びの捉え直しにつながる。
 中沢新一は、同書中の小澤実との対談の中で、次のようにも発言している。

比喩には解放する力があります。例えば箸。そのままだと箸という用途に閉じ込められているけれど、これを橋とつないでみると、この箸と橋がつながってしまう。ハシとハシ、つないでいるのは音だけです。その時、箸が解放され、橋と箸がつながっていく。用途の中に閉じ込められていたものが自由になる。その自由さが滑稽の大本ではないかと思う。

 言葉の音の重なりと、詩と、滑稽と。これらの関係は、これからもさらに考えていきたいと思うテーマの一つだ。

俳句の海に潜る

俳句の海に潜る

 先ほどの「伊勢物語」に戻って、「秋」や「海」に「飽き、倦み」まで読み取るべきかどうかという点については、時代によって読み手の好尚が異なれば、その捉え方にも変化が生じるのだろうとは思う。作中の人々が「住吉」に「住み良し」を読み取るだけでも十分に感動できるほどの「古代の人の心」を持っていたということはあり得る。今の僕の個人的な好みに従えば、「古典集成」の頭注にあるような深読みをすることは、歌の興趣をかえってそいでしまうのではないか、ということになる。

■追記(3月7日)
 森野宗明校注の『伊勢物語』(講談社文庫)では、第68段の歌について次のように記す。

「あき」に「飽き」を、「うみべ」に「倦み」をかけたとみ、「……秋は飽きると同じで住みよくないが、春の海べは憂みといっても住みよい所だ」とする説があるが、考えすぎか。

 岩波の『古典体系』なども、上の説は採っていない。どうやら「秋=飽き」説は分が悪いようだ。

2017年02月06日

[]よしや? あしや? よしや? あしや?を含むブックマーク よしや? あしや?のブックマークコメント

 今年は(というより、残りの人生)古典をもっと読んで人並みの教養を身に着けよう、などと今更ながら思い立って、まずは『伊勢物語』を最初から少しずつ読んでいる。きっかけは、「芥川」を授業で取り上げるにあたって、前後の章段を読んでみたら思いのほか面白かったからなのだが、なにしろ今までに僕が読んだ古文というのは、どの国語の教科書にも載っているような作品ばかりで、『伊勢物語』に関して言えば思い出せるのは「東下り」と「筒井筒」の段くらい。最近は何年も続けて「筒井筒」ばかり教えているので、これでは進歩がないなと思ったわけです。
 さて、ようやく3分の1ほど読み進んだが、ここまでで気になったのが第33段。短いので、全文掲げる。

むかし、男、津の国、菟原(むばら)の郡に通ひける女、このたび行きては、または来じと思へるけしきなれば、男、
  蘆辺よりみち来る潮のいやましに
    君に心を思ひますかな
返し、
  こもり江に思ふ心をいかでかは
    舟さす棹のさして知るべき
田舎人のことにては、よしや、あしや。

(「新潮日本古典集成」より)

 僕は最後のところを読んで、心の中でくすっと笑ってしまった。これは、語り手が言葉で戯れているのではないか。「よしや、あしや」の「あし」は男の歌の「蘆辺より」の「あし」を意識してのもの。しかも、すぐ前の32段には、「いにしへのしづのをだまき繰りかへしむかしを今になすよしもがな」という歌があり、両方の段を続けて読んだ僕には、「よしや、あしや」の「よし」にはその前段の「よしもがな」の「よし」が響いていると感じられてならない。つまり、語り手はここで素朴な言葉遊びを楽しんでいるだけのことであって、田舎人の詠んだ歌の「良し、悪し」などどちらでもよいと思っている。植物としてのアシは、蘆(よし)でもあり、蘆(あし)でもあるわけだし。
 この部分について、「古典集成」の頭注では、次のように書いているが、どうも的を外しているように思えてならない。

最後の「田舎人の」以下は作者の評。『伊勢物語』が田舎を軽んずることはすでに見たとおりだが、この場合の女の「こもり江に」の返歌を、作者はちょっとした出来だと認めているのである。(中略)それを「よしや、あしや」と韜晦の姿勢で言うのは、「田舎人」を賞めることへのこだわりであろうか。

