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Yamagishi高田馬場NAOJI〜SANのおしゃべり

2018-04-20

土曜日と日曜日は2つのイベント

 今週末の明日・土曜日〜明後日・日曜日には、2つのイベントがある。

 一つは、埼玉県ヤマギシの村・岡部実顕地で「春のつどい」だ。

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 もう一つは、都心の代々木公園アースデイ東京2018」。

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 僕は、明日は朝から代々木公園で出店準備をして、午後2時過ぎまで「アースデイ」をやって、それから埼玉県の岡部実顕地に移動し、「春のつどい」へ。

 明後日の日曜日は、昼過ぎまで「春のつどい」に参加して、終わり次第、代々木公園に移動し、再度「アースデイ」に入って、お店の撤収と後片付けをする予定だ。

 


◇午前中は「春のつどい」準備研鑽

 案内所で10時から昼まで「春のつどい」の参加者名簿を見ながら、細部の最終確認の研鑽会をする。

 三重県ヤマギシの村メンバーや、関西の地域会員メンバーが、大型バスで40名参加する。

 宿泊メンバーも70名を超えている。

 22日の参加者は200名を超えて、賑やかな「春のつどい」になりそうだ。

 

◇午後は「アースデイ」のテント張りと物品搬入

 午後2時に、多摩実顕地から物品を車で運んでくるシカタ君と、会場となる代々木公園でカトウさんと僕で待ち合わせ。

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 気温は25℃を超える初夏のような気温。

 汗をかきながら、代々木公園ケヤキ並木通りの出店場所に竹テント張りをする。 

 毎回、顔馴染みの他の団体メンバーと、お互いに手伝い合いながら・・・。

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 ケヤキ並木通りのステージは、森をイメージして、緑いっぱいに飾り付けていた。

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◇夜は第3金曜日定例の「男の研鑽会」

 今日、集まった男たちは8名。

 それぞれが、近況を出しあう。

2018-04-19

真山仁著 『 海は見えるか 』 を読む

 僕が、真山仁東日本大震災被災地を舞台にした作品を読んだのは2作目である。

 前に読んだのは、震災報道に奔走する新聞記者が主人公の作品『 雨に泣いている 』

 今回は、震災被災地で心の傷を負った子ども達と向き合いながら奮闘する教師が主人公の『 海は見えるか 』

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 前に読んだ『 雨に泣いている 』の主人公の新聞記者が、新人記者時代に阪神・淡路大震災に遭遇し、東日本大震災被災地に記者としてきているのと同じように、今回の『 海は見えるか 』の主人公の教師もまた、阪神・淡路大震災で妻子を失った過去を抱えながら、東日本大震災後の福島に教師として応援に来ているという設定の物語だ。

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 大震災から一年以上経過しても、復興は遅々として進まず、被災ち住民は様々な心の傷を抱えながら、厳しい現実に直面し続けている実態の中で、明日への希望を見つけ出そうとする子ども達に、いろいろな軋轢にぶつかりながら、温かい眼差しで接している教師の姿に心打たれる。

 普段は明るい姿を見せながらも、突然発症する心的外傷後ストレス障害の少年。

 肉親の遺体を捜し、その遺体の洗浄をしてくれた自衛隊員と、その後もメールで交流を続けていたが、その自衛隊員の突然の自殺によって再び傷つく少女。

 国や県の決定の防潮堤建設か、津波で失った松林の原風景の復活か、未来に残すべきはどちらの選択かに葛藤する市民の心情。

 などなどが、7つの物語の構成で描かれている。

 あの震災から今年の3月で7年が経った今、風化しつつある僕の心に警告を伝えるに十分な作品だった。

 これは東北の一被災地の過ぎ去った話でなく、このような被災地の現実があって、それが今もまだ、大きな傷跡を残しているということを、僕たち一人一人が心に刻み、安易に風化させてはならない事実なのだ、と反省させられる読後だった。


