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2009-10-31 国家生き残り戦略としての日本語リストラ

[] 国家生き残り戦略としての日本語リストラ 14:09

我が家の息子たちが、「日本語を母国語として勉強する学校」から「外国語として習う学校」に移ってから2ヶ月。いろいろ目から鱗なことがあって、面白い。

そこでつらつら考えるに、ニッポンの「国語なんたら審議会」には刺客を送り込まれ、全国の国語の先生たちからはカミソリを送られてきそうなことなのだが、「国家百年の計」を考えると、ここでおもいっきり、日本語の言語体系を大幅リストラして簡素化することが、国家戦略として正しいんじゃないかと思えてきた。

なぜかというと、このままで行けば、ありとあらゆる面で日本は中国に負けることはまちがいない。あちらのほうが人口多いし、それは仕方ないんだけど、そのあと「成熟国」としてこの先どうまともに生きて、1億もいるぜいたくに慣れた人口(この先減るにしても)を養っていくかと考えると、やっぱり「ブランド維持」が必要。そのためにすべきことはいろいろあるんだけど、「対中国語」という言語コンペティター戦略で考えると、日本語は「かな」を持っているだけで大幅に有利だから、「日本語できる非日本人」を増やすことが、中国語よりもやりやすいという点が生かせないか、と考えるわけだ。

人種が入り混じってしかもアジア人人口が多いカリフォルニアでも、中国系以外の人が中国語を習うのはなかなか大変。いきなり漢字しかない上、母音が多く発音も難しい。日本語は世界で一番難しいのだ!と息巻く人もいるだろうが、日本語は母音が5つしかなくて発音がスペイン語やイタリア語と似ているし、表音文字があるので、入り口の敷居は必ずしも高くない。どちらがニワトリでタマゴだかは知らないが、非中国語系米人に中国語を教える先生や学校も多くない。

今のところまだ、フランス語やスペイン語と比べ、日本語は「趣味と実益」の両面で優位(もうすぐ同じぐらいになるだろうけど)だし、「難易度」からいって中国語よりとっつきやすい。日本語のできる外国人が増えれば、ただでさえ人口で負けている中国に対して、「グローバルな人脈の広がり」という点でも、「親しみをもってもらう、日本というブランドに親しんでもらう」という意味でも、長期的なメリットが大きいと思う。(もちろん、今は「英語の世紀」だから、日本人が英語を習う必要性はそれによりいささかも減じないのだが。)

日本語習得の最初の敷居はそういうわけでそれほど高くない。日本語と英語の「読み書き」をほぼ同時に習ったうちの子達も、「ひらがな」はむしろ、「英語のスペル」よりやさしかった。「あ」の名称は「あ」で、読み方も「あ」しかない。でも、英語の「A」の名称は「エイ」で、読み方は「あ」だったり「えい」だったり他とくっつくと「おー」の一部になったり、もうしっちゃかめっちゃかで本当に大変だ。英語のスペルを覚えるのは、日本語の漢字を覚えるのをちょっと易しくしたぐらいなものだ。

しかし、その後極めるにつれ、難しくなる。昔の「階級社会」では意味があったけれど、今ではあまり意味をなさなくなった規則、なんでそうなっているか意味不明な規則、日本ですらワケわかんないからあまりきちんと使われなくなった表現とかがいろいろあるので、そういうものをバッサリやめてしまって簡素化し、なるべく「ルール・ベース」にしたら、外国人にもっと親しんでもらえるだろう。捨てた部分は、現在「古文」として習うものと同じカテゴリーに入れて、「昔の本を読むときには必要な知識」として、上級者だけが習うようにすればいい。

たとえば、こんな感じ。

  1. 敬語のうち、「尊敬語」と「丁寧語」だけ残し、「謙譲語」は廃止。これって、日本人でも本当にわかりづらく、この誤用のために「ファミレスの店員の日本語がなっていない」といった、無用な文化摩擦を引き起こすし、百害あって一利なし。昔の複雑な身分制度があった時代に必要な言語体系だったのはわかるけれど、今は「相手を尊敬する、丁寧に言う」だけがあれば、相対的に自分を「謙譲」していることになるので、それでいいじゃないかと。
  2. ひらがなだけを残し、カタカナは廃止。カタカナは外国語由来の言葉に使うっていったって、どれがそうなのかいちいち覚えなければいけないし、またなんで区別する必要があるのか、意味不明。水村美苗さんの本だったか、「かつてカタカナは、漢文を読み下すのに使われていた文字で、男・権威のある人が使うカナであったのに対し、ひらがなは女子供の文字だった」という話を読んで納得した。そういえば、明治憲法はカタカナで書いてある。その「外国からはいってきたものの権威」が、戦後残滓として残ったのが、「外国語はカタカナ」ということじゃないかと思う。だったら、もういいじゃん、いまどきそういうのなくても。全部ひらがなで統一しちゃおうよ。本当に外国語であることを強調する必要があるなら、アルファベットでそのままスペルする。アラビア語とかでもアルファベット表記に統一しちゃう。そのほうが、「これってスペル何?」といちいち調べる必要がなくて楽。
  3. ひらがなによる長音表記はすべて「−」で統一。「おおかみ」と「おうさま」はどうして表記が違う??どうして「お」と発音するのに「う」なのか、どれとどれだけ例外の「お」表記なのか、どうしてそうなるのか、子供に聞かれても説明不能。どっちも「おーかみ」「おーさま」でいいじゃん。助詞の「は」とか「へ」とかも、音どおりに統一したほうが簡単。
  4. 一枚、一匹、一羽、一本とか、数え方の数が多すぎて覚えられない。「謙譲語」と同じ問題を引き起こす。これも、大幅にSKUを減らす。
  5. 「簡素化」というと真っ先に槍玉にあがる漢字については、日本人の「対中国語戦略」の一環としてむしろあまり減らさないほうがいいので、外国人の人には頑張って習ってもらおうかな・・・これについては少々まだ迷いあり。習うのは大変だが、いざとなれば中国語で書いてあるものが読めるというのは、いろんな意味で便利でもあり、日本語習得者の優位にもなるので・・・

言葉そのものの意味や文法体系などの根本的なところはそのままで、表記の部分と「敬語」という特殊な体系だけを簡素化するだけでも、だいぶ違うのではないかと思う。そして、日本語が「欧米語と中国語の中間に位置する言語」として位置するようになり、「中国語は大変だけど、とりあえず日本語やっとこうか*1」「それで漢字も習っておくと、中国人の書いた文書で、何が書いてあるかだいたいわかるので、役にたつし」という感じになったらいいのでは、と思うわけだ。

ついでに、外国人が日本語を習うための教科書や教材にもっと競争を導入して、いろんな年齢層や背景の人が使いやすいように種類を増やしてほしいな、とも思う。

簡素型日本語に慣れるにはちょっと時間がかかるだろうし、高齢者を中心に反発は多いだろうけれど、明治や戦後に同じようなフェーズを経てきたわけだ。そのときは「外国のものを習って、追いつき追い越す」ための言語体系変更だったのだが、今なら「別の戦略」をベースにしてモデルチェンジしてもいい時期ではないか、などと愚考する。

*1:本当に日本と中国の区別がつかず、最初中国語を勉強するつもりで実は日本語だった、という達人も知っている

KK 2009/10/31 15:36 面白いアイディアだと思います。3はすぐにしても良いし、5も賛成です。
しかし、カタカナを無くすなど大きな変更は、過去の文献を読めなくさせます。
大量のコンテンツを捨てる様なものです。趣味の言語として生きるには、致命傷になりかねません。
過去と断絶しない様な配慮が必要です。

sakyosakyo 2009/10/31 17:11  おもしろいです。上からの命令でルール作りを行うのではなく自然発生的に決める方が良いと思います。日本で知名度が高く親しまれている人、例えばサッカーのオシム元監督や韓流スター、などがいつも簡略化された日本語を使うと自然に広まると思います。
 過去の活字遺産との断絶は、韓国の例も参考にしたいですね。ハングル化によって漢字で書かれた情報が今はほとんど活用できなくなったと聴きますので。

potpot 2009/10/31 17:21 ここまで簡素化を推し進めるんだったら漢字の簡体字化も外せないと思いますが。そこはどう考えますか?

fignonfignon 2009/10/31 18:48 今後のエントリは上記ルールで記してみてはいかがでしょうか。

イモ男爵イモ男爵 2009/10/31 18:51 面白いですが、そんなことになったら全力で阻止します
言語の簡素化は僕ら若者がやるので任せてください

gonta72mxgonta72mx 2009/10/31 19:09 日本語への愛がなさすぎ。そういう立場であれば、そういった日本語を子供に伝えるというのもいいのかもしれませんね。

greenTgreenT 2009/10/31 19:13 ひらがな・カタカナ・漢字の使い分けは、日本語における分かち書きの替わりを果たしているんですよ。
英語がスペースを使って単語の切れ目を表しているように、日本語ではひらがなが漢字やカタカナに切り替わる時に「ここから単語が始まります」というサインを表しています。
まあ韓国語のようにスペースを使って分かち書きすればいいだけなんですが、何の役割もなくてカタカナが残っているわけではないので、廃絶にはものすごい時間が必要だと思います。