 岩波の「古典体系」など、これまで数冊の注釈本を調べた範囲では、この部分について、語り手のつまらんダジャレにすぎないと断じているものはない。当然すぎることをわざわざ書くのは野暮だということなのだろうか。古文の教養の足りない僕には、どうもよくわからないことだ。

2017年02月04日 活字頼み このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

活字たんけん隊――めざせ、面白本の大海 (岩波新書)

活字たんけん隊――めざせ、面白本の大海 (岩波新書)

 椎名誠を読むのは、ずいぶん久しぶりだ。このブログを始めてからはたぶん初めて。
 椎名誠の本を読むと、行ったことのない世界へと視野が広がる。想像したこともなかった食い物や生き物や建物の存在を教えてくれる。狭い日本しか知らない(いや、日本さえも知らない)ようでは、いかんなあと思う。もっと旅をしなくちゃ… とはいえ、椎名誠みたいにモンゴルだ、ブラジルだ、北極点だ、なんてわけにはいかないから、やはり活字に頼るほかないんだよなあ。

2017年01月25日 左右のモンダイ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 前回は上下のモンダイについて書きましたが、今回は左右のモンダイです。

 自らを「まちがいなく左派」明言し、「自民党に投票したことは一度もありません」と言う著者だが、若い読者に対して、右が間違っているとか、左が正しいとか、決して言わない。右寄りの人の主張、左寄りの人の考えについて公平に説明したあとで、「さあ、あなただったら、どっちに賛成するでしょう」と問いを投げかける。そう、政治とは自分で決断することなんだからね。

与党と野党、体制反体制、どっちにつくかはあなた次第。

とは言いながらも、次のような言い方からは、なるべく表に出さないように努力していたであろう斎藤美奈子の本音がにじみ出る。

 もしあなたが右派保守)に近い考えなら、迷わず自民党に一票です。いまの自民党は、左右混合チームだったかつての自民党とはちがいます。右へ右へと旋回し、もう少しでウルトラナショナリズムの域に突入しかねない勢いです。憲法を改正していずれは自衛隊を「国防軍」に昇格させ、言論の自由をやんわり制限し、教育に介入し、あなたがお好みの、ニッポン万歳な国にしてくれるでしょう。
 逆にあなたが左派(リベラル)に近いなら、どうあっても自民党にだけは投票してはなりません。どの野党も気に入らない? それでも野党に入れるのです。

 こういう「ほんとう」のことを、学校は教えてあげなくちゃいけないんだろうけどな。
 この本、図書室の目立つところに置いてもらいたい。

●右か左かのモンダイについては、以前も書いてます。→アーサービナード『左右の安全』

2017年01月14日

[] 向きが違う!  向きが違う!を含むブックマーク  向きが違う!のブックマークコメント

 先週の土曜日、葉山の神奈川県立近代美術館で観た「谷川晃一・宮迫千鶴」は期待以上の面白さだったが、中でも宮迫のコラージュ作品が興味をひいた。展示作品は撮影可能だったので、写真もたくさん撮った帰った。これを参考にして、自分でもコラージュにチャレンジしてみようかな、なんて… 
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 帰宅してからすぐに宮迫千鶴の『コラージュ・ブック』という本をネットで注文した。当日美術館の図書室に置いてあったのを見て、ぜひ家でゆっくり見たいと思ったのだ。それが今日届いた。さっそくパラパラとめくってみて、一つ面白いことに気付いた。今回観た中でも特に印象に残った一つ、「熱帯のテーブル」という題の布のコラージュが、本の中では展覧会で見たのと天地が逆になって載っているのだ。
 僕が撮ってきた写真はこれ。
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 さっそく絵葉書にして、こんな風に額に入れて部屋の壁に飾ってしまったくらい、本当に僕のお気に入りだ。
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 ところが、本にはこういう向きで載っているというわけ。
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 これはどういうことだろう。これはどちらを上にしても良い作品なのだろうか。それとも展覧会の展示が間違っていたのだろうか。まさか、美術館の職員が間違えるわけはなかろうけれど…
 改めてじっくり観ているうちに、どうも本の方が正しいような気がしてきたのだが…

