Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(6)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(1) ぼくは「永遠の世界」から,生活世界のきみを追想する


そして,そんななにもない,どこにも繋がらない場所で,ぼくはぼくを好きでいてくれるひとだけの存在を,もっと切実に大切に思うのだ。
きみと一緒にいられること。
それはこの世界との引き替えの試練のようであり,また,それこそがこの世界が存在する理由なのだと思う。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅲ)

  ここまでの検討では,「永遠の世界」については,ひどく内閉的で「静止した世界」*1という印象が伴ってきたように思われる。ところが,実際には,「永遠の世界」に在る「ぼく」が,かつて過ごした生活世界―ヒロインとの間に絆を獲得していった日々―を追想していくと,それに呼応するかのように「永遠の世界」の固定性も揺らぎ始めて,徐々にその律動感を増していく。「あんなにも心に触れてくる」からと「思いを馳せ」*2,自ら望んだはずの「永遠の世界」に対して,「ぼく」は疑念を抱き始めるのである。

(どうしてぼくは,こんなにも,もの悲しい風景を旅してゆくのだろう)
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅲ)

それはこの世界を蔑んでいることになる。
彼女を含むこの世界を。
…気づいているだろうか?
この僕の猜疑心に。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅴ)

なにも失わない世界にいるぼくは
なにをこんなにも恐れているのだろう。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅵ)

  「永遠の世界」が,上述の通り,物理的・地理的に実在する内面世界なのだとすれば,自意識が揺らぐと物理的な安定も失われてしまうということは,大いにあり得る。そして,疑念を抱くだけに留まらず,

(ねぇ,たとえば草むらの上に転がって,風を感じるなんてことは,もうできないのかな)
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅳ)

望むというのであれば,「永遠の世界」で一緒に在る少女の手助けを得て,「いつも見える世界の外側」に在ったはずの「ぼく」は,

彼女が僕の背中に回って,そして両腕で僕の体を抱く。
(いい?)
(あ,うん…)
(雲が見えるよね…)
すぐ耳の後ろで声。
(見えるよ)
(ゆっくりと動いてるよね)
(そうだね。動いている)
(あれは,何に押されて動いてるのかな)
(風)
(そう,風だね…)
(風は,雲を運んで…ずっと遠くまで運んでゆくんだよ…)
(…世界の果てまでね)
(………)
草の匂いが,鼻の奥を刺した。
それは風に運ばれてきた匂いだ。
(きたよ…風…)
(そう,よかった)
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅳ)

風が運ぶ雲の動きを知り,風が運ぶ草の匂いを感じることができるようになるというのであり,いよいよもって世界は動的なものへと転じていく*3
  こうした「永遠の世界」における静から動への変化,その後「ぼく」が「永遠の世界」から離脱するに到るまでの一連の現象は,結局のところ,過去の生活世界における出来事について,「永遠の世界」に在る現在の「ぼく」が追想し,ヒロイン=「きみ」とのかけがえない絆という物語化*4に成功したことによる所産に過ぎないということになる。
  とするならば,これまでの検討の限りでは,過去(生活世界)から現在(永遠の世界)に到る因果関係があるだけのことであり,時系列に関する現象はそれ以上でもなければそれ以下でもない。

*1:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅱより。

*2:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅰより。

*3:佐分利奇士乃「『ONE』雑論:自分を現実からデリートしないために」(1999年初出,同人誌『永遠の現在』306頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収),then-d「『ONE』〜視点の問題を中心に〜」(2001年2月初出,同人誌『永遠の現在』16頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)による検討。

*4:出来事の意味を後付けすること。出来事が遡及的に発生するわけではない。