謙譲語も格構造の指標になっているので、日本語に主語を必須としなきゃいけないとか結構抜本的な改造が必要です。ということで、すぐに対応できるのは4くらいかな・・・
助数詞って何のために存在してるんだろう・・・

個人的にはアニメやゲームを発信し続けて現在の日本語を外国人が覚えるようにする方がエネルギーが少なく思います。

石川石川 2009/10/31 19:19 たぶん、アメリカで日本語を愛している人が読んだら、泣くでしょうね。それと、日本は、経済的には成熟していますが、精神的には成熟していませんよ。それにここに書かれている精神は、前大戦のとき、日本が侵略した国で行った言語統制を思い起こさせます。それと、日本語は教育なんかしなくても話せるようになります。ただ、本が読めたり書けたりするのが難しいんです。我々が、日常的に読書していますけど、実際は妄想しているだけで、しっかり読みこなせていない。なぜかというと、表音文字と表意文字がまざっていて、自分に好きなように解釈できてしまうわけです。この点では、英語は機能言語なので、書いてあるとおりのままです。ところがです。この英文を日本人が読むと、書いてあること以上のこを思考してしまうんです。ある意味病気です。ま一度、外人に自衛隊が軍隊か否かを英語でもいいし、日本語がわかる外人なら日本語でもいいです、説明してみるとわかります。まず、絶対に伝わりません。絶対に伝わらないことを知ることが言語を道具として使えるようになる近道です。それと、言語で伝わるのなら、世界中から芸術は消えます。以上。

とおりすがりとおりすがり 2009/10/31 19:30 ためしにこの記事中のカタカナをひらがなに変えたが、読みづらかった。
漢字・かな・カナの交じり合う表記により、直覚的に意味がすんなり入ってくるのがあるので、それも含め日本らしい言語では。

留学生留学生 2009/10/31 19:33  概ね論旨に賛成します。
 私は日本語の扱いは今後の移民政策とも深く関連すると思っています。そのため、「学びやすい日本語」という概念は是非とも必要だと思っています。私個人としては、さらに一歩進んで
・全ての漢字にかなのルビをふる
・ローマ字標記を第二標準語にする
ということがより有効ではないかと考えています。全てそうするのは暴論であっても、少なくとも移民達の生活の基礎となる地方自治体の行政情報の主なものにはそのような対応があってしかるべきと思います。
 「対論 言語学が輝いていた時代」という本をお薦めします。著名な言語学者が、比較言語学の観点から日本語を論じています。大変刺激的です。

shotashota 2009/10/31 20:10 賛成します。あと、池田信夫さんのブログでしったのですが、「用言をすべてひらがなにする」これも是非やってほしいです。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/12d7d1d8be4cdad00dbd36af98d956fb

shumeishumei 2009/10/31 21:12 ところで、これをどうやって実現するんでしょうか?

また、「国家百年の計」とおっしゃいますが、どんなメリットがあるんでしょう?
外国人が学びやすい日本語を作ることがなぜ一億人の扶養につながるのか、今ひとつ理解できませんでした。解説希望します。

aa 2009/10/31 21:15 放って置いても外人や若者が勝手に簡略化してくれるので自然に任せれば良い
カタカナを廃止したいなら個人で勝手にすればいい

kakakaka 2009/10/31 21:19 日本語自体を簡素にする事で日本語話者が大きく増えるのだろうか?根本的な疑問があります。
フランス語など、どの言語にも不合理な慣例が多くありますが、それが言語の深みにはなることはあっても話者の増減とは余り関係がない気がします。
筆者の提言する変化は、簡素化というよりも幼児化という感じがします。
比較的システマチックな韓国/朝鮮語(ハングル)も覚えやすいから云々という事はないですし。
結局必要性にかられて自然に変化する状態を積極的に受け入れる事はあっても、人工的にルールを決める事はゆがみをもたらすだけで益が少ない気がします。
簡略化や国産の漢字熟語、外来語の輸入などは下からの変化です。上からの強制(常用漢字など)は歪み以外にもたらした物はあるでしょうか?
日本語話者の増加は結局魅力ある国・文化を発信し、学びたい人をサポートするという事しか無いのではないのでしょうか。
サポートという意味で様々な試行錯誤があるのは理解致しますが日本人全体にそれを教育するのは意味が無い気がするのです。
なお、コメにある漢字へのルビ表示は大いに賛成です。常用漢字規制などは撤廃して昔のように難解漢字にはルビで対応するべきだと感じます。

いかづちSqueakいかづちSqueak 2009/10/31 21:22 面白いですね。特に長音表記変更は実現性がかなり高いと思います。
移行にあまり抵抗がなく、失われる情報もほとんどなさそうです。
氷と高利など区別がつかなくなる語もありますが、引き換えに小売と高利などの区別がつくようになります。(もっとも「用言をひらがな」案を適用すると小売ではなく小うりですが)
欠点はキーボードで入力する際に「−」が遠くて苦労することでしょうか。これはキーボードを改善してほしいところ。また既存の漢字変換システムの変更には多大な労力がかかります。
また、カタカナ廃止には強く反対します。
上でも出ていますが分かち書きの代わりになっているので読みづらくなるというのが理由です。
もし原語表記をそれに替えるというのなら、読み方が分からない不便が大きすぎるでしょう。
書く方も原語スペルを調べる手間がかかりますし、読む方も英語ならまだしもその他の言語の綴りを見て読みが分かるとは思えません。
もうひとつの問題として、スペースを入れない日本語文の中にスペースの入る英熟語を混ぜるとどうするにしても据わりが悪くなってしまいます。

KK 2009/10/31 21:32 和製英語や擬音語があるので、全てをアルファベットというのも難しいでしょう。
逆に、新しい単語を積極的に漢字に変えてはどうでしょう。中韓と漢字の共通化なんて会議を持っていますので、そちらを活用する。

留学生留学生 2009/10/31 21:34 連続投稿失礼します。
kakaさんの仰る通り、文法について国が新たな簡素化ルールを定めるというのは現実的ではないと思います。ビジネスにおける会社法改正とは全く次元が違うので。
しかし、ルビもしくはローマ字の使用によりより多くの人々が日本語を学びやすくなること(ハードルが下がること)は、下からの変化を促すことになると思います(ピジンジャパニーズの成立)。その結果として上記のような簡素な日本語が「一つの種類として」出来てくるなら、それは大いに支持すればよいと思います。
上のコメで日本語特殊論、固有の良さといった点に言及しておられる方のお気持ちも分かるのですが、言語自体社会の共通理解の産物でしかないのですから、その裾野が広がることには寛容であったほうが結果的にはよいと思います。

クルックルクルックル 2009/10/31 21:57 面白いブログエントリーですね。
150年前の日本語で書かれた書物を読もうとすると何が書いてあるのかサッパリ理解できない人が多い。これが英語圏だと「こんな言い回しあったんだなぁ」 みたいにアゴに手当てながら読めますよね。

こっからして日本語は難しすぎる+複雑に変化しすぎるのは明らかであり、見直さなければいけないですね。

賛成する人が集まってみんなで知恵を出し合うと面白いかもしれません。

yukichi99yukichi99 2009/10/31 21:58 愛がないと言っている方がいますが、日本は明治、戦後と二回大きな国語改革をやっています。ただ、それくらいのインパクトのある出来事がないと、日本語自体にメスを入れるのは難しいかもしれませんが。

KK 2009/10/31 22:18 過去に大きな断絶を繰り返してますから、今回は避けるべき。

それと、「おおかみ」は大(おお)神(かみ)から、「おうさま」は王(おう)様(さま)だからでしょう。
後、カタカナはお経を読むための補助から生まれたらしい。

エンジニアエンジニア 2009/10/31 22:28 ideaや視点はとても面白いです。話す人がいてこその言語ですから。
我々の先輩方が為し得た横書きや片仮名の発明も、それまでの日本語で新しい概念を表現するのに不便だったから生まれて、必要かつ便利だから人々に普及したのだと思います。
ただ、これまでの変化は自分達の理解のためですが、提唱なされているのは、他の人達(外国語圏の方)の理解のための変化で、自然発生的に為されるのは期待できません。政府主導で公文書や新聞、雑誌から採用という流れも、これだけInternetが発達した今は難しいと思います。
だから駄目だというのではなく、草の根でこーした議論ができるのは我々が為し得た進化なので、まー上手にやっていきましょう。
電子書籍や携帯小説が主流になるにつれて、縦書きが廃れてしまうような形で、communicationの変化に合わせて日本語も変わっていくのだと思います。自動翻訳が実用になれば、online gameで外国人と話すための自動翻訳されやすい日本語の書き方みたいなものも出てくるでしょう。
(先ずは、受け入れるところから始めようと、提言された文法でやってみましたが、携帯小説とケータイ小説で、nuanceが変わるのは外国語圏の人には不親切だな、と感じました。謙譲語の廃止は慣れるのに時間が掛かりそうです。)

thoughtfulpersonthoughtfulperson 2009/10/31 22:32 表題には賛成いたします。
しかし、カタカナ廃止と長音表記と漢字周りは考慮が必要かと思われます。