絵のある生活 コラージュ・ブック

絵のある生活 コラージュ・ブック

2017年01月09日

[]子規の「写生」 子規の「写生」を含むブックマーク 子規の「写生」のブックマークコメント

f:id:mf-fagott:20170109130944j:image:w170:left 今回、この文章を書き始めるにあたって、これまで僕が正岡子規に関してどんな本を読んで、どんなことを書いているかが気になって、このブログ内を検索してみたら(こういう時、ブログ内の検索機能は本当に便利だ。手書きの読書ノートではこうはいかない)、内田樹の『街場の文体論』を読んだ際に以下のようなことを書いているのが見つかった。

正岡子規が提唱して以来、俳句の基本とされている「写生」ですが、人によってその捉え方が微妙に異なるため、いったい「写生」とは何なのだろうという問題意識が私の中にはあります。……俳句における「写生」も、人によってとらえ方に幅はあるものの、その根本にあるのは「言葉を届かせたい」という思いなのではないだろうか、と考え始めました。そしてこれもまた、技術であり心がけでもあると。すなわち、575という定型の枠の中で何かを伝えるのは至難の業なわけですが、その困難をなんとか乗り越え、感動を伝えるための方法と姿勢が「写生」なのではないか、ということです。

 ここには僕の問題意識と、内田樹著作を手掛かりに自分なりに導き出した一つの答えが書かれているが、これが、今回読んだ小森陽一の『子規と漱石―友情が育んだ写実の近代』の重要な部分と重なっていることに気付く。

「実際の有のまゝを写す」という言い方は、ヨーロッパにおけるロマン主義に対抗して興った、写実主義としての「近代リアリズム」の典型的な認識を示しており、子規の主張をそうした系譜の中で位置づけることを可能にしてきた。また「写生」という概念が、「画家の語」であると定義されることで、「写生文」における視覚的描写が重視されてきた。
けれども、この『叙事文』による理論化に至るまでに、実際に子規が発表してきた散文の表現改革の軌跡を辿ってみると、視覚に限定することのない、あらゆる身体的知覚感覚による世界把握の経験を、どのようにして言葉による表象に転換してきたか、ということが方法論として強く意識されていたことがわかる。
(p.148-149)

 この本では俳句よりも散文としての「写生文」の分析に重点が置かれており、上の引用部もそうだが、俳句については次のようなことを言っており、当然ながら俳句における写生と散文におけるそれとが大きく異なることはない。

子規が発見したのは、言語表現に基づく、複数の意味作用の回路を同時に作動させることによって生み出される「観るが如く感ぜしむる」読者の意識と知覚への、言葉による働きかけの効果であった。(p.78)
「印象明瞭なる句」の「印象」とは、単なる視覚を中心とした知覚感覚的認知の結果ではなく、言語によって再構築された、俳句に内在する知覚感覚的認知経験のことなのである。(p.81)

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 この本が、子規の唱えた「写生」を俳句も含めて総体的に捉えたものであるとは必ずしも言えないのは、「おわりに」で「『五七五』の世界はそちらにまかせて、私は批評や手紙と『写生文』、散文による子規と漱石の応答をまとめてみよう」とある通りだ。「そちら」というのは坪内稔典の『俳人漱石』(岩波新書)を指している。これをもう一度読み直せば、子規の唱えた「写生」がさらによく見えてくるに違いない。

2016年12月31日

[]モーターアシスト軽自動車俳句 モーターアシスト軽自動車と俳句を含むブックマーク モーターアシスト軽自動車と俳句のブックマークコメント

f:id:mf-fagott:20161231113422j:image:w170:left 今年、軽自動車に乗り換えた。その車はエンジンをアシストするためのモーターを積んでいて、発進時、加速時のエンジンの負荷を軽減する。モーターだけで走るほどパワーはないが、小さなエンジンだけで頑張っている健気な軽自動車の背中を軽く押してあげる、というほどの働きをしてくれる。
 小川軽舟の『俳句と暮らす』を読んでいて、俳句というのは、人にとって、ちょうどこの軽自動車のモーターのような機能を果たしているのかもしれないと思った。
 炊事をしたり、酒を飲んだり、病気になったり、散歩をしたり、という日々の暮らしは俳句に素材を提供してくれる。逆に、俳句は何とかこうして生きている僕たちの背中を軽く押して、前へ(未来の方向へ)進ませてくれる働きがあるのではないか。『俳句と暮らす』を読んでいて考えたのは、そんなことだ。

