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吉田道昌の学舎 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-02-17

[] 奈良公園リゾートホテル建設計画、歴史遺産の破壊  奈良公園にリゾートホテル建設計画、歴史遺産の破壊を含むブックマーク



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奈良公園」内に奈良県リゾートホテルを建設する計画が進められており、それに反対する運動が行われている。ぼくは早速建設反対の署名をしたが、地元の運動体は次のような趣旨(要旨)で呼び掛けている。

 「2013年、奈良公園景勝地若草山モノレール建設計画を発表した奈良県の荒井知事が、再び奈良公園リゾートホテルを建設しようとしています。国指定の名勝であり、文化財保護法古都保存法に基づいて歴史的風土特別保存地区に指定されているところです。また、奈良市風致地区条例によって第一種風致地区に指定され、一切の商業施設営業は認められていない地域でもあります。さらに、この地は奈良公園ユネスコ世界遺産の認定を受けるにあたって、住民の居住地区との緩衝地帯として位置づけられています。県は国から当該地を購入し、奈良公園に編入した上で、県の裁量でホテルを建設しようというものです。公園法によれば、公園の用に呈する建造物以外は建てられないことになっているはずです。県は、さまざまなルールを捻じ曲げてでもホテルを建設しようとしているのです。

 2020年東京オリンピックを控えて、奈良にホテルが必要だとの時流は理解できても、それが、この地である必要性はありません。ムササビや野鳥の生息するこの自然環境を壊すのは本末転倒です。知事は、県議会の答弁の中で、『反対する住民は一部であり少数だ』と無視して計画を推進する姿勢です。

 奈良公園は、日本の宝であり、世界遺産の登録を受けた世界の財産です。子々孫々に悔いを残さないため、日本全国の見識ある皆さまの民意として署名をいただきたく存じます。

署名呼びかけ団体/呼びかけ人>

奈良公園の環境を守る会・高畑町住民有志の会

辰野勇(代表)、田中幹夫、椎名誠夢枕獏野田知佑、渡辺一枝、天野礼子、風間深志、大場隆博、佐藤秀明林家彦いち寺田克也、吐山 真、藤森善正、小宮みち江、大尻育子、桧垣泰弘、波多野武司」


 奈良は我が家族が25年住み、奈良公園は故郷のようなところだ。


 奈良にはこんなとてつもない歴史がある。

 明治の初め、日本に来たアメリカ人のフェノロサ仏像浮世絵日本庭園など日本美術の美しさに心を奪われた。日本人は、枝に止まる小鳥にも美を見出し、山水や花を愛でている。日本をもっと知りたい。そう思ったフェノロサは全国の古寺を旅した。そのとき、意外な事実に直面した。文明開化の日本人が日本の文化を破壊しているのだ。

 明治新政府は「祭政一致」の政策を掲げ、神道を国教化する方針を採った。明治初期の日本人は西洋文明を崇拝し、浮世絵や屏風、仏像仏画など貴重な文化財二束三文で外国人に売りとばしていた。

 明治政府は、天皇神道に権威を与える為に、神仏分離令というとんでもない政策を施行する。それによって廃仏(はいぶつ)毀釈(きしゃく)が行なわれ、仏教に関するものは政府圧力によってどんどん破壊された。

 八年間続いた神仏分離令は各地の寺院、仏像を次々と壊した。全国十万の寺は半数になり、貴重な文化財は数知れず失われた。奈良興福寺寺領を没収され、僧たちは神官に転職させられた。興福寺伽藍は破壊され、三重塔や五重塔は二百五十円で売りに出された。ついに五重塔が焼かれようとしたとき、地元住民が火災の延焼を恐れて焼くことを阻止した。阿修羅像は奇跡的に生き残った。

 ぼくの愛する阿修羅像、よくぞ生き残ってくれた。

 強い衝撃を受けたフェノロサは、日本美術の保護に立ち上がる。

 「日本人は、どうして自らの文化を低く評価するのか。」

 フェノロサ日本画家たちへの講演会で述べた。

 「日本にしかない芸術があるのです!」

 フェノロサ文部省に掛け合って美術取調委員となり、岡倉天心京都奈良古美術の調査を開始する。そして法隆寺・夢殿の創建時から絶対秘仏とされていた救世観音像の厨子の開扉を実現する。観音像は布でグルグル巻きにされていた。それは等身大の聖徳太子像だった。

 「この驚嘆すべき、世界に比類のない彫像は、数世紀を経て我々の眼前に姿を現した。」

 救世観音は穏やかに微笑んでいた。

 フェノロサの助手を務め、日本の美に光を当てた岡倉天心東京美術学校設立に大きく貢献し、のち日本美術院を創設した。

 「日本の根は何か? 大和の根は何か? 日本人の根幹を支える美術とは何か?」

 古美術仏教美術は日本の心。美術は歴史と文化の象徴。それが日本では暴力的に破壊されている。岡倉天心も己が国の文化を知らない日本人を厳しく批判した。

 大和は全環境が歴史であり、美の世界なのだ。斑鳩や西の京、明日香奈良公園の、文化財の残っているところだけを部分的に保存するだけでは、歴史的文化遺産の保存にならない。奈良京都は、地域の自然環境、風土と共にトータルに保存されなければ、結果として全破壊、全否定となる。すでに破壊は取り返しのつかない段階に来ている。なおこの上、破壊を進めるつもりなのか。

2017-02-13

[] 孤独  孤独を含むブックマーク

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 ハ―君がバイクの免許を無事取得した。再試験の当日、朝から試験場に行く予定をしていたら仕事が入って、午前中はそれに従事しなければならなくなり、午後一時半からの塩尻のセンターでの試験に間に合いそうになくなった。それを知った日本語教室の高橋さんのご主人が、ハ―君を車に乗せ、高速道路を飛ばしてくれたおかげで試験に間に合い、めでたく合格となった。バイクは中古をもう買ったそうだ。これで日本のあちこちへ旅しようと考えているらしい。よかったなあ、ハー君。

 昨夜、日本語教室市役所の人がやってきて、安曇野在留の外国人からいろいろ聞きたいということで、ベトナム人中国人台湾人の六人に日本語教室のスタッフを交え、話合いをもった。市役所の係は、男女共同参画、多文化共生を推進する課の人たちだった。

 日本に来て、困っていること、提案したいこと、分からないことなどを聞かせてほしい‥‥、出てきた意見は、日本社会の見えない壁とも言えるものだった。

 故国で日本人と結婚し、日本に来て三年になるけど、日本人の友だちができない。地域の人たちとも親しく付き合う関係がなかなかできない。「遊びにおいで」と言われたから行ったら、それは社交儀礼の言葉で、ほんとうに招いてくれたのではなかった。孤独を感じる。唯一日本語教室が、親しく打ち解け日本を知る場になっている。

