『ダ・ヴィンチ・コード』2007_05/06

朝から外出していて、志の輔らくごのキャンセル待ちがとれたので、時間調整のため、ド・トールで中巻を読了し、そのまま下巻へ。
次から次へと仕掛けられた罠は、主人公を翻弄するだけでなく、読んでいるこっちまで、あっちへウロウロこっちへウロウロ、ことの成り行きにハラハラドキドキする。下巻は「え、まさか!」の連続。

ダ・ヴィンチ・コード(中) (角川文庫)

ダ・ヴィンチ・コード(中) (角川文庫)

ダ・ヴィンチ・コード(下) (角川文庫)

ダ・ヴィンチ・コード(下) (角川文庫)

志の輔らくご in PARCO其の壱@パルコ劇場

昨日は、見事に討ち死にしてしまった当日券予約に、今日もトライ。「あ、かかった!」と思ったら、当日のキャンセル待ち。でもまぁ、キャンセル待ちしなけりゃ見られないのだから、とりあえず行ってみることにして、申し込み。開演予定時間の5分前に、無事、入場。
この志の輔師匠の会は、其の壱から参まであって、各1席ずつはネタだしされているのだけれど、他はヒミツ。なので、一番感動した主任ネタについては、まだUPできないので、「メルシー雛まつり」以外の感想は、下書きモードにしておきます。

「メルシー雛まつり」は、パルコで初演された志の輔師匠のオリジナル。ラストにとてもステキな仕掛けがあるのだけれど、それはパルコ以外の場所ではなかなか再現できないので、そうそう聞くチャンスはない。
これを初めて行ったパルコで初演を聴いて、「志の輔師匠のパルコは、どんなに大変でも、なんとかして行くぞ!」と決意させられちゃったのであった。去年も聴いたし、今年はチケットがとれず、諦めかけていたところに、ネタだしされていない2席について、とある方から情報を得て「それは、ぜひ、行かねば!」と思い、結局3度目の再会。
話の展開はすっかり覚えているにもかかわらず、去年もやっぱりラストで泣かされ、さすがに今年は大丈夫だろうと思っていたのだけれど、やっぱりラストで泣かされてしまった・・・。悔しい!(笑)。

1席目の「七福神の新年会」は、志の輔師匠らしい、ユーモアとサービス精神にあふれたオリジナル書き下ろし。七福神のキャラクターが目の前に浮かんで来るのは、さすが。そして、手品や算数問題などの”隠し芸”的な要素もあって、お正月らしい、朗らかに笑える楽しい1席となっている。
「あんた、誰?」と聴かれて、「せーの・・・七福神で〜す!」と答えるところが、繰り返し出て来るのだけれど、これがなんか”可愛いじいちゃん”モードで、すんごくイイのだ。

仲入りをはさんで、主任ネタは待ってました!の「中村仲蔵」。このネタ、一歩間違うと非常にクサくなって、見ているこちらが気恥ずかしくなってしまうのだけれど、果たして、志の輔師匠はどんな風に見せてくださるのか? 途中に長唄囃子連中による下座が入っていることは、あらかじめ知っていて、だからこそ、キャンセル待ちしてでも聴きたかった。
導入部分で、落語の場合は、師匠にもよるけれど、入って数週間から数ヶ月で高座に上がることは、珍しくない。これは、他の芸能にくらべると、とても珍しいことだと思う。他の芸能では、お客様にお見せできる芸を身につけなければ、舞台には出してもらえないけれど、落語は「一席覚えました」と言えば「そうか、じゃ、やってみるか?」と出してもらえるし、お客さんも「おお、前座さんか! がんばれよ! そのネタ、ちゃーんと知ってるから、聞くだけは聴いてあげるよ」という気持で聴いてくれる。ここが、大きな違いだと思う、とおっしゃっていたのには、ちょっとびっくりしたと同時に、さすが志の輔師匠、ちゃんとわかっていらっしゃるなぁと。
このお話は、仲蔵という役者が、どういう筋道をたどって名題になったか、という説明の一環だった訳で、これがいいか悪いかといったことは、志の輔師匠は何もおっしゃっていないので、念の為。
「鎌鬚」の件りがきちんとあることで、仲蔵のたどった道筋がくっきりとする。そして、いよいよ、眼目の「忠臣蔵」五段目の件りへ。それまで、”弁当場”と呼ばれ、勘平以外はたいした役者が出なかった五段目。名題に昇進して初めての芝居で、仲蔵がフラれた役が、その五段目の斧定九郎一役きり。これを断ることも、喜んで受けることもできない仲蔵の苦渋の選択は、新しい定九郎を生み出すこと。そのために向島の妙見様に願をかけたものの、よい思案は浮かばない。満願の日の帰り道で雨に降られ、目の前にあった蕎麦屋に飛び込み、雨宿りをしていると、そこにびしょ濡れの浪人ものが飛び込んで来る。彼の出で立ち、振る舞いを見た仲蔵は「コレダ!」と確信する。そして、それまでとは180度違う定九郎を演じてみせる。しかし、客席は水を打ったように静まったまま。舞台を終えて楽屋に戻っても、仲間の誰一人として声をかけてくれる者はいない。この間の仲蔵の真理描写が、すばらしい。新しいものに挑戦する、恐れと迷いは、常に新しい試みに挑む志の輔師匠だからこそ、という迫真の出来。そして、下座で本物の”忍び三重”が! これは、芝居で三味線を弾いていらっしゃる方だからこそ、という忍び三重だったと思う。パルコだからこそ、の演出。普通じゃない場だからこそ、ここまでやったんだろうなぁ。
失意のどん底に突き落とされた仲蔵は、上方へ行くといって家を出る。でも、実は死のうと思っていたことは、その後の團十郎との会話で明かされるが、出掛けに酒を半分飲んで女将さんに残りを飲めという件りで暗示される。そんなどん底の仲蔵を救うのは、客達のうわさ話。「よかったよ〜! 仲蔵の定九郎」という声を聞いて、その客に影からそっと手を合わせる仲蔵。もう、このあたりですっかり泣かされてしまった・・・。
志の輔師匠は、仲蔵にご自分を重ね合わせていらっしゃるのかなぁ?と、つい思ってしまった・・・。
いやはや、素晴らしい「中村仲蔵」を聴かせていただき、行った甲斐があっておつりが来た!