過去と未来の接点に現在の日常がある。振り返れば過去があり、前を向けば未来があり、見まわせば同じように平凡な日常を重ねる人々がいる。俳句はこの何でもない日常を詩にすることができる文芸である。しかし、日常にべったり両足をつけたままでは詩は生まれない。ちょっと爪先立ってみる。それだけで日常には新しい発見がある。その発見が詩になる。ちょっと爪先立ってみる―それが俳句なのだ。
(「あとがき」より)

 「ちょっと爪先立ってみる」とは、具体的にはどうすることだろう。普段より意識的にものをよく見る、自分自身を客観視する、そして見えてきたものにふさわしい言葉を与える…そんなことだろうか。こうして表現されたものは過去のものとなるが、それを足掛かりに、未来に向かって一歩を踏み出すことができる。そもそも表現とは(とりわけ、日記、自伝、自画像のような自己表現は)、過去の自分を記録するという機能はもちろんのこと、それを足掛かりに未来に進もうという意志を生み出す働きがあるのではないか。俳句にもまた、小さいながらもそんな働きが備わっているのだと思う。
 先ほどの軽自動車のたとえで言えば、俳句は小さなモーター、日常生活がモーターを動かすバッテリーということになりそうだ。

2016年12月24日 目まいのする散文 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

目まいのする散歩 (中公文庫)

目まいのする散歩 (中公文庫)

私たちは、たしかに参拝にきたという証拠に、おさい銭をあげることにしている。女房が勝手につかみだして投げ入れたお金は最低十五円かそこらで、たまに小銭がないときには百円位はいれているだろうと私は判断している。十円玉と五円玉とどっちが私の分で、どっちが彼女の分だかは、私にも彼女自身にも判明しない。

 私(武田泰淳)のものか、彼女(武田百合子)のものか判明しないのは、おさい銭だけではない。表現の主体がどちらなのか、不分明な箇所は何か所も出てくる。たとえば次の箇所。

女房は一人歩きが好きらしい。好きなところに歩いて行き、好きな場所にだけ長くいられることが、性分に合っている。私は、彼女と一緒の方が都合がいい。夕食後、彼女は一人だけ抜けだして、広場を散歩した。昼間でも少なかった人影は、どこかにのみこまれて、残った人々も、今にものみこまれそうに静かにしていた。花壇のそばのベンチに、三、四人ずつ休んでいるロシア人のうち、学生風の青年は、彼女が通りかかると、組んでいた足を揃えて席を空けてくれる。彼女はぼんやりと坐り、快感を味わって、しみじみとしている。

 不思議だ。「彼女」は一人だけで散歩している。「私」はその時刻には「いびきをかいて眠っていた」のだ。しかし、「私」は「彼女」の一人だけの散歩の様子を詳細に記述している。
 この作品は、全編、武田泰淳が口述し、妻の百合子が筆記して出来上がったそうである。しかし、百合子は筆記者の役割にとどまっていただろうか。夫の口述の内容が自分自身の事柄に及んだ時、自らが表現主体となってペンを走らせてしまったのではなかろうか。
 それとも。泰淳は、自らの見聞の及ばない部分を百合子の記録によって補ってもいるようだ。その部分を、いちいち「彼女の日記によると」などと断わらず、あたかも自分自身の経験のように書いてしまった結果、このような文章になってしまったのだろうか。

天山山脈は、見えつづけている。「まばたき一つしても惜しい」と、彼女は思った。

などという書き方も変だ。通常は「彼女は思ったそうだ」「彼女は思ったようだ」とするところだろうが、泰淳は「思った」のがあたかも自分自身であったかのように書く。
 散歩の時は、ほとんど常に夫婦一緒だったようだが、「目まいのする散歩」を読んでいると、その二人の人格を分け隔てているはずの境界線が溶け出し、あいまいになっているかのような思いにとらわれてしまう。
 散歩の途中で目まいを覚えるのは、病がまだ癒えていない筆者だけではない。筆者(とその妻)の散歩に付き合っている読者もまた目まいにおそわれそうになる。この本はまさに、目まいのする散歩、いや、目まいのする散文なのである。