◇2011年の被災地風景が蘇る

 この『 海は見えるか 』を読んでいて、度々、思い出したのが、津波が襲った2週間後の宮城県仙台市の海岸地帯の被害地風景だった。

 実は、2011年3月26日に、ライトバンに食料(牛乳、卵 、野菜など)を積んで仙台市若林区の友人宅に行った。

 海岸線の松林は歯抜けのような状態になっていて、電柱も家も全ての物がなぎ倒され、無惨な風景だった。

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 所々に流された車が放置されている。

 その車に「×」印の白いテープが貼ってあるのを、友人は「あれは、車の中で人が亡くなっていた印だよ。」と教えてくれた。

 そのときの風景が、僕の心に鮮明に蘇ってきた。

2018-04-18

赤坂の日枝神社の藤の花

 今日は朝から雨だったが、昼ごろには止んで、夕方には青空と陽ざしが。

 

 昨日、友人から「日枝神社の藤の花が見頃だよ。」と聞いていた。

 今日は、天気も回復したし、会の新聞「けんさん」の発送作業も早めに終わったので、帰宅時に乗車路線をちょっと回り道して、千代田線赤坂駅で途中下車。

 赤坂駅から歩いて4〜5分のところに日枝神社はある。

 山王鳥居を入って表参道の石段を上がると立派な神門がある。

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 境内に入った右手に藤棚があった。

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 確かに、今が見頃だった。

 せっかく日枝神社を訪れたので、このことは触れておきたい。

 普通、神社で見られるのは狛犬なのだが、ここ日枝神社狛犬でなく、神猿像が左右に安置されている。

 社殿の右側に夫猿、左側に子猿を抱いた妻猿が。

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 なぜ、猿なのかとネットで調べたら、

 ─ 猿は、もともと神様と人間のあいだをとりもつ存在「神猿(まさる)」と称されて、昔から敬われる存在。大山咋神山の神ということもあり、同じく山の守り神とも呼ばれる猿が使いとして重宝されていた。「さる」という音から「勝る(まさる)」「魔が去る(まがさる)」とも考えられ、勝運の神や魔除けの神として置かれている。音読みの「えん」という音から、猿が「縁(えん)」を運んできてくれると考え、商売繁盛や縁結びを祈願する人がいる。─

 このようなことらしい。

会の新聞「けんさん」全国へ発送

 先週、編集が終わった会の新聞「けんさん」4月号が、昨日、印刷屋さんから届いた。

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 早速、今日は全国の会員宅へ発送作業

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 朝9時から始めて、ランチタイムを45分とって、午後2時に作業は終了。

 3時過ぎに、郵便局から集荷に来てもらって、全国の会員宅への発送完了。

2018-04-17

磯田道史著 『 無私の日本人 』 を読む

 磯田道史さんの文庫本『無私の日本人』を読んだ。

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 磯田さんの古文書の中に見つけた世界に伝えたい日本人」という文章が、ネットの「文春オンライン」にアップされている。

 この内容が、本書の「あとがき」としても載っている。

 磯田さんは、『武士の家計簿加賀藩御算用者」の幕末維新』を始め、歴史小説を出しているが、作家と言うより日本近世近代史日本社会経済史を専門とする歴史学者であり、国際日本文化研究センター准教授である。

 その磯田さんは本書でも、古文書を読み解きながら、それに基づいて取材を重ねて、江戸時代から明治の初期に、市井の人として生きた無名の賢人、穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月の3名を描き紹介している。

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 一人は「穀田屋十三郎」

 陸奥国仙台藩領の吉岡宿の話。

 吉岡宿は仙台藩領地内でありながら直轄領ではなかった為に、仙台藩からの宿場町に対しての「伝馬御合力」と言う助成金が給付されず、さらに吉岡宿の人々は、普通の農民のように年貢だけでは済まず、藩が公用で街道を往来するときには「伝馬役」という荷物や人を運ぶための課役が課せられていた。

 吉岡宿の、このような宿場維持の負担増、さらに飢饉などによって疲弊してゆくのに危惧して、知恵者の菅原屋篤平治などと相談。

 その対応策として、賛同者を集め、我が家の存続も危ぶまれるような私財捻出をして、仙台藩に1000両という金を貸し付け、毎年その利子を受け取り、それを宿場のすべての人に配分するという、当時としては奇想天外なことを成し遂げる物語だ。

