映画「手紙は憶えている」を見る(感想)

手紙は憶えている REMEMBER
2015年 カナダ・ドイツ 95分
監督:アトム・エゴヤン
出演:ゼヴ・グットマン(クリストファー・プラマー)、ルディ・コランダー(1番目。ブルーノ・ガンツ)、ルディ・コランダー(2番目。ハインツ・リーフェン)、ジョン・コランダー(ディーン・ノリス)、ルディ・コランダー(4番目。ユルゲン・プロフノウ)、マックス・ザッカー(マーティン・ランドー

アウシュヴィッツ捕虜収容所の生き残りである老人2人が、家族を殺した収容所の区画責任者を探し、復讐を果たそうとする。
計画を立てたのは、アメリカの高齢者介護施設で暮らすマックスだが、彼は体の自由が利かず、同じ施設にいる90歳のゼブが実行役を引き受ける。しかし、ゼヴは認知症による記憶障害のため眠るたびに記憶を失ってしまう。そこでマックスは、計画の細かい内容を記した手紙を書き、ゼヴはその手紙を頼りに、施設を抜け出して復讐を果たすための旅に出る。仇の男オットー・ヴァリッシュは元ナチであることを隠し、名前をルディ・コランダーと変えて暮らしているとのことだが、同じ名の男が4人いるため、ゼヴは、彼らを一人ずつ訪ねていく。
この4人の復讐相手候補者が四人四色というか、ヴァリッシュ本人以外の3人もいろいろな立場からかつてのユダヤ人収容所に絡んでいて、ゼヴが新たな候補者を訪ね、正体のわからない相手と対峙するたびに緊迫する。
ゼヴは身の回りのことはちゃんとできるが、その旅はどうにも危なっかしい。認知症の老人の一人旅というだけではらはらさせられるが、さらに目的は復讐である。ゼヴが、「手紙を読む」と自らの手にメモするあたりで、心配は募り、マックスの指示に従って拳銃(グロック)を入手し、それを所持してカナダとの国境を越えなきゃならなくなったり、わざわざ半そでシャツを買うという伏線の後にナチスの信望者に腕に残された囚人番号を見られたりするなど、サスペンスがいろいろ散りばめられている。ぜヴはピアノを弾けるので、何度となくピアノを弾いてみせる。音楽が緊迫感を和らげ、ほっともするのだが、彼の選曲もまた伏線となっているのだった。
ラストは後味のいいものではないが、しかし、ハッピーエンドでさわやかに終われる題材でもないように思われる。アウシュヴィッツの生き残りということで言えば、こうした話が現代劇として成立するには、今がぎりぎりの時期ということなのだろう。老人の執念が果たす復讐劇を鮮やかに描いていると言えるが、結末を知ってから思い返すと、かなり痛烈なものがある。

[引用]
マックスの手紙:我々は、収容所のあの区画の最後の生き残りだ。我々の家族を殺した男の顔が分かるのは、私以外には君しかいない。
Max Rosenbaum: [in letter to Zev] We are the last living survivors from our prison block. Besides me, you are the only person who could still recognize the man who killed our families.