カタカナ廃止は分かち書きの点もそうですが、「外来語の吸収」という日本語のメリットが失われるのがもったいないです。
他の大部分の言語と違い、名詞の自然な動詞化が行える日本語においては強力なメリットと考えます。

長音表記については、英語の数百年単位での母音変換による表記ズレの問題が先例として存在するので反対します。
日本語においては、「あいうえお」と口の中で発音点が逆星型を描くように母音の自然な区別方法が埋め込まれているので、母音が混ざることはないですが、長音表記を「ー」で統一するのは表記ズレを招く恐れがあり、多分に同じような問題を抱える部位と考えます。
数百年単位での変化を考慮に入れると無視できない問題となり得ます。

漢字については、旧字の体系的な部首について学習曲線が低い点を考慮にいれて、新字を見直す必要があるかと思います。
旧字は一種のアイコン体系ととらえると理解が早いかと。
漢字については数千年の歴史のうちで何度か見直しとスリム化が行われており、新字になり一旦この体系はリセットされています。
こういった旧字の発展の流れを元に、新字を漢字自体の新しい局面として整理しなおすことが必要かと。
新字が存在しなければ、コンピュータに漢字を載せることが難しかったことと、この点で日本のコンピュータが漢字圏で先端であったことは無視できない事実と考えます。
しかし、新字には旧字に比較して、部首での体系的な整理が直感的でない問題があり、この課題への対処が必要だと提案します。

文字と発音と意味については、学習曲線の低さも含めて、複数世代を得ても文化的な変化に強い体系への調整が必要と考えます。

btbluebtblue 2009/10/31 22:36 刺激的なアイディアだと思います。人々がある言語を覚えるのは、外部性があるからだと思うのですが、他方で、言語の発達に関しては経路依存性が働いてしまい、一部の人だけが効率的にその言語を使えるという状況になることがままあると思います。中国の巨大化と英語の世界言語化という二つの状況の間に立って、日本語そのものの形を考え直したほうが良いのではないかと思います。そういう意味では、国語ナントカ審議会などの方々には、日本語の形を墨守することだけにこだわらずに、がんばって(場合によってはがんばらないで)もらいたいですね。

masatoimasatoi 2009/10/31 23:58 日本語は英語のように単語間をスペースで区切る、いわゆる分かち書きでないので、文字種を減らすと何処が形態素の区切りなのか分かりづらくなります。日本語の良さは複数の文字種による文章の視認性の良さであると思うので、文字種を減らして敷居を下げるのは結構ですが、それによって逆に日本語に堪能な人々の効率を削ぐことにもつながりかねません。これはトレードオフのバランスをどこに取るかという問題だと思います。

西欧人にとって中国語よりも日本語が難しいというのは、文字種の問題よりも文法的な問題のような気がします。日本語は単語に付く助詞などによって単語の文法的な意味が決まる膠着語であり、障壁となっているのは正にここなのではないかと思います。

CruCru 2009/11/01 00:10 日本語の表記は、過去との断絶を近代に入ってから既に2回経験してます。

明治時代に普通教育が始まったときに大量にあったカナ文字を整理して50種類程度にしてしまった。
(これで江戸時代の浮世絵とか黄表紙の文字が全然わからなくなった)
二回目は戦後の新字体、新仮名遣い、字体制限。

だから、敗戦や明治維新のようなエポックでは可能な事なのでしょう。

漢字の撤廃については私も鈴木孝夫を読んで以来、反対派。
「考古学」が何をする学問か大雑把に了解できるのは漢字に訓読みと音読みがあるために日常語に簡単に翻訳できるから。
「蛋白質」が何を表してるのか字面からわからないのは「蛋」にあてる訓読みが「たまご」であることを学校で教わってないから。(要するに「卵の白身の質」ですね)

zurahagezurahage 2009/11/01 01:01 何か新しい考えかとおもたら60年前の戦後の日本語ローマ字論化者と全く同じでワロタ
丸谷才一の「日本語のために」でも読んどけ

hatenkou001hatenkou001 2009/11/01 01:31 バカだ。
自国に誇りを持たない国に価値はない。
そんな国いっそ滅びろ。

hinokorohinokoro 2009/11/01 01:31 私は柔らかい言葉や暖かい言葉はひらがなを使うし、冷たく鋭い言葉はカタカナを使うなぁ。あと外来語もカタカナ。意味がしっかり定義されないときもカタカナだなぁ。意外と使い分けできます。

それと簡素化で欧米語と中国語の中間を目指しても多分、エスペラント語と同じ轍を踏むだけだと思います。

それに、簡素化による弊害はその後に歴史を改ざんされても、文献を読める人が少なくなれば間違いを正せる人が減り間違ったまま修正できなくなって不利益を被る事が怖い…。

神無月神無月 2009/11/01 01:47 えんとり興味深く拝見しました。日本語学習の敷居を低くしよーという方向性には賛同します。

しかし、日本語を「欧米語と中国語の中間に位置する言語」とすることは非現実的だと思います。日本人に「ふらんす語は日本語と英語の中間に位置する言語だから英語より先に勉強しよう」と言ってどれくらい受け入れられるか、第三外国語を活用できている人がどれくらいいるかを想像してみると、多言語を活用できるのは極少数の人だけだと思います。中国語が必要な人は最初から中国語を勉強した方が効率的でしょー。

 日本語のもでるちぇんじについては、日本で生活する外国人のために、一橋大学の庵功雄さんが「やさしい日本語」を考案していますが、「「純正日本語」自体のシステムを変える」ことには悲観的です。
>>
それを目指してもそれが実現する可能性はまずなく、田中(1989)の言うように、「やさしい日本語」が「二流の」言語になってしまうということである。そうではなく、地域日本語教育の現場でボランティア教授者と学習者が互いに言語調整をしながら日本語で意思疎通していく過程で新たな日本語ができていくということを重視したい。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/nkg/themekenkyu/tabunka/iori.pdf
<<

 日本語教材の多様化については大賛成です。
しかし、前の国会で国立国語研究所の日本語教育部門が危うく「廃止」されそーになったことや、
http://seigan5000.web.fc2.com/submit.html
>>
ボランティアの日本語教室では、市販のテキストを購入するだけの経済的な余裕のない学習者もおり、教える側も手弁当のボランティアが多いため、スポンサーをさがして無料配布テキストをつくる必要性があった。
http://repository.oai.yamaguchi-u.ac.jp/yunoca/B06/B060059000013.pdf
<<
という山口県の日本語教材『おいでませ山口』の作成経緯を見ますと、「もっと競争を導入」とは簡単にいかないのではないかと思います。民間の参入が活発になればその方が良いに違いないとは思うのですが。

mao_mk68mao_mk68 2009/11/01 02:53 現代韓国を例にしましょうか。
あの国はいまハングル表記をメインにした結果、古い時代の自国の文献が読めない若い世代が発生しました。
ただ、使いにくいからという理由で、連綿と続く言語文化を変更させると、その害は深刻な場合もあります。
戦略で言語体系に改変を施すには相当な努力と時間が必要で、おっしゃるようなメリットと引き替えには出ない気がします。
デメリットとしては、言語文化や言語が伝えてきた歴史を捨ててしまうこととなり、解読不能な言語として日本語がとらえられる気がします。
おっしゃるほどの難しさをわたしは日本語に感じません。今のままよりもむしろ明治時代ぐらいの用法に戻しても良いくらいです。
漢字を簡体にした中華人民共和国がどうなったかまさかご存じないのですか?
かの国の北京語話者は簡体字で漢字を認識しているので、日本で使用されている漢字を漢字と理解できない人々を量産し続けています。
日本語にそのようなことをしてもいいとおっしゃるのですか?

kenchkench 2009/11/01 03:12 1.どの外国語を学ぶかは、その言語の難易度よって決めるのではなく、趣味や実益に活かせるかどうかによる。つまり、どんなに日本語が簡単になろうと、趣味や実益の面で中国語の方が魅力的なら、外国人は中国語を選ぶだろう。

2.日本語によって漢字を知ったからといって、中国語がある程度理解できるというのは妄想に過ぎない。中途半端な知識で外国語を解読しようとすると、痛い目にあう。

3.敬語の整理については賛成。簡素化した規範を作った方がいいかもしれない。

4.かなづかいについても、ある程度手を入れる必要があるかも。現代かなづかいの規則は、旧かなを知らないと理解不能だっていうのは問題だ。ただ、現代かなづかいの微妙な書きわけは、漢字に隠れることが多いので、漢字を存置するなら、ナーバスになることはない。音引き表記には反対派が多いだろうから、難しいのでは?