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 二人目は中根東里」

 江戸時代中期の儒学者の話。

 一切の私欲を捨て、仕官も断り、学問の追究に生涯を費やし、陽明学徒として子弟の教育をした、高潔な人柄で知られる中根東里という儒学者の生い立ちと一生の物語だ。

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 三人目は「大田垣蓮月」

 幕末明治歌人であり陶芸家である、絶世の美人だったといわれる尼僧の話。

 歌道を学び、武芸にも長じる女性だが、夫と死別後、仏門に入り尼となる。

 物欲を捨て、私欲を放し、衣食住すべてに淡泊な生活をする。

 生活の糧には、手捏ねの茶器に自詠の歌を彫りつけた「蓮月焼」と称される陶器を作る。

 蓮月は、若き日の富岡鉄斎を侍童として暮らし、鉄斎の人格形成に大きな影響を与えた。

 また、人に与えることに喜びを感じ、京都でたびたび起った飢饉には私財をなげうって寄付し、また切り詰めた生活から捻出して鴨川丸太町橋を架けるなど、無私の心を貫いた尼僧の姿を描いた物語だ。

 ここで僕が興味を持ち、特記しておきたいのは、

 西郷隆盛旧幕府軍追討の旗を上げて東国に向かうとき、蓮月は「あだ味方勝つも負くるも哀れなり同じ御国の人と思えば」という歌を送った。これによって西郷江戸城総攻撃を思い止めたのではないかと言うこと。

 江戸の町が戦禍を免れたのは、勝海舟山岡鉄舟のおかげというよりも、蓮月という一人の尼僧のおかげだったというのを知った。

今朝の「折々のことば」

 朝日新聞朝刊に連載の哲学者鷲田清一さんの「折々のことば」に、今朝は、作家の小沢信男さんの言葉が取り上げられていた。

 小沢信男さんとは何度かお会いして、お話しを伺ったことがあるが、最近は年賀状の挨拶になってしまっている。

 「もう、90歳になられたんだなあ〜」と思いながら、今日の「折々のことば」を読ませていただいた。

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 『 ささやかに不器用に、空振りも重ねつつ、その折々は夢中だったよなぁ。それやこれやに、もはや寛容になっていいのだな。(小沢信男) 』

 鷲田清一さんの解説

 ─ 「九十歳。何がめでたい」(佐藤愛子)という思いもないではないが、人生「まんざらでない」と、過去のドジや挫(くじ)けの連続を笑い過ごせるようになるのも、卒寿を迎えた者への褒美かもしれないと、作家は思う。いやいや、そんな不首尾も今やうろ覚えでしかないという安穏? 連載エッセー「賛々語々」87(「みすず」1・2月号)から。─

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◇作家の小沢信男さんは、2001年の朝日新聞夕刊の文化欄に、私たちが開催している合宿セミナー「特講」に参加したときの様子と、自分の特講に対する印象を書いている。

 『 一語一会 だれのものでもない 』

 「たしか東京オリンピックのあった年だから、三十七年も昔のこと、山岸会の特別講習会に私は参加した。農業を基盤とする山間の共同体に、一週間泊り込んだのだった。洗面所の歯磨きチューブを置いた棚に、こんな小さな張り紙があった。 『 だれのものでもない 』。なんだいこれは。いかに無所有社会とはいえ朝からお説教かい、反発をおぼえたが、そのうちこれが可笑しみになった。だれのものでもない歯磨きチューブから、朝ごとに必要量を消費して、口のまわりを白くしながらニヤニヤ笑えた。現にいまでもこうして思い出せば、愉快をおぼえる。あの小さな張り紙だけでも私はなつかしい里だ。一週間のうち、初めの三日は腹を立てていた。徹夜で討議したはてに、最初の答えと同じ結論になったりする。あいにく私は町場育ちで気が短い。が、根は愚鈍につき、ようやく気づいた。目から鼻へ抜けるのが理解ではないのだな。だれのものでもないとは、私有の否定だけではなくて、共有でもないのだな。たとえばの話、地球の皮、太初このかたこの地べたが、ほんらいだれかのものであるはずがない。と思えば胸がせいせいしませんか。その私有を忽ち正当化する理論があるならば、眉に唾をつけておこう。私有を廃して国有にしてみても、しょせん五十歩百歩だったという実験にも八十年はかかるのだものね。人間の命もまた、国家や組織や会社なんかに所有されるものではない。とは、こんにちだいぶ自明の理になってきた」

