ブロードバンド、著作権と経済の雑感(その1)- ソニーrootkit事件へのシリコンバレー的感想

それにしても、ソニーはすっかりミソをつけてしまったものだ。例の、コピー防止用にrootkitを組み込んだCD、という事件である。これで、シリコンバレーでは「マイクロソフト」「ディズニー」と並ぶ、悪役3人組に名を連ねてしまった。ただでさえ、このところの業績悪化ですっかりイメージダウンしているところへ、まさに泣きっ面に蜂である。なまじ「ソニー」のブランドが浸透しているため、音楽CDの問題であるのに、「ソニー憎けりゃPS2も・・」ということにもなりかねないし、問題を修正(完全には解決できない)するためのパッチを出したのだが「そんなもの信用できるか」と言われてしまう。

シリコンバレー人は、みんながみんな、違法コピーを奨励するハッカーなのではない。私の愛用しているpodcasting番組、TWIT(This Week In Tech)の出演者達は、皆生粋のgeekたちだが、ライターとして書くことを商売にしている人も多いので、コンテンツのクリエーターにはしかるべき代価が払われるべきである、と主張している。ただ、現在の著作権を軸として確立している仕組みは、実はクリエーターではなく、クリエーターから最終消費者の手元に渡るまでの中間に位置する、ディストリビューション企業が中間搾取することに最適化されている、ということを攻撃しているのだ。

まさにシリコンバレー的なムーブメントである、オープンソースや、podcastingや、ダン・ギルモアの言う「Citizen's Journalism」といった考え方に対する、「なんでタダなのに、やるの?」という疑問が、最近いろいろな意味で解け出してきた。素人の趣味の範囲の話でなく、プロが自分の専門分野の仕事をしているのに、それをタダで公開するというのはどういうことか。結局、これらはいずれも、肥大化して過剰利益をむさぼっている(と、少なくともgeek達には見える)中間業者を排除するための対抗手段なのだ。

いいソフトウェアを書いても、それをパッケージ化し、販売ルートを作り、カスタマーケアの体制を作り、そのための代金を回収する仕組みを作り、宣伝をする・・といった「金銭化」の過程がからむと、そのための資金を得られずに日の目を見ないこともある。あるいは、もともと限られたユーザー層には大変価値があるが、その数が少ないために、こういった「オーバーヘッド」をサポートするだけの固定費を回収できないこともある。こうした「中間業者」あるいは「オーバーヘッド」を最初から無視して、ネット上で公開して使いたい人に使ってもらい、感謝している人は自発的に投げ銭をしてくれればいいという、「ネット上の大道芸」がいまや可能になったのだ。Podcastを発信している人たちも、全く同じことをやっている。

私がブログに専門分野の話を書いているのも、同じことだ。マスコミで自分の考えを書きたいと思ったら、記事を載せてくれそうな雑誌にコネをつくって売り込まなければならない。自分の思いついたタイミングで書けるワケでもなく、編集者の意向を尊重した内容でなければならない。字数やスタイルの制限もある。それで受け取れる原稿料など大したものではないから、「あ〜、めんどくさい。オーバーヘッド分のモトが全然とれない。それなら、タダで書いたほうがマシだ。」ということになる。投げ銭はもらえないが、そのかわり「人のつながり」という、相当価値のある対価を得ることができる。

音楽のパッケージがアナログレコードからCDになったとき、製造コストは劇的に下がったのだから、本来ならば価格も3分の一とか半分とかになってもよかったのだそうだ。しかし、音質が上がり、扱いも簡単になり、ユーザーにとっての価値も上がったという理由で、レコード会社はかえって従来よりも高い値段をつけた。しかし、アーティストの受け取り分は増えず、コスト削減分はレコード会社が懐にした、というエピソードも、TWITでは紹介されていた。

著作権をめぐる論争では、だから、本来のクリエーターと、それを配信する「中間業者」をいっしょくたにすべきではない。というより、この二つの利害が衝突するような環境になってきた、と言ってもよいだろう。無料ファイル交換により、クリエーターにはいる利潤がなくなり、クリエーティブなものができなくなる、という単純な話ではない。

だから、geek達はソニーを攻撃する。今までは、それもgeek世界の中だけで済んでいたかもしれない話なのだが、今回の事件で、普通の人にまで悪いイメージを振りまいてしまった。geek達は、ある意味で快哉を叫んでいる。

以下のTWITエピソードは、こんな話がいろいろ出て、めちゃめちゃ面白いのでオススメ。iTunes Music Storeから無料ダウンロードできる。
Episode 27 (10/24)
Episode 29 (11/6)

または、下記TWITのウェブページからもダウンロード可能。

This Week In Tech

なお、この話は、シリーズで時々書く予定です。

<追記 11/16>
ちなみに、この話は日本の新聞ではほとんど報道されていないので、昨夜亭主と「うーん、ソニーの手がまわっているのか、スポンサー関係で遠慮しているのか・・」といろいろ疑ってかかっていたら、どうやら単に「知らなかった」らしい・・・大丈夫かな、日本の新聞?被害にあったコンピューターの数は、日本が一番多いらしいのに・・