製図室にて
午前3時、愛用のMacの画面が時間を告げる。
無機質な白一色で整えられた製図室には、私と、同級生の加藤しかいない。
といっても彼は寝袋にくるまっていびきをかいている。
エスキス提出の前夜なのに、煮詰まっているのは私だけ。
他の仲間は早々に切り上げて散っていった。
孤独に耐え切れずTwitterのTLを眺めてみても、さすがにこの時間じゃTLの動きは鈍い。
何かの拍子にフォローしてしまった、いつ仕事をしているか全くわからないキ○ガイみたいな人のつぶやきでTLが延々と埋まっていく。
instagramで友人がアップする写真も、今の私には眩しすぎる。
はぁ、っと深いため息をつく。
このタイミングで、前回のエスキスで非常勤講師に言われた一言がフラッシュバックする。
「なんか方向性が根本的にズレてない?」
はあぁぁぁ。どうせいっちゅーねん!
建築学科って模型とか作ってもっと楽しいイメージがあったけど、今はひたすらもがいている。
着地点が見当たらないもどかしさ。
評価されることへの恐怖。
若さをひたすら消費していくんじゃないかっていう焦燥感。
気づけば10代ももうすぐ終わりを迎える。
思えば高校の同級生たちのようにオシャレなカフェでバイトしたり、ディズニー行ったり、友達とオールしたり、サークルに勤しんだり、そういうものを全部諦めてきた。
そして時間とお金を、スチボーやスプレーのりやバルサたちに捧げてきた。
彼氏もできた時もあったけど、彼も建築学生だったからデートはいつも建築めぐりだった。
別に良いんだけど、それデートって言って良いのか?っていう。
限りなくグレースケール。
RGBとは言わないが、せめてCMYKにしたい。
そうやっていつものようにグルグル思考が空回りしだして、気づけば3時半。
30分、何も進んでいない。眠さだけが増している。
やばい、何かしなきゃ。
とりあえず、敷地模型に昼間に買ったスタバのカップを置いてみる。
周辺の街並みに全く調和しないスタバのトールラテ。
こんなの建てたら顰蹙もんだろうよ。
自分の行為に一通りツッコミを入れつつ、でも安藤さんも「都市ゲリラ」とか言ってたしな〜、ひょっとしてこれも見ようによっては建築なんじゃん?プライザーの人置いたら、割とアリなんじゃないの?と思ってチマチマ並べてみる。
・・・思いのほか建築っぽくなってしまった。
先生も「斬新でいいじゃん」って褒めてくれるかもしれない。
んな訳あるかボケ。
一瞬頭をよぎった希望は、次の瞬間には霧散した。
ちゃんと考えよう、ちゃんと・・・
スケッチしていた紙をくしゃくしゃに丸めて、また計画はタブラ・ラサに戻ってしまった。
ほどなくして、私は気を失うように眠りに落ちた。
・・・
気づいたら友達が製図室に集まってきた。
あ・・・エスキス一限じゃん・・・
やばいやばいやばい
今年最高に焦る私の目は講師の姿を捉えた。
ちくしょう、今日もへんちくりんな帽子被りやがって。
へんちくりんな帽子を被った講師はみんなの製図台の周りを回りはじめ、ついに私のところにもきた。
「お、田村さんこれスタディ模型?いいじゃない」
驚いて目を上げると、講師がさっきくしゃくしゃに丸めたいくつかの紙を真剣に見ていた。
「うん、ヒラタアキヒサのヒダノゲンリを発展させたようなスタディだ。とても可能性がある」
と講師は訳のわからないことを言った。
そして丸めた紙を引っ張ったり潰したりして、敷地模型の上に置き、
「この方向で進めてみたら?」
と言い残し、他の学生の方に行ってしまった。
エスキスは切り抜けたが、残念ながら私にはいよいよ建築がわからなくなってしまった。
※この物語はフィクションです。