2018-04-16

ちょっと高田馬場を散策

 今日は、朝からず〜と座りっぱなしでパソコンとにらめっこの時間が長かったので、夕方、郵便局に出掛けるついでに、気分転換と固まった身体を解そうと、ちょっと高田馬場界隈を散歩した。

 今、僕の好きな花の一つのハナミズキが、どこに行ってもきれいに咲いている。

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◇山吹の里伝説 

 高田馬場駅早稲田口の高架下にアトム壁画がある。

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 その中に、太田道灌の山吹の里伝説の絵が描かれている。

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 この山吹の里は、高田馬場駅から歩いて10分ほどのところ。

 半月ほど前には、見事な桜が咲いていた神田川に架かる「面影橋」付近なのだ。

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 橋の近くに「山吹の里」碑があった。

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◇この伝説について、確かなことを知りたいと思って、ネットで検索したら、次のような解説が見つかった。

<道灌の山吹伝説>

 太田道灌扇谷上杉家の家宰でした。ある日の事、道灌は鷹狩りにでかけて俄雨にあってしまい、みすぼらしい家にかけこみました。道灌が「急な雨にあってしまった。蓑を貸してもらえぬか。」と声をかけると、思いもよらず年端もいかぬ少女が出てきたのです。そしてその少女が黙ってさしだしたのは、蓑ではなく山吹の花一輪でした。花の意味がわからぬ道灌は「花が欲しいのではない。」と怒り、雨の中を帰って行ったのです。

 その夜、道灌がこのことを語ると、近臣の一人が進み出て、「後拾遺集醍醐天皇の皇子・中務卿兼明親王が詠まれたものに『七重八重花は咲けども山吹の(実)みのひとつだになきぞかなしき』という歌があります。その娘は蓑ひとつなき貧しさを山吹に例えたのではないでしょうか。」といいました。

 驚いた道灌は己の不明を恥じ、この日を境にして歌道に精進するようになったといいます。

       (太田道灌と山吹伝説 - 陽山亭より引用)

2018-04-15

映画のおしゃべり

 今日はちょっと時間があるので、先週に観た映画 北の桜守 のおしゃべりをしたい。

 この映画は、吉永小百合の120作目となる映画出演、メガホンは『おくりびと』の滝田洋二郎

 これは、どうしても観ておきたいと思って新宿の映画館へ。

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◇物語の展開を要約

 どんな物語なのだろうかと、そこに興味があったので、覚えている範囲で内容を要約すると・・、

 太平洋戦争末期の1945年。

 日本の領土だった樺太で暮らしていた家族。

 ソ連軍の突然の侵攻。

 夫・江蓮徳次郎(阿部寛)は戦場へ、妻・江蓮てつ(吉永小百合)と息子2人は、樺太から脱出し、北海道網走に命からがら辿り着くが、途中、長男は乗船していた船が爆撃を受け行方不明。