 これは五十代のご婦人の意見だった。

 ハー君は積極的に日本語を学び日本人と交流する生き方をしているように見えるが、やはり寂しいと言う。

 実習している会社の日本の若者とは、会話することもなく友だちになろうとしない。仕事の中では、指示されたとおりに、ハイハイとやっていくだけで、社員同士で親密にいろんな話をすることがない。

 その人の性格的なものも関係するだろう。親密な関係を持てる日本人はたくさんいるから、もう少しハー君からも近づく必要があるだろう。だが、日本人の実態ははたしてどうなんだろう。

 日本人は他者との付き合い方が、内向きになっているのだろうか。あるいは外国人に対しては見えない壁を作るのだろうか。それとも日本人同士の場合でも、移住してきた人たちには付き合い方がよそよそしくなっているのだろうか。

 日本人の社交性が淡白になっている、それは生き方、生活スタイルそのものが内向きになっているからではないか。

 十年前、北京と青島(ちんたお)の中国政府の日本語研修所で教えたときに見た街の光景は鮮烈な印象をもたらすものだった。

 北京の夏の朝、午前4時過ぎごろから、街の人びとは公園や通りの広場に集まってくる。数百人、それはたいへんな人だ。集まってきた人たちは、グループを作って、それぞれやりたいことをやっている。体操、ダンス、ランニング、コマ回し、二胡の演奏と歌唱、各種の趣味の健康法やゲームも展開している。公園とは、まさに市民の暮らしの価値ある園だ。

 昼の休憩時は、通りの傍らや庭で輪になり、近所のおっちゃん、おばちゃんがマージャン、碁、将棋などをやっている。

 夕方になると、またまた家々から人が湧いてきて公園に集まり、太極拳、剣舞、社交ダンス、各種の舞踊をやっている。犬の散歩をするグループもある。おしゃべりグループもある。真っ暗になっても、わずかな明かりの中で音楽が流れ、かたく抱き合って三十組ほどが社交ダンスをしている。

 家から外へ出る中国の民衆、家にこもっていく日本の民衆、この違いはなんだ。どこからこの違いは生まれたのか。そのときそう思った。エネルギーの発散がまったく異なる。

 昔は安曇野も、「お茶でも飲んで」と言って、地区の人、近所の人たちが縁側に座って、茶飲み話をした。家が開放されていた。祭りの場にみんなは集った。今はそれらが消えてしまった。

 そう言ったのは、ぼくの朝の散歩でときどき挨拶を交わす「かかしのおっちゃん」だった。

 文明は人間を外に向けもするし、内にこもるようにもする。

 世界に広がり、世界につながっているように見えはするが、人間の孤独、人間の孤立化、人間の寂寥感は深まっている。

 人間の肌身の付き合い、魂の交流が、乏しくなっていはしないか。

2017-02-06

[] 巨龍中国  巨龍中国を含むブックマーク


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 NHKの「巨龍中国」というドキュメントを見たが、なんとも深刻な環境汚染だ。特に大気汚染の激甚さに暗澹たる思いになった。

 北京を含む河北省の汚染は鉄鋼業によって甚大な被害を生んでおり、武漢は巨大な医療関係の廃棄物処理工場の焼却場から排出される汚染ガスによって人の命が奪われ、子どもの健康が損なわれている。ついに母親たちが決起し、役所に陳情に向かうが妨害され、無視され、とうとう政府に直訴、それも聞き届けてもらえず、裁判に訴えた。

 何ということだろう。武漢がたいへんな状態になっている。武漢に住んでいる人たちはどうしているだろう。

 2002年から2003年、武漢で暮らした時も大気汚染はあり、美しく澄んだ青空を一年中見ることはなかったが、これほどまでにひどくなるとは予想できなかった。

 あれから十五年経っている。

 2002年の暮れ、湖北省の民族大学の学生が日本語研究会を立ち上げるから発会式で日本について何か話をしてほしいと頼まれ、話す内容を考えたとき、日本人の暮らしをテーマにするか、日本の公害をテーマにするか、どちらにするか迷った。

 結局、日本人の正月の精神性について、二百人ほどの学生たちに話したのだが、後になって「しまった」と思った。かねてから思っていた、日本人が体験してきた公害のことを何故語らなかったのか。

 水俣病の海の汚染と被害漁民の闘争体験四日市大気汚染と住民の闘いの体験、それこそあの時に訴えるべきだった。CCTVのテレビ局も来ていたのだから。

 自分の判断の甘さを痛感する。

 今、中国の被害住民は闘っている。病気に苦しむ子どものお母さんが話している。経済発展至上、企業中心がこういう国をつくってしまったと。かつての日本がたどった道。戦争前は富国強兵の道、戦後は高度経済成長国土開発の道、どちらも悲劇の道だった。

 認識を深めた住民の運動がこれから中国を変えていくことになるか。それを希う。

 

 

 

2017-01-30

[] ベトナム人のハー君  ベトナム人のハー君を含むブックマーク

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 技能実習生として日本の建設企業で働いているハー君に日本語を教えている。彼は、住んでいるところから堀金の日本語教室まで自転車で一時間かけてやってくる。冬の期間はかなり大変だ。日本語教室は日曜日の夜七時から九時までだ。勉強が終わって寮まで帰ると十時になる。雨の日や雪の日は危険も困難も多い。降雪がひどい時や道路が凍結した時は彼は教室まで来られなくなる。

 そこでハ―君については勉強時間を午後三時から五時までにして、場所も穂高図書館に変えた。図書館のロビーに椅子テーブルがあり、障害者施設のカフェも店も開いている。そこの一つのテーブルで教えている。彼の通学一時間が半分になった。

 ハ―君は後二年間、日本で実習する。良心的な企業で、休日や勤務時間も保障されているから、日本語の勉強もしっかりできる。昨年末、日本語能力検定試験を受けて3級に合格した。彼は旅行が好きで、JRの「青春18きっぷ」を使って日本のあちこちへ行ってきた。東京大阪京都広島も旅してきた。一人旅だ。これはすばらしい。同じベトナム人の友人が東京で実習しているから、東京へ行くとそこで泊めてもらう。今年は一緒に富士山に登りたいという。

 最近、ハー君は50ccのバイクの試験を受けた。ベトナムでは免許をもっていたから日本でも免許をとって、あちこちそれで旅をしたい。

 ところが試験は残念ながら不合格となった。少し点数が足りなかった。昨日、図書館にやってきた彼は、こんな質問をした。

 試験問題は日本語で出される。その意味が分からないのがいくつかあった。それで点数が足りなくなった。

「どんな問題?」

と聞いてみたら、こんな説明をした。円い道路標識に矢印→が右向きに書いてあり、その→の下から別の線がカーブして→に合流している。標識の回りを赤い円が囲み、その真ん中を斜に直線が横切っていて、下に「横断禁止」と書いてある。そのような標識が道路の左に立っていて、その先に三差路があり右折ができる。そこで問題、「横断禁止」ならば右折出来ないということなのか。ぼくは30年も運転してきたが、こんな標識を見たことがない。うーん、どういうことだろう。彼は右折できないと答えたが間違いだったという。ということは、