5.数え方については、もう既に整理されつつあるから、放っておけばいいんじゃないか。もちろんその流れを加速させるのも一つの考えだとは思う。また、10までの数は和語で数えれば(ひとつ、ふたつ…)なんの問題もない。

6.カタカナの廃絶という考えは面白い。2種類のかなを覚えるというのは、外国人には負担だろう。しかし、あまりに外国人向け過ぎないか。日本人にとっては(日本語を母語とする人間にとっては)、なにが外来語であるかはほぼ自明であり、平仮名と片仮名の使い分に苦労しない。そこまで迎合する必要はないだろう。

7.そもそも論として、日本語は第一義的には日本人(日本語を母語とする人間)のためにあるということを忘れてないだろうか?外国人にとって学びやすくするという目的だけで、抜本的な改革を提案するというのはおかしい。

シリコンかぶれシリコンかぶれ 2009/11/01 03:17 こうして海外で生活している方々が、積極的に日本語を広めてまわればいいだけの話。日本語は利便性の面では世界でもトップクラスの言語だと思うし、それをこの案のように幼児語に改悪するのは愚の骨頂。無駄な妄想をする前に自分の使命を知れ。

webeeswebees 2009/11/01 03:28 いっけん面白そうなアイディアなんだけど、僕の友達の外国人はみんな日本語が堪能です。彼ら(ひとくくりにすると申し訳ないのですが、内訳をいうと韓国、ギニア、イタリア、アメリカです)は、日本がお金儲けによさそうだという理由で日本語を覚えました。

目的があれば自然に覚えちゃうものみたいです。

ただ、日本があまり儲からない、やっぱり中国の方がいいとなると、みんな中国語の勉強に熱を入れるようになります。職場でもゴルフの話をするみたいに、中国語の学校はどこがいいだの、あの教科書のどこまでいったみたいな話が出るようになりました。感覚的には5年くらいの間で入れ替わったように思えます。

ま、言語構造より(英語も一定レベル以上はかなり難しい言語ですよね)国の魅力だと思います。

code06code06 2009/11/01 04:15 非常に面白い愉快な発想だと思います。
ただ、簡単な言葉を持つということはグローバル化の加速と無関係ではないですよね。
日本語の敷居が低くなれば、それだけ、日本社会に中途半端に流入する人々が増えて、収拾つかなくなるような気がします。


言葉というものは、歴史も背負っていると思います。
べつに、歴史的な教養や流れが無価値であれば簡単にしたところでまったく無問題ですが、明治政府がバッサリとやってしまったような言語改革をもう一度やるというのは正直気がひけます。

あのときも、そうとう多くのモノを得て、そうとう多くのモノを失いました。そして、その失ったものは、極端な事を言えば日本という国が出来る以前から、そして、江戸時代の終結まで続いていた一つの大きな流れです。
明治以降から、現代社会までにおける余計な部分を取っ払うには非常に有効だと思います。しかし、失うものの多さを考慮すると私はどうしても現状の言語体系の在りようを支持してしまいます。

これは余談ですが、私のおじいさんやおばあさん世代をみていて気がついたことです。
同じ年寄りでも、所謂洗練された日本語を知っている人と、日常使用する程度の日本語しか心得のない人では、やはり、人生における深みとか思考の幅が全く異なっていると思います。
複雑な日本語を知らなければ読むことが難しいような名作も、日本にはたくさんありますし、そういったモノに手を伸ばせるかどうかというところがかなり大きいようです。

dastardlydastardly 2009/11/01 04:24 日本語を話せる非日本人を増やす事が戦略として有利なのは同意ですが、
Weebeesさんがコメントされてるように、非日本人側にそれなりの目的が
なければそれは難しいのではないでしょうか。

私は大学時代にドイツ語を第二外国語として勉強しましたが、卒業
と同時にほぼ頭から消えていきました。ドイツ語が「難しい言葉」かは
さておき、簡単にする事で確かに敷居は低くなると思いますが、
やはり「これを勉強してみたいっ!」と思わせる何かがなければ身に
付けることは難しいのではないでしょうか。

そういう点から、言葉を簡単にするというよりも、むしろ日本の魅力を
海外に広めていった方がいいんじゃないでしょうか。それなら今すぐに
始められますし、カミソリを送られてくることもないでしょう(笑)

ひろなおひろなお 2009/11/01 04:59 逆に言えば99%まで「1-5のような間違いを外国人はしやすいのである」と我々が覚えればそれで事足りるんじゃないでしょうかね。
(いっそ語尾はアルで、統一せよ、とか。実はこれ漫画の中だけと思ったら現実に戦前一時中国人に指導していたのだそうです。言われてみれば語尾がアル、にゃ(w で統一されている漫画キャラの発言を私たちはほぼ問題なくに理解できます)

友達になる、とかをゴールに置くと果てしないが「ビジネスで使える」までなら1-5は受け手の日本人側が無視すればいいだけです。

私は今米国の研究所に行ってますがやっぱりそういう国際的な場だとだとありがたいことにネイティブ側が「日本人はlをrで発音する、中国人は…」というノウハウを蓄積してくれてるんですね。

議論や仕事までなら受け手側が母語発音者でないと了解してくれればそこまで完璧な必要って特にないんですよね。

youyou 2009/11/01 05:45 面白い視点ですねー。kaifuさんのエントリは、ちょい挑発的エッセンスが盛り込まれていて、つい読んでしまいます。多数のブログを読んでますが、コメントしてしまうのはkaifuさんのだけです。(それはやはり意図的な仕掛けが?!)

日本語の簡素化のやり方については主観と客観が入り乱れてしまってうまくコメントできませんが、このエントリが「日本をガラパゴス化してしまわない」というテーマであると組みますと、私はやはり「英語を本気の本気で第二母国語」にするアプローチを支持します。

namikokochinamikokochi 2009/11/01 05:50 ある程度「共通プラットフォーム化」すると外国語が習いやすくなると思うので、すごく良いIdeaだと思います。

ささいなことですが「4」については、中国語には量詞(たとえば「紙一枚」は「一張紙」)というのがありますので、なくさなくてもよいかも。中国語の用法に合わせるという手もありますが。」

あと漢字は、「簡体字(だいたい13億人使用)」「繁体字(推定5千人程度使用)」「日本の漢字(1億ちょいの人が使用)」がありますが、後者2つができる人は前者簡体字もひかくてき簡単に覚えれるMeritがありますので、繁体字(ほぼ旧漢字ですが)に統一しても良いかもしれませんね。

CruCru 2009/11/01 06:18 ちょっと付け足し。

上で私が書きたかった事は、既に日本語は人工的な過去との断絶を経験してるので、過去文献を読む必要性にこだわる意味は既にないということ。(既に特殊な訓練がある人意外読めない。それより江戸時代の古典を学校教育が無視してる方が問題だったりして)
つまりそういう観点では日本語改造を否定できないと。

あと、膠着語である日本語の文法が難しいと書いてる人もいるみたいですが、それを言ったら屈折語である(英語を除く)欧州諸語も
難しいんではないかと。

漢字を撤廃すると難しくなるのは、漢語が由来からしてラテン語同様滅びた外国語であるから。
にもかかわらず、学術用語として大量に流通している現状を無視できないから訓読みと音読みの対を捨て去るのは(日本語で学習する者の利点として)もったいないという事。(ラテン語を知らない米国人や漢字を知らない韓国人は苦労しますよね。)
ちなみに「蛋」の字の意味は学校では教わらないけど、中華料理屋で教わりますね。

kappakappa 2009/11/01 07:21 日本語を世界に広めるというアイデアには大賛成です。
国家として何らかの戦略があってしかるべきと思います。

でも、日本語そのものを変える必要はあまりないのでは。
1〜5のような部分はかなり瑣末な部分で、変えたところで
習得の障壁が大きく下がるとは思えない。例えば、日本人に
とって英語で冠詞やら活用やらがなくなったところで英語の
習得が容易になるとは思えないように。

seven-teen-rocketseven-teen-rocket 2009/11/01 07:46 私が思う日本語の単純化に必要な事は、表記云々よりも文章構造の整理だと思います。
英語や中国語はSVOの語順で並んでますが、日本語はてんでばらばらにならんでますよね。

敬語を整理するのと同時に、人称代名詞の整理をしたほうが良いと思います。
私、僕、俺、などなど表現に幅があるので、あえて省略している主語のない文ばかりが見られます。

外国語が理解できないのは、仕方ない事だと思いますけどね。

ブロードストリートブロードストリート 2009/11/01 07:49 謙譲語を廃止すると,食事の前の「いただきます」は「食べます」とかに変わるんですかね。

tarepannda55tarepannda55 2009/11/01 10:02 日本語は難しいけど
とっても温かい言語だと思います(´∀`)

