海外生活奮闘記:イギリスの菜食主義とベジタリアン食品 (毎日新聞)


毎日jp(毎日新聞) 2010年3月17日
http://mainichi.jp/life/weekly/news/20100317wek00m040001000c.html

古くから農耕が行われ、バラエティーに富んだ農作物が収穫される国日本。牧畜が盛んで、気候が寒いために限られた農作物しか育たない国イギリス。日本には長い歴史を持つ精進料理もあって、ベジタリアン(vegetarian)用の食材もメニューも、日本の方がずっと豊富であるような気がします。ところが、私の周囲を見渡したところ、ベジタリアン人口となると、日本よりイギリスの方が断然多いのです。今回はそのイギリス菜食主義事情についてお届けします。


ベジタリアンが珍しくないイギリスでは、ほとんどのレストランやファーストフードの店などでも、ベジタリアン用のメニューが用意されています。ベジタリアン専門のレストランやカフェもあります。また、健康食料品店やスーパーの一角にもベジタリアン用の食料品が取りそろえられ、料理の本も多く出版されています。また、ポール・マッカートニーさんのように菜食主義を実践、奨励している著名人も少なくありません。


イギリスの人々がベジタリアンになるのには、いろいろな理由や事情があります。過多の肉食が引き起こす病気にかからないように。ダイエットや美容のために。あるいは、宗教上の理由から特定の食肉を食べない人もいます。動物愛護の精神から動物を殺してその肉を食べるのは忍びないという理由で菜食主義に徹している人もいます。さらに近年、牧畜は農耕に比べ地球の温暖化や環境破壊を進めると言われ、エコロジーの観点からも菜食が支持されるようになってきています。


イギリスの人々がベジタリアンになる理由もさまざまならベジタリアンである程度もさまざまです。中には動物の肉さえ食べなければ、魚介類を食べても、ベジタリアンを自称している人々や、一方で動物性の食品のみならず、動物から生産される品を一切使用しない徹底したベジタリアンもいるようです。動物愛護の精神から徹底した菜食主義を実践する人々は、ビーガン(vegan)と呼ばれています。ビーガンの人々は動物を殺さなくても、生産可能な卵や乳製品、はちみつなども口にしません。毛皮はもちろんのこと、革や羊毛、絹製品などを使用したり、身につけたりすることもないようです。


このように、ベジタリアンの存在が広く受け入れられているイギリスでは、専用の食材なども手軽に手に入れることができます。以前、サンデーランチの回でご紹介したナッツ類をローフ型に入れてオーブンで焼いたナットロースト(nut roast)もその一つです。ナットローストは、ロースト肉の代用とされています。大豆やその他の豆類を原料とするベジタリアン用のソーセージやバーガー、ナゲット、ミンチタイプの食品などもあります。豆類はベジタリアンの人々にとって重要なタンパク質源となっています。人気が高く、スパイスで味付けされたもの、スモークされたものなど、日本では見かけない洋風の味わいの豆腐が売られています。


さらに近年、食肉に代わるタンパク質源として、クォーン(Quorn)と呼ばれる製品が人気を集めています。クォーンはキノコの仲間から培養されるマイコプロテイン(mycoprotein)を原料にして開発された新しい食品です。マイコプロテインは低脂肪、高タンパクで、食物繊維も豊富に含んでいるとのこと。冷凍のもの、冷蔵状態のもの、ミンチ肉や細切り肉のような食材状態のものからソーセージ、バーガー、ナゲット、切りハム、ミートパイ、スコッチエッグなどに加工された状態のものまで幅広い製品が売り出されています。


わが家はベジタリアンではありませんが、食卓にベジタリアン食品がのぼることもあります。スパイスなどでしっかり味付けがされているベジタリアン用のソーセージやバーガーなどは美味しくいただけますが、ソヤミンス(soya mince)と呼ばれる大豆からできているミンチの代用品は、やはり牛肉のミンチ肉のようにはいきません。狂牛病が流行していたころ、わが家では、牛肉の代わりに乾燥状態で売られているソヤミンスを利用していました。水で戻し、普通のミンチ肉と同様に調理すればいいので手軽なのですが、牛肉の味わいはなくパサついてしまいます。


クォーンはまだ試したことがなかったので、この機会に試してみることにしました。味の付いている加工品ではなく、冷凍の鶏肉を模した細切り肉(chicken style pieces)を選びました。冷凍のまま調理できるようなのですが、解凍してみると、過熱されたささ身のような外観になりました。他の材料と合わせて調理し、試食してみると、食感もささ身のような感じ。ただ本物と比べるとコシがなく、味の方もキノコの仲間という先入観も手伝ってか、やはり本物の鶏肉に近いとは思えませんでした。けれども、見た目も食感も、大豆製品よりは肉に似ていて、近年、クォーン製品が売り上げを伸ばしているのもうなずけました。


このように、イギリスではベジタリアンベジタリアンを志向する人向けに、植物性の食材を原料とした肉の代用品の開発が盛んです。けれども本物の味を超える代用品を作り出すのはとても難しいことのような気がします。一方で、大豆なら大豆、キノコならキノコ本来の味や食感を生かす調理方法で肉料理とは別の、けれども、同じくらい美味しいと思える料理を作るのはそれほど難しいことではないような気がします。そんなふうに思えるのは、私が食材そのものの味を生かす料理が豊富な日本で育ったからなのかもしれません。

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ギブソンみやこさんのプロフィル

京都府与謝郡与謝野町出身。京都教育大学教育学部卒業。30歳の時、実家の町と友好のあったイギリスの南西部ウェールズの町アベリストゥイスを親善訪問し、ウェールズ大学アベリストゥイス校の語学研修コースを受講。当時、ウェールズ大学の学生だった現在の夫と知り合い、1992年に結婚。同年よりイギリス中央部にあるニューカッスルに在住。1992年より2005年までニューカッスル近郊のワシントンにある北東イングランド日本人補習授業校講師。その後、「地球の歩き方」海外特派員ブログ、その他のウェブサイト、雑誌等でイギリスの暮らしぶりを紹介している。

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