「横断というのだから三差路の手前で道路を横断することを禁止ということなのか?」

と、どうもぼくの答えがあやしくなってきた。

 次に、彼は、「追い越しと、追い抜きはどう違いますか」と聞いた。ぼくは、「そりゃ、同じではないかな」と答えたら、「いや、違うのです」という。ひえーっ、うーん。

 三つ目の質問。

 道路左に車を止めた。そこに標識があり、「駐停車余地6m」と書いてある。道路の左側車線は6mの幅がある。駐停車できるか。

 「余地だからなあ。車から中央分離帯までに6メートルのスペースがなければならないということだなあ。そうするとこの問題ではできないということだねえ。」

 どういうこっちゃ。もう口あんぐりだ。

図書館で調べてみよう。おいで。」

 ハー君を連れて図書館に入り、道路交通法の本で調べた。「追い越し」はあるが「追い抜き」という用語はどこにもない。

 なんということだろう。あっけにとられた。

 こりゃ、警察に行って聴いてみるベ、と思って、学習を終えた。

2017-01-27

[] 弱点、ダメなところを乗り越える  弱点、ダメなところを乗り越えるを含むブックマーク

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 ずいぶん前になるが、NHKテレビに「課外授業」という番組があった。マジックをやっているマギー司郎子どもたちに授業をした。

 マギー司郎が話しかける。

 「自分は子どもの頃から人前でものが言えないダメな人間だったんですよ。」

 中学卒業してからマジックの世界に入った。下手なマジックだったから、全く受けない。ストリップ劇場の前座でマジックをすることになり、やってみた。やっぱり受けない。がっかりした司郎は、ぽろりともらした。

「私もたいへんなんですよー」

 その一言が受けた。観客がどっと笑った。

 そこからマギー司郎は独自の世界を創っていく。トークをまじえたマジックは観客の笑いを生んだ。

 「課外授業」で司郎は、マジックを見せながら、自分の生い立ちを語っていった。子どもたちはぐんぐん引き込まれていった。話を吸い取っていくようだった。 

 司郎先生は宿題を出した。

 「自分のダメなところは何ですか。自分の何がダメですか。次の授業までに考えて紙に書いて出してください。」

 子どもたちは考え、書いた。けれどもそれを発表するのは恥ずかしい。できない。司郎先生は子どもたち一人一人と向き合って話し合った。

 先生の真情あふれる言葉に背中を押された子どもたちは、自分のダメなところを口に出し、発表することによって乗り越えていこうという気持ちになる。子どもたちは校舎の屋上に行った、そこで個々に、マジックの練習を繰り返しながら間のトークに、自分のダメなところを織り込んでいった。その真剣な表情には、大きな一歩を踏みだす勇気が滲みだしていた。

 練習が終わってから、司郎先生は言った。

「発表は隣のクラスに行ってやります。」

 さらに大きな壁だった。そこをも子どもたちは乗り越えて発表していく。

 一人ひとり発表し終えたとき、マギー司郎の目にも、子どもたちの目にも、涙があった。

 この授業は、数時間の飛び入りの授業であったが、計り知れない感動を与えた。弱い自分を認め、弱い自分を受け入れ、「こうあらねばならない、自分はできない、自分はダメだ」という観念に縛られていた自分を見つめ、そこから大きく育っていこうとする子どもたちの顔にはすがすがしい笑顔があった。

 自分そのままを、自分のありのままの人生を、子どもたちに見せたマジシャン・マギー司郎の愛情、子どもたちに注がれていた優しい笑顔が印象的だった。

2017-01-26

[] 見えない世界の変化   見えない世界の変化 を含むブックマーク


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 最近、友人からこんなメールをもらった。

 <福島原発事故直後から福島県で蝶の調査を続けている琉球大学の大瀧丈二准教授の研究チームによると、福島県で捕獲した121匹のヤマトシジミの内、全体の12%から「羽が小さい」、「目が陥没」というような奇形が発見されたとのことです。

 これは英科学誌ネイチャーにも発表されていますが、この調査結果を発表した後に、大瀧丈二琉球准教授が率いる研究者チームの研究費はカットされました。上から何らかの圧力があったと見られ、このような放射能被曝裏付ける調査には危険が伴うことが分かります。

 また、北大農学研究員の秋元信一教授らの研究チームの調査では、福島県に生息しているブラムシの一種「ワタムシ」の成育に異常が出ていることも判明。腹部が二つある個体も発見されており、通常の10倍以上の奇形が発見されています。調査をした秋元教授は「遺伝子レベルで突然変異を引き起こすような、外的要因があったのは間違いない」と指摘し、現在も調査を継続中です。

 ツバメにも福島原発事故以降の福島県で異常が発見されました。欧米の合同調査チームが福島県に入り、高線量地帯で動植物の汚染状況について調査をしてみたところ、鳥や昆虫などが激減している上に、チェルノブイリで見られたような奇形も複数発見されたのです。>

 こういうメールだった。

 小さな生物に変化が起こっている。人間の目にとまりにくいところで、ひっそり命をつないでいる生き物に、変化が起こっている。

 福島の子どもたちに甲状腺ガンの異状が増えていると言う。

 

 福島被曝地に入って、もくもくと調査している人たちがいて、その変化が発見され、見えないところの世界を知ることになる。ただひたすら、黙々と、毎日毎日、地を這うように研究調査する人たちがいて、真実が見えてくる。

 