だわわだわわ 2009/11/01 11:06 アフィに日本語がほろびるときおいれたらいいとおもいます。

J.DJ.D 2009/11/01 11:08 通りすがりの者です。
面白い案ですね。日本語のスリム化。明治以来、日本語から中国語に数多くの単語が流れた事を考えれば、中国語と日本語は遠い関係では無いでしょうし。日本語のファジーさを生かせばハブ的な感じになれるかも。否定意見も潜在的に多そうですが、ゆっくりと計画性を持って変化させ、日本語の骨格部分を削らない限り、あまり不具合は出ないのではないかと思います。
ま、もしかすると何十年も掛けて変化させている間にポータブル翻訳機が出来てしまう・・・ということが結構有りそうですが。

mao_mk68mao_mk68 2009/11/01 14:44 このエントリーは、外国語を学ぶときに学ぼうとする側が教える側に注文を付けるようなものです、全体的な論旨は。
その言葉を連綿と使ってきた側に対する敬意があまり感じられません。
アイディアがおもしろいで済ませて良いものとも思えません。
夏目漱石の著作ですら現代日本語訳が既にあり、漱石以前の文献は日本語が母語の現代日本人のとっても古典の素養を必要とするものです。
そういう努力をすれば身につくものを捨ててハードルを低くすることが国際競争力を高める戦略ではないと思います。
はっきり言いましょう。このエントリーの発信者は日本語を学ぶ気がないと判断できます。

MM 2009/11/01 15:20 外国人に日本語について言われたこと一覧
「数字の読み方が2つある時点(例えば7)で日本語勉強するの諦めた」
「中国語は一漢字一音。音読み訓読み両方覚えるのが大変」
「日本語は日本でしか話されてないからロシア語勉強してる」
「カタカナすぐ忘れる。ひらがなの方がおぼえやすい」
個人的にはL音のカタカナとひらがなを追加したい。カタカナで書かれた外国人の名前をアルファベットに直すとき不便だしL音に子供の頃から慣れてたら外国語の聞き取り能力も自動的にあがるし。
あと話それるけど非日本語学習者に漢字とひらがなとカタカナの違いやら成り立ちやら説明しても分かってもらえない。
来日1ヶ月でもうそれっぽく話してるフィリピン人見たことあるし日常会話レベルで話す分には日本語難しくないと思うけど、成人してから数千字の音読み訓読み覚えるのはハードル高そう。

Speechless in Silicon ValleySpeechless in Silicon Valley 2009/11/01 17:39 パラダイス鎖国以来海部氏の追っかけをやっております。基本的にはブログに書かれている海部さんのお考えに共感することが多いです。世界は平らになっている。World is flat!!! 今までのようにのんびりしていたら、日本は世界での競争力を失うことは、目に見えています。ということをちょっと話したら、男の方に「何言ってるんだ、生意気女。競争なんていう考えで生きていくな。」と言うニュアンスでおこられたことがあります。そうはっきり言われたわけではないんですが、それに近い剣幕で。でも、ちょっと待ってくださいよ〜。競争力がなくなったら私たちの子供は20年後にどうして食べていくんですか?栄枯衰勢は世のならい。昨日の成功は明日の保障にはなりません。どこかからおまんまを取ってくるのが生物としての義務でしょう。過去の成功の夢にひたっているといつかしっぺ返しが来るかも。
国語の改革も重要ですが、私は日本人はもっと英語の苦手感覚を減らして、環境に応じて日本語の美しさを楽しんだり、英語で世界中の人と心置きなくコミュニケートする勇気が必要だと思います。私は各国のエンジニアー(たとえばインド人とか中国人とか)の勉強会に顔を出すことが多いのですが、そこで使用されている言語は英語です。日本人の勉強会では英語が使用されることはまずありません。たとえ素晴らしい考えが提示されていても、それが日本語だけであったら誰も興味を示してはくれないでしょう。言語は生き残りと人生を楽しむための決定的な武器。。。でも日本人は英語に関してはちょっと腰が引けていると思います。

hirohiro 2009/11/01 19:14 ほぼ賛成です。
カタカナ廃止はちょっと保留。いきなりの廃止はちょっと…という意味で。確かに外来語はアルファベットでスペルすればとても便利でしょうが、いきなりアルファベットにすると読み方や発音が分からない人も多いかもしれないので、日本人に対しては残しておいたほうがいいかもしれません。でもそうすると、カタカナ英語から抜け出せないかもw。徐々になくしつつ、日本人が外来語の発音とかも勉強しないといけませんね。
他には、読み仮名はローマ字にしてもいいのではと思ってます。
「日本語ベースのエスペラント語的なものを作ろうぜ!」運動をちょっとやってみたくなりました。主語、動詞の順番など英語と同じにしてもいいかもしれません。問題なく伝わるだろうし。

otsuneotsune 2009/11/02 04:09 例へば此のやうな文體でブログが書かれてゐたら、讀みにくくて仕方が無いと文句を言ふ輩が多く出現します。
詰り日本語は移り變はる物であり、傳統や美しさなどを根據にあげてゐる人は單純に自分が慣れてゐる表記法にしろと言つてゐるだけに過ぎません。

暴論ですね暴論ですね 2009/11/02 05:31 外国人のために母国語を変えろ、と。そこに、日本人や日本語に対する敬意はありますか?
海部さんが、日本に住み、日本在住者に富をもたらす方なら検討に値するかもしれませんが、長いことアメリカで生活していらっしゃる。すでに英語(アメリカ)の思考回路に変わってしまっているのではありませんか?

ezoezo 2009/11/02 05:52 言語と文化は一体になって変化していく物です。
第二次世界大戦後、かつての言語を切り捨て経済的に発展してきた日本ですが、
それによって、それまで培ってきた文化を切り捨て、
国としての魅力や諸外国からの敬意を失ってしまったのが、
今のこの国の姿ではないでしょうか。

国境というハードルが取り払われていく中、
世界標準への適応がある程度必要であることは確かですが、
国家的戦略というものを考えるならば、
欧米と均質化してどこにでもある国になるよりも、
文化の多様性を大事にし、独自のものを守ることこそ
世界の中で必要とされるのではと思います。
化石燃料の枯渇など環境問題が叫ばれる今の時代、
鎖国を一度経験して狭い国土の中で身を寄せながら暮らしていく中で、
世界で唯一完全なリサイクル社会を実現したことのある日本人の謙虚な生き方は、
日本語の中に今も息づいているんですよ。

LiveinTokyoLiveinTokyo 2009/11/02 10:34 物理学を学ばずに物理について語っても意味がないように、社会言語学の基礎知識なしに書いてもまったく意味がないですよ。

Takuya_STakuya_S 2009/11/02 12:19 面白いアイディアだと思います。ただ、個人的にはこの提案には反対かな。言語というのは、集団無意識の中で自律的に出来てくるものではないかと思うので。個人的には、日本語と英語の二重公用語化を目指した方がいいのではと思います。

yy 2009/11/02 22:10 現在の日本語から大きく離れたものを作り出しても、うまくいかないと思います。すでに日本語を常用しているところでは負担が大きくて乗り換えづらいし、学習者にとっても、勉強したものと現実に使われているものとが合わず、実際の役に立たないというのでは困るでしょう。カタカナなどはどちらかというと優先的に教えられるべきだと思います。

これまでの国語改革でも、うまくいったものはだいたい当時の現実を追認するようなものだったのではないでしょうか。漢字の字体を手書きでよく用いられていたものにあわせたり、複雑すぎて間違えずに使える人がほとんどいなかった仮名づかいを簡易化したりといったことです。一方、できるだけ漢字を使わないように制限した当用漢字のように、大きすぎる変更はうまくいっていません。

現状にそぐわない、互換性に欠けた規格は、支持されず普及しないと思います。学習者向けの日本語サブセットのようなものには賛成ですが、それに合わせて日本語全体を何らかの理想に近づけるのは無理でしょう。仮にそういうことをしても、日本語学習者が増えたりはしないと思います。

高晋高晋 2009/11/03 00:28 言葉って本来“イン(内輪)"なもんやろ。
つまりどんどんインになっていくことが言葉の本質や。

それを換骨奪胎しよう言うんは、全体主義的な閉塞を感じざるを得えへんな。
言葉の構造が持つ本来の筋を越えてまで指向しよう言うことは、
人民公社と一緒やないの。

それさえ本来的に受け入れられやすい言語には元からかなわへんのに横車押してるみたいで無理ある気がするわ。

話は変わるけど、言葉が本来インなもんやとすれば、
“内向きの言葉を指向する=現実を指向する”っちゅーことかもしれんな。
なんでて俺の関西弁の書き込みはネットではえらい浮いてるけど、現実の近所やったら普通やもん。話してる内容はともかくとしてな。
だからどうやねん言われればそれまでやけどな。

hh 2009/11/03 04:04 視野が狭すぎ。何か共産主義者っぽいですね。
文化も歴史も社会も適当にまとめて自分の浅い考えを述べているだけに見えます。
実際に日本語を簡略化していったら日本が衰退してくと思います。国の力とは過去の蓄積も含むとおもいますよ。

ぼすとん.ぼすとん. 2009/11/03 04:08 シンプル英語というものがあります.
文法や語彙を限定したもので,非英語圏の人が短期間での習得が可能です.また,曖昧さを廃しているので技術文書などに適しています.
イギリスの英語学者オグデンが考案した「ベーシック英語」,アメリカの放送局が海外向けに使用する「スペシャル・イングリッシュ」,航空宇宙関係のメンテナンスマニュアルのための「Simplified English」などです.

