都営団地の屋上から 「Miss Chaina」


酒屋のおじさんが「お、髪すっきりしたねえ」と言った
でも坊主にしたのは二ヶ月も前でそれから何度もこの店に来ているのだが
こういうのって何なんだろ?
俺は、
そうじをすると部屋中に髪の毛が落ちているが髪の毛が落ちる瞬間を一回も見たことがない



キムが
蝉を捕まえて
「リアルだ、リアルだ」と言って
体中に蝉を這わせている
キムはミンミン蝉やつくつく法師を捕まえる度にレアだと言って俺に見せる
こいつはいくつなんだろう
団地の駄菓子屋の、ヒッピーくずれの店主が
勝手に椅子と机を並べて作ったカードゲームの特設会場で遊ぶ小学生たちを
こいつは羨ましそうに見ている
遊戯王なのか、ヴァンガードでライドしてるのか俺には分からないが。



キム、
それよりあの園庭で
一輪車に乗っている、
じゃなくてその横にいる
いや、じゃなくてあの




俺は屋上から水風船爆弾を落とすと
砂ぼこりの階段を駆け下りて彼女のもとにかけよった
「すみません、僕の水風船を知りませんか?」



彼女は目を少し見開いて
両手を広げて大きなゼスチャーをしてから笑った
子どもたちは俺に風船をねだった
キムは屋上から軽蔑の眼差しを向けているだろう
あいつは俺が女とからむと、いつもそうする



彼女はカタコトであった
俺は子どもたちにアイスクリームをおごった
中国からきて一週間、親類がいるこの団地に今はいるらしい
だが、なぜ日本に来たの?という質問に対してはあまり日本語が通じない
「なぜ」という日本語が分からないのか まあしゃあない



俺たちは団地と団地の間にある園庭を歩いた
勝手に野菜を育てている人もいて茄子やトマトが色づいている
それから、区の福祉課の人とすれ違ったので挨拶をした



彼女は
ワンピースを着ている
眉毛が細く目がつりあがっている
高く美しい鼻と
笑みを絶やさぬ唇
白い肌と
薄っぺらい乳房と
大きな骨盤が
ワンピースのなかで。



とりとめのない話をする
好きな色は?
色は何ですか?
色はCOLOR


好きな犬は?
犬はよくないです
なんて゛よくないの?
?


好きな季節は?
ああ あーん 季節は何?
シーズン
?
Summer
Spring
Winter 
Oh 私は夏 好きです




意味がなくてもつたなくても
二人が笑えていることが素晴らしい
俺はドキドキしているし
これはデートだろう




蟻たちを踏まないように歩いているうちに
風が変わり
雲が空一面に雲が立ち込め
彼女は子どもたちとたぶん3006か7か5か8へ帰った
俺が手を振って彼女を見つめている時、彼女は一度もこっちを振り返らなかった
なぜか頭の中でMissChainaという言葉を繰り返した
振り返らないのが、大陸風なのかも知れない。