2017-01-19

[] 犬の願望  犬の願望を含むブックマーク


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毎朝、ランの喜びは雪原の散歩。

人も車も来ない。うれしくてたまらない。

リードをはずされたランは、雪を蹴って自由に走る。

とつぜん雪の中に鼻をつっこんで匂いを嗅ぐ。

ひょいと畔の雪の中に、野菜のこぼれ種の育ったのがあるのを見つける。

ランは、葉っぱをぱくっと食べる。


走るランは美しい。

細い脚が前後にしなやかに伸びる。

溝を一跳びに、

畔から一跳びに、

跳躍する姿は美しい。

祖先の狼の時代から、

何万年か何十万年か、

犬は駆ける動物だった。

四本の脚は、疾駆する。

疾駆して生きてきた。

獲物をとるとき、敵から逃げるとき、

身体は前後に長く伸びた。

雪の野原でそれがよみがえる。

ランは自然を取り戻す。


ランは意思を伝える。

思いついたら伝達する。

ランの言葉は豊かだ。

その言葉は、眼差し、

じっと目を見る。

その言葉は、声、

短く小さく、鳴く。

その言葉は、足踏み、

カタカタカタ、前足を踏みならす。

その言葉は、行動。

前に座って、なでなでしてよ。

おもちゃをくわえて、遊ぼうよ。

外出の見送りも お迎えも、しないではおれない。


ランの意思は願望。

何かをしたい、

何かをやりたくない。

食べたい、飲みたい、寝たい、

休みたい、一緒に遊びたい。

外へ行きたい、行きたくない。


単純明快、

過去と未来への思いはない。

恨んだり、後悔したりすることはなく、

残念がったり 悔しがったりすることはなく、

この世の中、どうなるのかなあと心配することもなく。


けれど、

ぼくらが長く外出すると、

待って待って、ひたすら待っている。

寂しい、寂しいと待っている。


犬は生涯待っている。

そして、

ぼくらが帰ってくると、

歓喜の声をあげて、はしゃぐ。


犬は生涯待っている。

雪原を自由に駆けまわることのできる日を。

2017-01-12

[] 「プロヴァンスの村の終焉 「プロヴァンスの村の終焉」を含むブックマーク


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 ウイーン楽友協会のシュタイネルナーザールが語っていた。

子どもの頃は森が好きで、毎日森の小道を散策していましたよ。森の管理人になりたかったのですが、バイオリンに出会って、結局バイオリニストになりました。」

 長くウイーンフィルハーモニーコンサートマスターを務めていた人だ。シュタイネルナーザールの子ども時代、森が生活圏にあったから、毎日森を歩いた。生活圏にあるということは、すぐ近くに森があるということだろう。日本の場合、森と言えば山にある。平野の森は消滅した。そして農地になり、都市に飲まれた。オーストリアドイツフランスでは、森が平野に保存されている。公園イコール森林ということになっている。

 「プロヴァンスの村の終焉」(ジャン・ピエール・ルゴフ 青灯社)という大著が2015年に出版された。そこにフランスプロヴァンス終焉に向かっていると、その変化が詳細につづられている。著者は政治社会学者

 これまで多くの日本人の憧れたプロバヴァンスは、森や野に延びるウォーキングロードの散策、歴史遺産・音楽祭・演劇祭・巡礼祭への訪れ、セザンヌゴッホの描いた自然や芸術との出会いの地だった。

 ところが、都会や世界からやってくる観光客や移住民、開発、高速道路建設など、時代のもたらす変化によって、住民の気風も変わってきた。プロヴァンスのカドネ村についてこう書いている。

 「1793年から1980年代までの約二世紀のあいだ、カドネ村の住民数はほぼ一定を保っており、2000人から2500人のあいだを推移していたのだが、今日では4000人以上に達している。」

 1980年ごろから変化が始まるということは、やはり発展に共通した形なのだろうか。カドネ村はリュベロン山地に隣接する村で、農地が広がっている。「木を植えた男」を著したジャン・ジオノは、「プロヴァンスは一つではなく、千の顔、千の性格を持っている」と書いているが、その変化をどうとらえるかも簡単ではない。

 そこへ一大事業が始まる。「リュベロン地方自然公園」の建設だった。面積は18万5千平方メートル。日本の香川県の面積ほどある。この公園の中に77の市町村が包み込まれる。住民は15万人。公園設立趣旨には、無秩序な建設ラッシュと観光客の大群からこの地方の動植物を守ることとある。計画に対する賛否、意見はいろいろ出た。自分たちの伝統の否定だとか、土地を奪われるとか。しかしまた生物多様性の自然を守らねばならないと、歓迎する意見も多い。プロバンスには、小型のサソリもいるらしい。刺されたら痛いが死ぬまではいかない。巨大なモンスズメバチオオスズメバチもいる。ヒキガエル、ヘビ、トカゲイノシシキツネウサギ、オオヤマネ、いろんな動物がいる。

 読んでいて、日本の状況が頭に浮かび、思考は日本に還ってくる。経済優先、開発優先、成長優先、便利優先、速度優先、その掛け声でやってきた結果が、今目の前に展開する。

 そして恐るべきは、日本は、世界はどこに向かっているか、人間のなかに何が生まれているかということなのだ。

2017-01-06

[] 冬のミツバチ  冬のミツバチを含むブックマーク



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息子たち、孫たちが帰っていって、静かさが戻った。部屋の中の物音がよく聞こえる。

「何か飛んでいるよ」

と家内が言う。

「ほら、カーテンにとまった、あれえ、蜜蜂やわ」

プーンとかすかな羽音を立てている。

「どこから入ってきたん?」 

外は毎朝零下5度前後になる。とても昆虫には耐えられない。家の中は暖房がきいて温かい。どこからどうして、部屋の中に入り込んだものか。以前から入っていたのか。

「どうしよう? 外へ出してやれば、生きていけないし」

紙の空き箱をもってきて、そこに入ってもらい、朝食のときに食べているドイツの蜂蜜をほんの少し、割り箸の先に付けて、蜜蜂の口元に持っていくと、お腹がすいているだろう蜜蜂は、それをチュチュツと吸っているように見えた。

「蜂蜜を吸っているよ」

「へえ、そう、よかった」

さて、このまま家の中に置いておくこともできないし、気温が上がれば自分の巣に帰っていくかなあ、と太陽がぽかぽか暖かい昼ごろ、外に出してやったら、元気に飛んでいった。

はて? 彼の巣はどこにある? その巣に無事に帰りつけるかな? 蜜蜂の巣箱だったら冬でも自由に出入りできるのかな?

養蜂業者のHPを見ると、こんなことが書いてあった。


冬になると、ミツバチたちは巣の中に閉じこもります。

冬眠するのではなく、女王バチを中心にして、働きバチたちがからだを寄せ合い、蜂球をつくっています。

細かい羽ばたきで熱をおこして暖め合い、冬でも巣の中は30度前後に保たれています。

蓄えておいた蜂蜜が大切な食料となっています。

寒い早春でも、ぽかぽか陽気の日には、巣から出た働きバチが、梅やイヌノフグリといった早春の花に飛んでいきます。

働きバチが食料を少しずつ持ち帰りはじめると、巣の中も活発になり、温度も上がります。

女王バチの産卵がいよいよ再開すると、ミツバチたちが元気よく動き回る暖かい季節がやってくるのです。


驚くねえ、冬でも巣の中は30度前後に保たれているなんて。

あの蜜蜂、自分の巣にもどれば、たっぷり食べものもあり、仲間の暖房もあり、元気に生き伸びて春を迎えることだろう。

2017-01-03

[] 「よくかみなさい]  「よくかみなさい]を含むブックマーク


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 ご飯は88回かみなさい、昔はよくそう言った。

 米の字から、八十八という数字を引っ張り出したもの。

 かめばかむほどいい、それは現代もよく言われる。

 健康にとって、かむことの重要性は常に強調されてきた。なおも強調しすぎることがないのは、現代の食生活が常に「かむ」ということの逆行だからでもある。

 先日、生物学者の福岡伸一が「動的平衡」(朝日新聞)に、へえーと思うことを書いていた。

 「お正月のおせち料理お雑煮はしっかりかんで食べましょう。消化が良くなるように。消化とは、食べ物を細かくして栄養を取り込みやすくする作業だと思っていませんか。実は、消化のほんとうの意味は別のところにあるのです。