ここまで徹底した簡易言語を作った国は他に聞きませんので,日本語にもこのような言語を作れば国家戦略上有利ではないでしょうか.

ただし,せっかくの豊かな日本語を全て簡素化するのには反対です.「いざとなれば中国語で書いてあるものが読めるというのは、いろんな意味で便利」ならば,日本の古典文学を「いざとなれば読める」ようにしておくべきです.私は常用漢字を廃止したいくらいです.

日本語を使いやすく簡素化するという考えは素晴らしいと思います.シンプル英語のような,限定的な用途に用いる言語として開発する方向はいかがでしょうか.

そして,簡素化日本語は,外国人向けのみならず,新聞や,家電マニュアル,経済白書,政治家のコメントなどで積極的に使えばよいと思います.

nimbusnimbus 2009/11/03 05:16 「英語まじり簡易日本語」案、なかなかおもしろいと思いました。
でも、それが日本の戦略となると?です。

前提としては、日本自体に魅力がないといけないし、また日本語を話せるメリットが大きくないと。
逆の立場になって、例えば英語を学びたい日本人が、「英語は難しいから、同じアルファベットを使ってて、発音が似てるからイタリア語から学ぼう」なんて思うだろうか?

簡易日本語は非常におもしろい提案だけど、それ単独では戦略とはならないと思います。
でも日本語を埋没させまいとしたい気持ちはとても共感できます。

長尾長尾 2009/11/03 07:50 日本語教育の入り口として、簡素な日本語一覧を作るってくらいなら賛成できますが・・・

謙譲語が難しいから廃止なんてのは、いったいどういう論理ですか?
あなたが崇拝するする中国に使用する漢字を減らすように進言してはいかが?

殿殿 2009/11/04 13:31 海部さんの半分ぐらいの年齢で高齢者ではないですが、反対です。
これは円周率を3にするのと同じような発想だと思う。
本来の意味が失われるし馬鹿ばかりになりそう。

そもそも、「中国語は大変だけど、とりあえず日本語やっとこうか*1」だとか
「それで漢字も習っておくと、中国人の書いた文書で、何が書いてあるかだいたいわかるので、役にたつし」という人が
一体どれぐらいの割合でいるのか?
自分の常識で考えると最初に「もっと日本を知りたい」「旅行に行きたい」
「アニメが好き」「ビジネスがしたい」という目的がくると思うのですが。
「○○語は世界で一番習得が簡単らしい。よーし、がんばるぞー!」なんて人を見たことがないです。
まだ私が若く、出会った人や、人生経験が少ないからではないと思います。

言語というのは歴史や文化なども含まれているわけで
それを無駄だのわかりにくいだのいって捨てるのはどうかと思う。
「ブランド維持」(笑)だかなんだか知らないけど
日本語を広めるために簡素化までする必要はないと思う。
習得のためにそういうテキストを作るならまだわかるけど。

馬鹿げた簡易版日本語の策定に奮闘するよりも
歴史、文化、アニメ、家電、自動車やそれに続く
日本の魅力を海外の人に伝えて、興味を持ってもらうしかない。
日本や日本語の理解を深めたいですね。

ネガティブな先入観を持っていたのと、長いエントリーだったので
あまりしっかり読んでませんが、暇潰しがてらコメントしました。

O-O- 2009/11/05 15:42 どうでもいいですが、普段発声する時に意識はしないですが
「おうさま」と「おおかみ」は別の発音ですよ。
日本語の発音は表記上は子音+5母音でマッピングが可能ですが
実際の音構造としては(英語のA→ア、エイ…と同様に)
「アにグループ付けられる音群」「イにグループ付けられる音群」「ウに(以下略)
といったように、膨大な細かい(かつ、それなりに厳密でありながら無意識に運用される)ルールが存在します。

御提言の趣旨には総論としては賛同できる部分も多々ありますが、
各論になりますと「百害あって一利なし」な展開しか予想できません。

反対派反対派 2009/11/06 07:17 ヨーロッパの小国では、母国語を大切にしつつ、英語や隣国の言葉を学んでいると聞きます。外国での子育てで苦労され、日本語のルール化を思いつかれたのだと思いますが、賛成しかねます。迷惑です。
それよりも英語は国際公用語なのですから、英語の単純化・ルール化運動をお願いします。例えば、不規則動詞の活用形をなくす、あたりからお願いいたします。きっと感謝されますよ。
あとは、ヨーロッパ諸国の方々に、「合字やアクセント記号を廃止し、アメリカ英語に合わせて単純化すると良いですよ、そうすればあなたの国や言葉に興味を持つ人が増えますよ」って言ってみてください。きっと尊敬されます。

waterbookwaterbook 2009/11/06 11:24 4番なんかは良いかもしれないですね。
他も面白いですが、長音表記を「−」で統一した場合に人名や地名なんかの固有名詞はどうなるんでしょうか。

__ 2009/11/06 17:45
>一枚、一匹、一羽、一本とか、数え方の数が多すぎて覚えられない。

そのような方は何もかも「ひとつふたつ」で済ませてよいのではないか。
子供のようではあるが、大半の日本人はそれを許容するだろう。

「それじゃあプライドが傷付くからイヤだ」などという話でないことを祈る。


>「中国語は大変だけど、とりあえず日本語やっとこうか*1」
>「それで漢字も習っておくと、中国人の書いた文書で、
>何が書いてあるかだいたいわかるので、役にたつし」

だいたいわかる?台湾じゃなくて中国?
字義も字体も日本語漢字とはカケ離れたアレが?

>ひらがなによる長音表記はすべて「−」で統一。
>「おおかみ」と「おうさま」はどうして表記が違う??
>どうして「お」と発音するのに「う」なのか、どれとどれだけ例外の「お」表記なのか、
>どうしてそうなるのか、子供に聞かれても説明不能。

子供の前にあなたがマトモな学校に行くべきではなかろうか。

hanntainotatibahanntainotatiba 2009/11/06 19:47 はじめまして。正直、この記事には納得いきかねるのでコメントさせていただきます。
まず一昔前のことを思い出すと、日本から英語圏に飛び出していった人の中には、英語が世界の標準であると唱えて日本で使う言語を全て英語にしたら良いではないか、という暴論が吐かれていたことがあったように思います。
現在はアメリカの国力が傾き、アメリカの繁栄をバックにしてきた英語の普及熱もかなり冷め、国力が段々増してきた中国への脅威のようなものから、中国語を薦める人が増えてきているようにも思います。これを見ると背景にある国力(経済的なものや文化的なもの)などを見て、その言語を習得したいか否かの判断がなされるためであると思っています。

そういった目でこの記事を眺めると、中国に対抗して日本語を簡略化しても、日本にその言語を習得したいという経済的、文化的魅力がなければ、何年もかかる語学習得には二の足を踏むんではないかと思います。5年で習得できる言語が2年で習得できるからお得、みたいな発想ではないんではないでしょうか。

この言語は簡単で、覚えやすいから広まるに違いないという根本ですでに間違っていると思いますが、さらに言うなら、カタカナをやめてスペルはアルファベットで、というのは納得いかないところです。カタカナが人名を表記するのに非常に便利なものであると認識しているからです。

そもそもアルファベットで書き表してもフランスと英語では発音違うし、多くの人の共通認識として発音を伝えるには、不都合な言語であると思います。もちろんカタカナが正しく発音を写しているかという点では至らない点もありますが。

それにしても、こういう発想は背景の文化や歴史を無視して語られていて残念です。
アメリカに歴史が積み上がって、ようやく謙譲語とか使えるレベルにまでなった時、アメリカの人は得意げかつ傲慢に、謙譲語が使えない他国を馬鹿にするんでしょうな。本当に見方の狭いことです。

殿殿 2009/11/07 08:23 国力の差を言語の習得のしやすさで考えるという発想がよく理解できません。
ビジネスで行くのなら通訳を雇うとかできるし、趣味だとしても
中国に興味がある人にとっては大変でしょうが、むしろ楽しいのでは?
ツアーもあるし。現地語を話せなくても旅行はできるし。
大きな障壁になるとは思えません。

謙譲語について。
海部さんは謙遜なんてしないんでしょうね。
自分の権利や能力をアピールして、しっかりと評価をしてもらわなければならない国にいるからね。
日本人は普段使う言葉に謙譲語があることで、謙遜することを学ぶわけですよ。
相手に譲る。相手をたてる、思いやる気持ちをね。
海部さんから見れば自己主張が下手な馬鹿でしょうが。
最近では敬語なんてまともに話せるやつが減った。
日本語をろくに知らない馬鹿な親に育てられたからだと思う。
だから自分の気持ちや考えを優先させた自己中心的な犯罪が増えてるんだろうな。

カタカナは廃止
別に無理して使わなくてもいいと思いますよ。通じるし。

大様と狼について
「おう」さま、「おお」かみで別の発音ですが?
義務教育受けてきたんですか?

