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お慈悲のままに このページをアンテナに追加

2017-11-23

The Time Is Ripe(機が熟す) The Time Is Ripe(機が熟す)を含むブックマーク The Time Is Ripe(機が熟す)のブックマークコメント

 法然はこれまで往生要集や、善導の疏(しょ)をいくたびか読んでもさほどまで心に触れずに読み過ごした文字がいったん心機が熟するや、全く新しい、神来的な光明をもって、新天地、新世界を啓(ひら)いて見せたのである。その文字は散善義の、         

 「一心に専(もっぱ)ら弥陀の名号を念じ、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)に時節の久近(くごん)を問わず、念々に捨てざる者、これを正定の業(ごう)と名づく、かの仏(ほとけ)の願(がん)に順(したが)ふが故(ゆえ)に」                 

 というのである。                                

 何故この文字がそれほど法然を歓喜させ、声を上げ、躍りあがり、流涕(りゅうてい)して、即座に安心決定せしめたのであろうか。                     

           (略)                           

  かの仏の願に順(したが)ふが故に                       

 これまで自分の力で救われようと自分の力から出発していたものが、全然これとあべこべに、仏の願力で救われるということにふと、咄嗟(とっさ)に思い当たったのである。ハッとした。ははあ、これだなと思う。これだからこそどうもうまく行かなかったのだ。いくら学問しても、思惟工夫(しいくふう)しても、観念を凝らしても、瑜伽三密(ゆがさんみつ)の観法を行じても救われなかったのは皆自分の力で救われようとしたためだ。そうだ。他に唯一つ道が残っている。それは仏の願によって救われる道だ。他力の救済だ。    

 【 『法然と親鸞の信仰(上)』 倉田百三 講談社学術文庫 】           

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 法然上人は、比叡山で智慧第一と言われたほどの頭脳明晰な人でした。しかし、一切経を五度も読み返しても、また、ここに書かれていますように、中国の高僧、善導大師著の『観無量寿経疏』を何度か読み返しても、仏願に対する疑義は晴れなかったのです。     

 ところが、その一文(上記)の中の「かの仏の願に順(したが)うが故に」の文字が「いったん心機が熟するや」心の奥に響いたのでした。即ち、自力では救われない、「仏の願力によって救われる道だ。他力の救済だ」と気づかれたのです。             

 まさに仏願による救いの機が熟したのです。言いかえれば、前回書きましたように、救いの時節到来と言ってもいいでしょう。                        

 倉田氏の上記著書全般からは、                          

 機が熟するまでの法然上人の並々ならぬ努力が偲ばれます。             

(I do think of the outstanding efforts Saint Honen had made until the time

was ripe for Amida Buddha’s salvation. )


[広辞苑] より

※流涕(りゅうてい):涙を流すこと。                       

※瑜伽:[仏] 密教で、行者の身・口・意の働きが仏のそれと合致すること。       

※三密:[仏] 密教で、仏の身・口・意の働きをいう。人間の思惟の及ばないところを密という。また、人間の身・口・意の三業も、そのまま絶対なる仏の働きに通ずるところから三密という。