 食べ物は、動物性でも植物性でも、そもそもは他の生物の一部。そこには元の持ち主の遺伝情報がしっかりと書き込まれている。遺伝情報はタンパク質アミノ酸配列として表現される。アミノ酸はアルファベット、タンパク質は文章にあたる。他人の文章がいきなり私の身体に入ってくると、情報が衝突し、干渉を起こす。これがアレルギー反応や拒絶反応。

 それゆえ、元の持ち主の文章をいったんバラバラのアルファベットに分解し、意味を消すことが必要となる。その上でアルファベットを紡ぎ直して自分の身体の文章を再構築する。これが生きているということ。つまり消化の本質は、情報の解体にある。

 食用のコラーゲンは魚や牛のタンパク質。食べれば消化されてアミノ酸になる。一方、体内で必要なコラーゲンはどんな食材由来のアミノ酸からでも合成できる。だからコラーゲンを食べれば、お肌がつやつやになると思っている人は、ちょっとご注意あれ。それは他人の毛を食べれば、髪の毛が増えると思うに等しい。」

 ふうん、他の生物の遺伝情報を解体するということなのかあ、そういう行為だったのかあ。科学者のこの情報に瞠目。

 秋に収穫した黒豆を煎って、ときどき食べている。ぽりぽりぽりぽり、噛む力が少しいる。噛めば噛むほどおいしい。

 暮れから帰ってきていた四歳になる孫娘が、この煎り豆の存在に気づいて、ぽりぽり食べ始めた。

「おいしい、おいしい」

 小学三年生になるその子の姉も食べ始め、小学四年生の男の子の孫も食べ始めた。

 煎り豆は、口の中で噛み砕かれ、唾液で柔らかくなり、芳しい豆の味が濃厚になる。食べている孫たちは、遺伝情報のことなど知りもしない。

 ただ、おいしい、だから噛み砕く。

 煎り豆のおいしさに気づいたということ、煎り豆というもっとも原初的なものを、おいしいと感じたということ、そして煎り豆を噛み砕いて食べることが、命を活気づけるということ、孫たちは教えられるまでもなく、そのことを分かって食べている。

 

2016-12-28

[] 日本の学校は?  日本の学校は?を含むブックマーク


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 無表情でぶっきらぼーで、どことなく暗い感じのする彼が、小声でぼそぼそ語り出した。それまであまりしゃべりたがらなかったのに、突然語りだしたのは、彼が語る気になったからで、語る気になれなかった状態から解かれたからで、その変わり目が来て表情が変化した。無表情が消えて、表情が生き生きとしてきたのだった。この夏までドイツの高校へ留学して三カ月体験し、来年また一年間行くという話、それにぼくが強い関心を示したからだった。

 彼は話した。日本の中学校の学校体制、それは彼を束縛するものでしかなかった。しゃくし定規な指導、管理体制、硬直した授業、自由度のない教師たち、たぶんそういう学校に息が詰まったのだろう。彼はその状態をなかなか的確に話した。

 彼のように息の詰まった生徒は、生気を失い、無気力になり、現状に不満を抱き、批判的にもなる。そうなれば、教師たちの彼への見方がどうなるか、ぼくは充分に想像できる。理解できる。教師の偏頗な見方が彼に注がれたのだろう。だから彼もまた自由度を失い、自由な学習をそこに見出すことができなかった。そこで彼は日本を脱出することにした。自分でそう考え、そうする道を調べた。情報をネットで調べるとドイツ留学が見つかった。家族も支援してくれて、彼はドイツへ行った。そして三か月間体験的に学校に通って、地元のサッカークラブにも入った。彼は、日本にはないドイツ学校教育スポーツクラブのゆとり、自由度、教育への支援態勢、合理性、教育観、ドイツ人の友好性を知った。体験した。

 自己を語りだした彼は実に饒舌だった。

 彼が適応できなかった日本の学校教育の話には、ほんとうにぼくもそうだと思う。いったい戦後71年かけて、日本は何を生みだし、何を積み上げ、何を確立し、何を目指しているのかとぼくは痛切に思う。

 「学校は、わが学びの場にあらず」と、学校を見放した十数万人の子どもたちのいる日本の現実。それは単なる不適応ではない。

 海外留学、それは彼にとっては希望になっている。スウェーデンノルウェードイツなどの国では、留学生に対しても教育費無償に近い支援があるという。

 行っておいで、来年一月の末からドイツへ。

 ぼくは応援したい。彼はそれまで、ここで勉強する。

2016-12-21

[] 非常事態宣言  非常事態宣言を含むブックマーク


f:id:michimasa1937:20100418063625j:image:w360

 今朝は霧が深かった。夜明けとともにランを連れて散歩に出ると、五十メートル先は白い幕におおわれて何も見えない。霧の中からぼんやりと人影が現れた。誰かと思えば中村さんだ。向こうも犬を連れている。

「吉田さんかい、そちらの犬何歳かね。」

「11歳ですよ。」

「へえ、それにしては元気だね。」

 中村さんは畑の間を消えていった。

 野の道を行く。穂高地区から堀金地区に通じる間道を、例の小型スポーツ車が時速60キロぐらいで突っ走って集落の中へ突っ込んでいった。いつもこの時間の通勤だ。霧が出ようが、集落の中だろうが、お構いなしだ。

 交通事故死が増大し、長野県知事は「交通事故死非常事態宣言」をこの秋に発した。だがドライバーの意識は何も変わらない。

 「国家非常事態宣言」というのは、治安維持上急迫した危険が存在する時、内閣総理大臣が布告する宣言だが、1954年の警察法改正で「緊急事態」と改称されている。長野県の「交通事故死非常事態宣言」は、一種のキャンペーン的表現に過ぎない。宣言を出して何か意識改革の取り組みが行なわれているのかと言えば何もない。

 戦前は、「戒厳令」というのがあった。「国家非常事態宣言」より強い行動を伴う。戦争・事変に際し、立法行政司法の活動を、軍の機関に委ねる命令だ。これが発令されると人権の広範ないちじるしい制限がなされる。これは軍の強権を使って、国家を護持するもので、今の日本には存在しない。存在しないのが正常。強権は要らない。しかし実態現場に立って市民の意識を変える取り組みは必要だ。