数え方の数が多すぎて覚えられないについて
別に無理して使わなくてもいいと思いますよ。意味は通じるし。

漢字簡素化
対中国語戦略って本気ですか?(苦笑)
一部でなんとなくニュアンスがわかるだけでしょ?
発音は違うし日本の漢字でコミュニケーション取れるか?

それにしてもいい大人、親世代でこの感覚はすごいと思いました。
海部さんみたいな親に育てられると日本語も破綻するわな。
子供はコンビニでバイトをさせない方がいいですよ(笑)

殿へ殿へ 2009/11/07 08:36 残念ながら犯罪は増えていません。

NaokiChibaNaokiChiba 2009/11/08 19:37 いつも、素晴らしい記事で、楽しみにしています。
が、今回は、残念ながら、反対意見。

私の外国の友人が日本語を習いたいと思うのは、日本に関わりたいと思うからであって、日本語が中国語や韓国語より学ぶのが簡単だからでは無いと思われます。

10年以上前、日本語の会話が上手なアメリカ人学生に学ぶ動機を聞いたら、「冷戦が終結し、ロシア語を学ぶ必要がなくなった。日本の「カイゼン」など、日本的製造や経営手法に興味があるので、日本語を習おうと思った。」と言ったのを鮮明に覚えています。

別の日本のアニメファンであった米国の学生は、よりアニメのことを知りたいので、日本語を少年ジャンプで勉強していました。

言語は、よくご存知の通り、手段であり目的ではないはず。日本にいかに興味を持たせるのか、魅力的ある国にするのはどうするのかが、より重要であって、日本語を簡単にすれば、学ぶ人が増えるのかどうかは、ちょっと疑問です。

aozoaozo 2009/11/11 05:27 日本語が破綻するという意見を持ってる人はどの日本語をさしてるのでしょうか。
千年以上続いた日本語はもはや滅びました。
私たちの使う日本語はたかだか100年前から流行りだした言語に過ぎません。
日本語の簡略化の行き着いた極北である口語体の文章で、日本語の簡略化に反対するというのは矛盾した態度です。
確かに複雑な文法は豊かな言語表現を可能にします。
しかしそれは『い』と『ゐ』の区別に無頓着な人が『を』と『お』の区別を主張する不思議さの説明にはなりません。

殿殿 2009/11/11 18:27 >日本語が破綻するという意見を持ってる人はどの日本語をさしてるのでしょうか。

ホントかどうかは知らないけど、aozoさんがいう「たかだか100年前から流行りだした言語」の日本語でしょう。
時代によって少しずつ形を変えてきたのはわかる。
これからも必要であれば変わってくるでしょう。
現に数え方などはわからない人が少なくないと思うし。

対中国語という理由から簡素化らしいですが、簡素化をきっかけに
学習者が増えるとも思えず、まさに百害あって一利なしだと思うんですが。

これは破綻する言えませんか?

aozoaozo 2009/11/11 23:13 ここで提案されてる簡略化案は、明治の言文一致運動にくらべれば比較にならないくらい穏健な案だと思います。正しい日本語を唱える方々にはまずそこを認識してほしい。(現代の日本人が文語体を解読するには訓練が必要ですが、「おーさま」と習った小学生が「おおさま」の意味を理解するのは容易です)

「簡略化で学習者は増えない」は私もある程度正しいと思いますが「難解さは学ばない動機になる」というのも同様に正しいのではないでしょうか。少なくとも欧米のインテリが中国語に躊躇している場合、たいてい難解な文字(漢字)がネックとなってる場合が多いのです。

殿殿 2009/11/12 09:54 「明治の言文一致運動にくらべれば」って、なんで比べる必要があるんですか?
こんなことを言えば、いくらでも日本語を変更できますね。
「最近は未成年者を狙った犯罪が増えているので、元服を迎えたら帯刀させましょう」と同じレベル。

>欧米のインテリが中国語に躊躇している場合、たいてい難解な文字(漢字)がネックとなってる場合が多いのです。

インテリなら苦労するだろうけど習得するでしょw
脳内ソースで断言されても笑うことしかできませんがw

Speechless in Silicon ValleySpeechless in Silicon Valley 2009/11/12 18:16 殿 2009/11/07 08:23 のご意見:
謙譲語について。
海部さんは謙遜なんてしないんでしょうね。
自分の権利や能力をアピールして、しっかりと評価をしてもらわなければならない国にいるからね。
日本人は普段使う言葉に謙譲語があることで、謙遜することを学ぶわけですよ。
相手に譲る。相手をたてる、思いやる気持ちをね。
海部さんから見れば自己主張が下手な馬鹿でしょうが。
===
私の意見-ちょっと殿様とは違います:
謙虚さは美しいけれど、謙譲語は必ずしも謙虚さの表現ではありません。私は、謙譲語は、歴史的にみて、表面的に自分を意図的に相手より低い立場に置き、責任を回避する,あるいは人間関係の軋轢を回避するtacticsとして使われたものだと思います。汚いいい方をすれば謙譲語は「この人バ〜カみたい。でも謙譲語を使って自分を低くしておけばとばっちりもかかりにくく安全だわ〜。逃げるが勝ち。持ち上げるが勝ち」というcontextでも使われるということです。言語は複雑な社会の歴史の中で生まれたもの。謙譲語は謙遜の表現かもしれませんが、それが必ずしも謙虚さや相手に対する尊敬や慈しみの気持ちの表現だとはいえないと思います。謙遜と謙虚は全く異なった概念です。謙譲語がtacticsとして価値があるうちは謙譲語は生き続けるでしょう。

殿殿 2009/11/12 19:38 【謙譲】へりくだりゆずること。謙遜。
【謙遜】控えめな態度で振る舞うこと。へりくだること。
【謙る】他人を敬って自分を卑下する。謙遜する。

【謙る】他 人 を 敬 っ て 自分を卑下する。

馬鹿ばかりで時間と労力の無駄なので、今後はレスするのはやめます。

殿殿 2009/11/12 19:44 追記
【敬う】相手を尊んで礼をつくす。尊敬する。

turimotonaokiturimotonaoki 2009/11/15 15:08 バカ女の底の浅い世迷い事。頭が悪過ぎて読んでいてくらくらする。
この記事は日本の未来や外国人の事を考えて書かれた訳ではなく、
自らの日本語に対する無知を日本語の複雑さに有ると責任転嫁しているだけだ。
発想は中学生並でどうしようも無いし、文体も子を持つ年齢の人間が書いた割には砕け過ぎていて読み難い。

そもそも仮定が論理的に展開していない。
日本が中国に追い抜かれる → 日本は1億人居る人口を養う必要が有る
 → 日本人1億人を養うには日本の国際的なブランド維持が必要
 → ブランド維持には「日本語できる非日本人」を増やすことが有効
 → 「日本語できる非日本人」を増やすには日本語を簡素化すべき
というそれぞれの話には何の繋がりも無い。

・日本が中国に追い抜かれる事は事実だろうが、それが理由で1億人を養えなくなりはしない。
・1億人を養う為に必要な要素は恐らく外交力と経済力であり、「ブランド維持」という要素は大して影響力を持たない。
仮に日本の持つブランド力が全く無くなったとしても、経済と外交さえ健全であれば
1億人を養う資源と食料の輸入に不都合は無いだろう。
・或る国の成長や存在感と、その国の言語を使える外国人の人口とは強い関係には無い。
無関係では無いだろうが非常に瑣末な問題だ。
・日本語を新たに作り変えるという事は、戦後書かれた日本語の資産が全て自然には読めなくなるという事だ。
外国人が覚え易い新日本語を習得したとしても、旧日本語の資産(ドラゴンボール、村上春樹等)を読むには
「昔の本を読むときには必要な知識」を新たに習得しなければならなくなる。
日本人にも同じ事が言える。過去の資産を捨てるというデメリットは、
地球人類60億人が全員日本語を使えるようになる位のメリットが無いと補えない。