 「サラリーマン化した教師」と、戦後すぐによく言われた。「教師は聖職」とした戦前から、戦後は「教師労働者」となって、「サラリーマン化」という批判が出た。だが今はもう「サラリーマン化した教師」と、ことさら言われることはない。サラリーマン化をいうなら、現代の実態を見れば、「サラリーマン化した公務員」、「サラリーマン化した議員」もいる。「サラリーマン化」、この言葉にこめられた意味は何か。給料で働くサラリーマンであることは事実。だが給料をもらうためにその職に就いたのではない。給料をもらうために教師、警察官、公務員議員になるものではない。

 サラリーマン化が進行するとどういうことになるか。

 上役や同僚に合わせて、できるかぎり手抜きをして、さからわず、適当に無難に、仕事をこなす。既定路線を無難に行こう。民の暮らしの現場を肌で感じなくともよい。市民の意見や心情をキャッチしなくてもよい。

 米軍普天間飛行場辺野古への移設計画で、最高裁判決を出した。埋め立ての承認を取り消した沖縄県知事を国が訴えた訴訟は、沖縄県が敗訴した。

 最高裁裁判官までがそうなってきているのか。前の知事が認めたものだから今度の知事がくつがえすことはできないのか。今の沖縄県民の意思はどうでもいいのか。

2016-12-19

[現代社会]子猫と子犬 [現代社会]子猫と子犬を含むブックマーク


f:id:michimasa1937:20101119071011j:image:w360

 ホームセンターにペットショップのコーナーがある。

 子犬や子猫が、ガラスの小部屋に入れられて、

 陳列されている。

 種類ごとに一頭ずつ、

 商品として、

 買ってくれる人が現れるまで、子犬、子猫は小部屋で過ごしている。

 暖房完備、快適空間、

 ぐっすり眠りこけている子がいる。

 おもちゃで遊んでいる子がいる。

 歩きまわっている子がいる。

 毎日ひとりぽっち。

 ガラスケースの外に人間がいて、自分を見ている。

 そのことに、気づいているのか気づいていないのか、

 人間に視線を向けることはない。

 一枚の厚いガラスのしきりは、

 外と内を完全に遮断している。

 子犬や子猫は、小部屋の中で、

 一日、孤独な時を過ごす。

 飼育係の人が現れるときがいちばんうれしい。

 早く目と目と見交わす人が現れないか。

 早く体と体で触れ合う人が現れないか。

 子犬と子猫は待っている。



 ガラスケースの前に、

 一人の若い女性がいた。

 客用に置かれた椅子に座って、

 子猫を見ていた。

 一時間そこに座って見ていた。

 子猫の何気ないかわいいしぐさに、笑みが浮かぶ。

 かわいい、何をしていても、その動作はかわいい。

 女性は、そこに二時間座っていた。

 

2016-12-16

[] とらわれない人  とらわれない人を含むブックマーク


f:id:michimasa1937:20141220172138j:image:w360

 「君の名」のプロデューサー川村元気が、こんな話をしていた。

 あるとき、ケイタイをどこかへ落としたらしい。そのまま、電車に乗った。ケイタイを持っていたら、車内に入ればすぐさまケイタイを手に持ってそれに集中するところだが、ケイタイがないから窓から外を見ていた。すると空にきれいな虹がかかっていた。久しぶりに見る虹だった。そこでふっと車内に目を転じると、車内の人びとはひたすらケイタイに目を注いでいた。虹に気づく人、見る人は一人もいなかった。

 ケイタイをなくす。そのことで虹に気づいた。なくすことで気づくものがある。

 川村はそう言った。自分を拘束しているものに気づかず、とらわれていることを感じることなく、無意識に縛られることによって別の世界、別の価値に気づかない。現代人はそういう目くらましの文明の世界に生きている。美しい虹が出ていても、見ることもしない。逆にそれはまた、恐ろしい危機が迫っていても、それに気づかず感じずということにもなりかねない。

 川村の電車内の体験から思いだしたことがある。何十年も前のことだが、新聞のコラム欄に出ていた話だ。

 夜遅い電車の中でのことだった。車内は帰宅する通勤客で座席は全部埋まり、どんよりした疲労感が充満していた。吊皮を持って立ちながら居眠りしている人もいた。一人の若い女性が窓から射し込む月光に気づき、外を見ると、美しい月が空に煌々と輝いている。なんとすがすがしく清らかな月であることか。満月のようだ。女性は、この美しい清冽な月を車内の人たちに見てほしいと思った。見せたいと思った。そこで、列車の後尾にある車掌室へ行って、車内放送してほしいと頼んだ。車掌は、窓の外を見て、本当に美しいと思ったから、マイクを持って、車内の乗客に伝えた。

「いま、月がたいへんきれいです。月を眺めてみませんか」

 放送が流れると、その思いがけない放送に人びとの意識が変化した。何人もの乗客が窓から外を眺めた。空に煌々と輝く月。

 車内の疲れ淀んだ空気が薄らぎ、人々の心のなかへ、一筋の清冽な空気が流れた。

 車掌に頼んだ女性、その頼みを受けて放送をした車掌、この二人は自分の感動を人々と共有しようとした。そうして実行した。

 拘束するものから自由な人であった。

タブロウタブロウ 2016/12/22 18:10 こんばんは。ずっと読ませていただいています。
今回の記事、たいへんいいお話しでした。(すこし涙)
そして、いい写真ですねぇ。これは山に登らないと見られない風景ですね。

michimasa1937michimasa1937 2016/12/23 10:47  この写真は、家のすぐ近くから撮った写真です。月が煌々と輝く夜に、雪山が月光に浮かび上がる時があります。なんとも神秘的な光景です。車を運転したりしていたら、決して見ることのできない光景です。視線を遠くに移して、歩いていて気づく景色があります。このごろは街の道路を歩いていても、視界を狭め、閉ざしている人が多いですね。

2016-12-14

[]  振り込め詐欺   振り込め詐欺を含むブックマーク


f:id:michimasa1937:20121110022453j:image:w360


ミヨさんは歩くと脚が痛いから、

新聞に出ていた広告のサプリメントを電話で注文した。

お金を払い込み、送られてきたサプリメントの錠剤を毎日飲んだ。

一か月ほどしたら電話があった。

金を払ってほしい、2万7千円。

私はもう払いましたよ、ミヨさんが答えたら、

払っていない、即刻払え。

そんなお金ありません。

ミヨさんが電話を切ると、また電話が鳴った。

弁護士だ、30万円払わないと大変なことになるぞ。

そんなお金ありません。

そしてまた電話が来た。

払わないと家を燃やすぞ。どうなるか分からんぞ。

怖くなったミヨさんは、金を振り込もうかどうしようかと思いながら郵便局へ行った。

おどおどしたミヨさんを見た局員が、どうしましたか、と聞いた。

訳を聞いた局員は、すぐに警察に行きなさい、と言った。

ミヨさんは、その足で警察に行った。

訳を話すと、よく来たね、と警察官が言ってくれた。

警察はサプリメントの会社に電話を入れた。

その代金は支払い済みです、という答えが返ってきた。

警察官は、これから絶対その電話に応じたらいけません、警察が守ります、と言ってくれた。

翌日、おびえた声でミヨさんが我が家に電話をした。

ちょっと来てくれんかのう、助けてくれんかのう。

か細い声に、跳んでいくと、いきさつを話し、

食べものものどを通らん、体も動かん、心臓もおかしい、と弱っていた。

ショック症状だった。

医者へ連れて行ってほしい、いつもの医者へ。

わかった、すぐ行くよ、

車にミヨさんを乗せ、二人暮らしのお姉さんも乗せ、医者へ行った。

医者は、血圧が180あります、と言って点滴を打った。

1時間ほどして、ミヨさんを連れて帰った。

医者にその出来事を話しましたか、とミヨさんに聞いたら、

医者は忙しくて、次つぎ患者が来るから、話す暇なんかなかった。

そりゃだめだよ、どんなに忙しくても、精神的なショックの原因を話さなけりゃ。

あの医者はこわくて、ぼろくそに言うから言えんだよ。

でもねえ、患者の話に耳を傾けない医者は失格だよ。

ミヨさんは、玄関のドアに名刺を貼った。

これを貼っておけば、悪い奴が来ても、これを見て逃げていくからね。

警察が、この名刺を玄関のドアに貼っておきなさいと、言っただよ。

警察官の名前が書かれていた。

2016-12-09

[] 社会の底  社会の底を含むブックマーク



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 「社会の底が抜けた」という言葉をこの頃よく目にする。底が抜けてしまったら落ちるところまで落ちて行く。崩壊である。今や、底が抜けた感じだ、どこまでも落ちて行くか。危機感がこの表現に込められている。これ以上悪化させない。ここで踏みとどまって、悪化を阻止する。そういう社会力が社会をつくっていくのだが、それを喪失した人間たちの群れになってきているのではないか。

 沖縄の人たちに対して「土人」とののしった機動隊員の発言を「差別ではない」と擁護する松井大阪府知事や鶴保沖縄北方大臣。街の中をデモしながら、ヘイトスピーチを叫ぶ人たちも、インターネットに扇情的差別的書き込みをする人たちも、人間としての底が抜けている。

 社会がそうなるのは、権力を握っている者たち、経済的に優位に立っている者たち、政治を動かす人たち、自分たちが社会の中心だと思っている者たちの底が抜けてきているからでもある。

 文化人類学者の出口真紀子さんが、

「人種や民族、女性、少数者に差別感情を抱いている人は常に一定数いるが、トランプ氏は選ばれて、差別に対するタガが外れた。日米で共通しているのは、差別の対象にならない多数派の多くは危機感を抱いていない」

と書いていて、そのように社会が落ちて行くのは、人権教育に根本的な欠如があるからだと主張している。確かに学校教育に欠如はある。さらに家庭にも欠如があり、地域社会にも教育的欠如がある。

 それらの欠如によって、社会が崩れていく。

 福岡伸一氏が、

 「私はアメリカ平衡感覚を信じたい。急激な変化には揺り戻す力が必ず働く。」

と「動的平衡」に書いていた。

 日本は、15年戦争という「社会の底が抜けた」手痛い打撃を経験した。そして71年を経て現在がある。現代の日本社会15年戦争の「底」の惨劇を忘れているか、知らないでいるか、不思議な感覚が社会に漂っている。「社会の底が抜けているのではないか」と思える事例は枚挙にいとまがない。

 、

2016-12-06

[] 阿修羅   阿修羅を含むブックマーク


f:id:michimasa1937:20110224144035j:image:w360

 奈良阿修羅を見に行ったのは二十代の頃だった。五十年も前のことだ。興福寺五重塔を右に見て、ひとり奈良公園の木立ちと芝生のなかを歩いていった。阿修羅像、天平の仏、それだけを見たい。写真に見る阿修羅の顔と姿には、長い歴史を超越して、今に生きる者の魂、心を感じた。阿修羅に直接会いたい。

 ぼくは阿修羅の前に立って、阿修羅と対面した。館内に人はいなかった。ぼくは、ほーっと息をつき、言葉にならなかった。ただただ見つめるばかりだった。阿修羅は、生き方を変え、人の世を悲しみ、憂え、無言で祈り続けた。天平の祈りは今も止むことのない人間社会の争乱や悲哀、苦悩への祈りだと思った。

 1949年に婦人民主新聞に発表されたという「阿修羅」の詩があった。作者は婦人運動の指導者だった。

   

      阿修羅

            苅田あさの

  ここに阿修羅は立っている

  三つの顔と

  六本の細い長い手をもって

  可憐な少年の姿をした阿修羅は ここに立っている

  

  せい一ぱい みはって

  一てんを みつめている

  この眼が涙をはふりおとさないということがあろうか

  しんけんな必死な願いが

  ひきよせた眉根の

  かすかな隆起をつくっている


  うぶげもみえそうな 子どもらしいくちびる

  歔欷(すすりなき)をおさえて

  かみしめられている

  こんなあどけない顔に刻みこまれているために

  このかなしみは更にいたましく さらに切ない


  うでわのはまった蜘蛛のように細くながい手

  その手は胴のあたりで

  折れんばかりに うち合わされている

  その手はたえかねた叫びのように

  のろのろと天へ さしのばされている


  どんな無法なあつい願いが

  どんな無法な切ないなやみが

  この半分裸の下袴だけの かぼそい少年らしい体を

  おしたおそうとしているのか


  三つの顔と

  六本の手と

  求めなやみ あこがれ もだえる

  人間の永遠に幼いすがたをもって

  阿修羅はここに立っている

2016-11-26

[] スペシャル・ミール  スペシャル・ミールを含むブックマーク


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人生の最期の食事に、

「食べたいものは何でも準備するよ、何が食べたい?」

と言われたら、自分なら何を言うだろう。

朝刊で、藤原新也が、死刑囚が明日は死刑執行されるという前日の夜の食事のことを書いている。最後に食べたいものを自分で注文できる。アメリカではそれをスペシャル・ミールと呼ぶのだと。

そうすると死刑囚が注文するのは、

フライドチキンやステーキ、

ホットチーズサンドイッチ、

チーズ、パイ

目玉焼き

など、平凡な庶民のそこらの食べ物ばかり。なかには、ケンタッキーフライドチキンという銘柄まで指定する人がいた。

 そこで藤原が書く。

「人間とはそういうものだ。小さい時から慣れ親しんだ平凡だが思い出にからんだ食べものこそ舌が求める。」

貧困や暴力、疎外や孤独の暮らしの中で生きてきた人は、特別なおいしい食べ物として世に言われているメニューなんて、口にしたことがない。多くの死刑囚が食べたいと言うのは、日本の場合なら何だろう。マクドナルドのバーガーか吉野家の牛丼か、と。