・敬語は分かり難いから分かり易くすべきだ、という意見は今迄の文化を捨てるというデメリットに対する配慮が無い。
・片仮名廃止論は筆者の頭の悪さが十二分に発揮されている。
・・どの単語が外来語なのかは自然に理解できるからいちいち個別に覚える手間は要さないし、
片仮名で区別するのはその方が読み易く便利だからだ。
・・片仮名が男の言葉、平仮名が女の言葉だったという歴史は中学校辺りで習う筈で、
誰かの本を読む迄知らなかったというなら大変な不勉強だ。
・・『「外国からはいってきたものの権威」が、戦後残滓として残ったのが、「外国語はカタカナ」ということじゃないかと思う』
という意見は共通点を有する存在を強引に結び付けた短絡的な推測だ。
半世紀前の日本では片仮名を使う事が普通で、漫画の様な権威の無い文書だって片仮名で書かれている。
日本の風俗をまるで知らない外国人が思い付いた様な推測だ。
・・外国語をアルファベットでそのままスペルする、為にはアルファベットを日本語の中に組み込まないといけない。
外国語は聞こえたままを片仮名で書けば良いという日本語の利便性を殺す考えだ。
・・『どうしてそうなるのか、子供に聞かれても説明不能』
と有るが、説明不能であれば自らの無知を恥じて自主自学すべきで、
筆者個人の為に言語体系の方を変えろという論は横暴だ。
・・数詞を削ぐという事はこれもまた文化を削ぐという事だ。相当のメリットが無いと行えない。

これは愚考という言葉で済ませられるレベルではない。
この程度の浅薄な考えで国家戦略を語ろうなんて酷い冗談だ。とても笑えない。
例えばBasic EnglishやSimple Englishだって既存の英語と完全に置き換わる存在では無いし、
きちんとそれまでの英語との互換性に配慮がされている。他国が台頭したから、なんて理由で作られた訳でもない。
外国人の日本理解を高めようというのであれば、
日本語を変えるより公用語を英語にしてしまう方がまだ現実的だ。

檀葉檀葉 2009/12/16 03:12 >日本語簡素化
移民を大量に受け入れれば、自然と簡素化されますよ。
無理のない形で。
「公式の場で使えない」ものにしかならないものの、日常のコミュニケーションを取るのに過不足のないレベルにはなります。

ラテン語と欧州各国語の関係をみれば、見当がつくと思います。
またはカリブや中南米諸国の庶民言語である「クレオール語」と旧宗主国の言語の関係にたとえることも可能です。

書き言葉や文字の統制は容易ですが、話し言葉まで含めた言語のコントロールは、下からの自然発生的なものでないと難しいのではないでしょうか。

でも日本語を外国人にも広く受け入れてもらい、国際語として通用させること自体は国家を繁栄させる上で避けて通れない課題だと思います。

檀葉檀葉 2009/12/16 06:22 追記

>ラテン語と欧州各国語との関係
誤解を招く書き方でした。ローマ帝国領内各地の現地人が、現地語とラテン語の折衷言語としてつかっていたのが欧州の各国語の起源だ、といいます。
同様に日本語も移民の間で勝手のよい形に変化していくでしょう、という意味です。
それはまさしくピジン・ジャパニーズで、「正しい日本語」ではありません。
でも意味は通じますし、文法的に簡略化されているはずです。

以下、脱線します。
時間がたてば間に合わせのピジン言語も洗練が進み、文法も豊かになり、英語における「黒人英語」みたいな、独特の味わいを持つ「エスニック日本語」に結実していくかもしれません。

しかしそれは日本人の仕事ではなく、外部からきた異邦人にしかできない仕事です。

turimotonaokiturimotonaoki 2009/12/23 19:51 追記

>「日本語できる非日本人」を増やすことが、中国語よりもやりやすいという点が生かせないか、と考えるわけだ。

例えばドイツ語はオーストリア、ベルギー、ルクセンブルク、スイスでも公用語とされているが、
その事がドイツという国の評価に何か影響しているだろうか。全く疑問だ。


2009/11/12 18:16 >私は、謙譲語は、歴史的にみて、表面的に自分を意図的に相手より低い立場に置き、責任を回避する,あるいは人間関係の軋轢を回避するtacticsとして使われたものだと思います。

謙譲語とは「頂きます」「申し上げます」という類の言葉遣いですよね。
これは自身を相手よりも低く置いた言葉遣いですが、発言内容次第で不遜にも威圧的にも成り得ます。
若し私はあなたより下だ、という責任回避をしたければ謙譲語という言葉遣いより発言内容に配慮すべきでしょう。
Speechless in Silicon Valleyさんは一体何をどう歴史的に見て、
謙譲語が責任回避目的で使われたという結論に至ったのでしょうか。

ttyttyttytty 2009/12/31 22:11 先にコメントした人と内容が重なりますが、改めて。

日本語を外国人にとって学びやすいものにしたいという思いには同意します。けれども、大切な視点が抜けています。この簡易化された日本語を学んだ人には、現在の日本語で書かれた文章を読むのは難しくなってしまうということです。つまり、現在の日本語で書かれた本も、漫画も、改めて「古文」の勉強をしないと読めなくなるのです。このブログで海部さんが書かれてきた文章も「古文」ですから、普通に日本語勉強してきた人には読めなくなるんですよね。こうして私が書いているコメントも。

日本語の表記の規則が複雑で、守るのが大変だという話ならば、日本語ネイティブがブロークン日本語を許容すれば済むはずです。規則を覚えて読めるようになるだけならそこまで難しくないですよ。

日本語を習得する過程で、漢字の読み方がわからない、区切り方がわからないというのが障害になっているケースが多いですね。ただし、電子媒体の場合、ルビを付けてくれるソフトや分かち書きにしてくれるソフトもあるので、こういうものを活用すればだいぶ楽になるんじゃないでしょうか。

AnonymousAnonymous 2010/05/30 01:13 提案1に関して:賛成です。
それどころか、丁寧語辺りのみを残して、日本語を無駄に複雑にしている尊敬語と謙譲語を両方排すべきだと思います。
必要最低限の域を超える尊敬表現は、身分・階級の厳格な考え方が根付いていた日本の古き悪しき時代の遺物だと考えます。

提案2に関して:反対です。
元からの日本語と外来語の区別は一応必要だと考えます。

提案3に関して:反対です。
漢字での表記の場合なら明らかでしょうが、読み方の違うものを同一の表記にすることは不適切だと考えます。

提案4に関して:反対です。
比較的文法がシンプルである英語においても区別して表現する事柄ですので。

提案5に関して:賛成になりますね。
“対中国語戦略”というものがどのようなものなのかが私には分かりませんが、
漢字での表記にはそれによる扱い辛さという欠点に見合うだけのメリットが十分にあると考えます。


私は言語の機能の拡張を伴わない無駄な複雑さは無くなるべきだと思っています。
英語も多くの人による習得・使用という洗礼を受け、今の英語は昔と比べてシンプルで分かり易いものとなっていると聞きますので。

通りすがり通りすがり 2010/06/18 11:54 予想通りコメ欄で右翼がアップしてるなあ。
謙譲語は本当にいらないと思う。そもそも、複雑な敬語法ってのは時代と供に簡素化されていくことからして、敬語法が冗長なものであることを示している。謙譲語は謙虚な心が云々、と世迷言をほざいている右翼もいるが、むしろ敬語法って「とりあえず形式だけは整えておけ」的なもので、「心」とは関係ない。そんなもんがないと謙虚な心も持てないってむしろ恥ずかしくないか?
身分制度が複雑だって過去の日本では敬語法は重要だったのかもしれんが、現代の日本社会には必要ない。
大体、たかが100年前の文献も普通には読めないのに、何が伝統だか。韓国や中国を馬鹿にするのもいいですが、日本も2国ほどではないとは言え、文化の断絶はしっかり起こってますよ。

とんとんとんとん 2010/09/22 01:37 面白いと思いました
外国人看護師受け入れで似たような話もあったし
とりあえず4に関してはこういう分析があります
http://www.sf.airnet.ne.jp/ts/language/counter.html

新規の人と旧来の人が共存しやすいラインがあるといいですね

PiichanPiichan 2010/10/12 23:24 謙譲語の廃止は賛成です。また、身内を他人に紹介するときにはよびすてにするというのも廃止すべきです(例:「社長の前田は」→「前田社長は」)。

そして、同音異義語の問題がないかぎりやまとことばはひらがなでかくようにすべきです。

たびびとたびびと 2011/03/05 14:32 江戸時代は藩ごとに違う日本語を使っていたのを、明治になって標準語という統一された日本語になったわけですから、国際化時代に合わせた日本語ができてもいいと思います。
しかしその方策としては、
1漢字に英語(アルファベット)のルビをふる
2外来語は現地での表記のままとし、カタカナでルビをふる
だけで充分だと思います。Unicode対応OSと自動でルビをふってくれるワープロを開発すればいいだけです。
敬語は放っておいても簡略化していくでしょう。

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