そして藤原が、自分の最期の夕食の注文を許されるなら、と書いたのは、

大根の葉の漬物の千切りに、オカカをまぶし、醤油をかけ、メシに混ぜ込んだもの。

どうしてそういうものを注文するかと言えば、

「幼稚園に上がる前、私は真夜中に母に空腹を訴えた。母は困った顔をしていたが、台所に行き、ありあわせのメシとお茶を運んできた。」

それが、大根の葉の漬物の千切りに、オカカをまぶし、醤油をかけ、メシに混ぜ込んだもの。

子ども心に世の中にこんなにおいしいものはないと感じた。」

食べものとはそういうものだ、高級懐石料理とかフランス料理のフルコースとかではない、と。

子どものころに、親が作ってくれた食事、それをおいしいと思って食べたこと、身体と心が感じた食べもののうまさ。そこにはそれを用意してくれた人の愛情がこもっている。

そして藤原は、自分の兄が最期に、食べたものを書いている。

兄は59歳でガンで亡くなった。流動食しか受け付けない兄が、イカソーメンに箸をつけて食べたという。それは奇跡だった。

「私はその小さな奇跡を横から眺め、目頭が熱くなった。門司港で生まれた私たちはよくイカを釣りに出かけ、その場で千切りにして醤油をかけて、おやつがわりに食べた。最後の食卓で兄の記憶がよみがえったのかもしれない。」

この文章を読んで、二つのことが頭をよぎった。

ぼくが教えていた男子生徒がこんなことをぼくに聞いた。

「先生、今晩何を食べますか。」

「今晩? 何かなあ。奥さんが作ってくれるから分からないなあ。」

どうしてそんな質問をするの? 不思議に思って聞くと、

「母親に食事を作ってもらっていない」と言った。

毎日コンビニで買ってきて食べるのだと言う。そこでぼくは自分で作れば? と言って、肉じゃがとかいくつか作り方を教えた。弟もいるから弟の分も。

彼の子ども時代の「母の味」とは何なのか。結局彼の食べ慣れたものはコンビニの弁当になるのだろうか。

頭によぎった二つ目は、新聞に報道されている大物政治家食事だ。膨大な政治資金。それが彼らの食事代になっている。「交際費」「会議費」の名目で、超有名ホテルで飲み食いしている。麻生が代表を務める政治団体支出はこの二年間で、39850000円。そのうち16700000円を会員制クラブでの飲み食いだ。稲田朋美防衛大臣の場合、ダントツで増えている。

庶民とはあまりにもかけ離れた、大物政治家の豪華な食事。自分の懐とは関係なし、じゃぶじゃぶおいしいものが食える王様暮らし。これが民主主義日本の政治家。

彼らにスペシャル・ミールは? と聞いたらなんと応えるだろう。

お茶漬けだよ」

2016-11-25

[] レタス   レタスを含むブックマーク


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朝食の鉢の上にたっぷり積まれたレタスの葉、

みずみずしい緑葉に、

黄色い針のようなものがくっついている。

今朝は氷点下3度、

昨日の雪が、庭の菜園の畝間に残っている。

レタスキャベツ、白菜、

小松菜、太ネギ、大根

ホウレンソウ

どれもこれもシャキッと、

すがすがしい緑色を誇り、

今朝はそこからワイフがグリーンレタスの葉っぱを摘んできた。

針のようなものは、それにくっついてきた。

ワラくずにしては細すぎる。

レタスの葉っぱから数本見つかった黄色いもの、

なんだい、これ?

ああ、カラマツだ。カラマツの葉っぱだ。

カラマツの黄葉は、風が吹くと、

無数の黄色い光の針になって舞い落ちる。

庭に伸びたカラマツは、小鳥が種を運んで来たのか、

それとも山のカラマツ林から種が風に飛ばされてきたのか、

庭の隅から芽を出し、6メートルほどの高さに育った。

庭のカラマツは、まだ青年の樹だ。

青年の樹が、初冬の太陽に、黄金の葉を撒き散らす。

冬眠に入る前の、華麗な儀式。

グールモンの詩が頭に浮かぶ。


   シモーヌ、木の葉の散った森へ行こう

   落ち葉は苔と石と小径とをおおうている

   シモ―ヌ、お前は好きか、落ち葉ふむ足音を


   落ち葉の色はやさしく、姿はさびしい

   落ち葉ははかなく捨てられて土の上にいる

   シモ―ヌ、お前は好きか、落ち葉ふむ足音を


   寄り添え、われらも いつかは哀れな落ち葉であろう

   寄り添え、もう夜が来た、そうして風が身にしみる

   シモ―ヌ、お前は好きか、落ち葉ふむ足音を

 

2016-11-20

[] 「正露丸 「正露丸」を含むブックマーク


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 太平洋戦争の激戦地だったガダルカナル島で、今も旧日本軍の兵士の遺骨収集をしている人たちがいるという。

 遺骨収集は、日本兵の遺族と、「全国ソロモン会」の人たち、そしてNPO法人「JYMA日本青年遺骨収集団」らが行っている。

 島にはまだ約7000人の遺骨が土に埋もれ、風雨にさらされている。


 収集団の人たちが丈高き草をかき分ける。密林の急斜面で遺骨が次々と見つかった。

 軍服のボタンが見つかり、日本兵であることは間違いない。

 歯が見つかり、頭骨が現れ、その脇にガラスの小瓶があった。

 かすかに「正露丸」のような臭いがした。


 ここまで記事を読んで、しばらくぼくは瞑目した。

 「正露丸」の臭い、あの強烈なクレオソート臭。それが75年の時を経ても残っていた。

 風化はしていなかった。


 日露戦争のときに兵士が持って行った「征露丸」、露西亜を征伐するという名前の腹薬。

 アジア太平洋戦争が終わって平和国家になってから、「征」はよくないと、「正」の字に変えられた。

 ぼくは登山や旅行には「正露丸」を必ずザックの中に入れた。


 土色になった遺骨、その脇に「正露丸」は生きていた。

 75年たって尚、兵士たちの霊魂は故郷に帰ることができないでいる。

 彼らを野ざらしにした母国は、そのことを忘却してしまっているかのようだ。

 我が叔父・茂造さんは、海軍に召集され、サイパン沖で海の藻屑となった。

 叔父の遺骨は還らなかった。

 75年の年月を経れば、遺骨は海流に流され、故国日本の海のどこかに、今も漂っているのではないだろうか。