 てつは、厳しい自然環境や飢えに苦しみ、貧困と懸命に戦いながら、残った息子1人を立派に育てる。

 その次男の修二郎(堺雅人)は、アメリカでビジネスに成功し、日本初のホットドックストアの日本社長として帰国札幌に出店。15年ぶりに網走の地を訪れる。

 老いた母は、いまだ帰らぬ夫を待ち続けながら、つつましく日々を過ごしていた。

 修二郎は、てつを引取り札幌で同居する。

 しかし、てつには認知症のような行動がみられて当惑。しかしそれは、戦禍によるPTSD後遺症で、残酷な戦争の傷を心に抱えていたのだ。

 そんな母を連れて、思いでの地を一緒にめぐる。

 その途中、長男の死を思い出したてつは、気が動転し入院する病院から抜け出して行方不明になる。

 もうあきらめていた2年後に、修二郎は桜の世話をするてつと再会する。

 要約すると、このような内容なのだが、

 戦争に翻弄された人々の悲惨さ、その中での親と子の愛情、夫への愛を一生貫く女性の姿が、切なく描かれていた映画だった。

◇印象に残るシーン

 夫と別れ、子供たちと樺太を脱出するときに、てつは、やっと樺太の地で咲いた桜の花を見ながら、家族で一緒にまた桜を見ましょうと約束する。

 その時の「桜は、満月の夜に満開になるのよ」という言葉と、桜の花と満月の月の美しい映像が印象に残る。

 もう一つ、

 網走での厳しい生活を支えてくれた運送会社の社長(佐藤浩市)が、結婚を申し込もうと訪ねたとき、てつは、白装束姿でもって迎え、その申し入れを暗に断る。

 その時の吉永小百合は、ほんとうに美しかった。

 ついでにもう一つ二つ、

 樺太で一緒だった男が網走で警官をしていて再会。その警官(岸部一徳)が、自分はシベリアで仲間を裏切りスパイとなって生き残り、日本に帰ってきたことを懺悔するシーンも印象に残ったし、笑福亭鶴瓶が扮する屋台の親父もよかった。

◇メガホンをとった滝田洋二郎監督

 かなり前衛的な試みをしていることに驚く。

 なんと実写映画の中に、舞台演技パートを導入して、物語のリアルさを強調する試み。

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 滝田洋二郎監督は、もう亡くなったが友人だった俳優の山田辰夫さんの高校時代の同級生だ。

 富山県高岡から、2人で映画製作を目指して上京したと聞いたことがある。

 滝田洋二郎監督がとった日本アカデミー賞最優秀作品賞の『壬生義士伝』でも、日本アカデミー賞最優秀作品賞最優秀監督賞を受賞し、「アメリカ映画の祭典」のアカデミー賞では日本映画初の外国語映画賞を受賞した『おくりびと』にも、山田辰夫さんは出演していた。

 山田辰夫さんが存命だったら、この映画でも、きっと出演していただろう。その時は、どの役柄だったろうかと思い巡らしながら、劇場を後にした。  

2018-04-14

今日はファーム町田店「大市」

 今日は4月の第二土曜日で、ファーム町田店の「大市」。

 心配していた天気も、午後から風が強くなってきたが何とか雨も降らないで、暖かい一日だった。

 そんな、今日のファーム町田店の大市Photoを紹介する。


三重県南紀御浜から「甘夏」が

 三重県ヤマギシの村・豊里実顕地のソガワさんが、南紀御浜の農場で収穫した「甘夏」を持って大市に駆けつけてくれた。  

 お店入口にコンテナを山積みして、ソガワさんが販売

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◇今日は「たけのこ」が好評な売れ行き

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 「筍炊き込みご飯」も・・。

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 パン屋さんにも「お焼きたけのこ」も・・。

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 いまの旬「たけのこ」に負けないで好評なのは、やっぱり「イチゴ」だ。

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◇今日の店内風景

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 栃木県ヤマギシの村・那須実顕地のイチカワさんは久々に「お肉の試食コーナー」に立つ。

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◇味わい広場風景

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◇大勢が今日の「大市」に駆けつけてくれた

 関東のヤマギシの村・岡部実顕地から4名、那須実顕地から4名、榛名実顕地から3名、成田実顕地から2名、そして三重ヤマギシの村・豊里実顕地から1名、地域会員の東京のカトウさんはたい焼きと、大勢が駆け付けてくれた賑やかな「大市」だった。

2018-04-11

書籍についてのおしゃべり

 先週までは、初夏のような暖かい気候だったのに、今週に入って朝晩はコートが必要なくらいに肌寒く、一日の気温差が大きい。

 そんなことで、僕もちょっと体調を崩し、昨日からひさしぶりに風邪気味だ。

 今日は早めに寝ようと思う。


◇昨日「本屋大賞」が発表

 全国の書店員が最も売りたい本を選ぶ今年の「本屋大賞」には、直木賞作家・辻村深月さんの『かがみの孤城』が選ばれというニュースを朝刊で読んだ。

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 上位10位までに選ばれた中で、僕が読んでいたのは、4位の『たゆたえども沈まず』(原田マハ著)と、7位の『星の子』(今村夏子著)だけだった。

 僕は、ゴッホの生涯を描いた原田マハさんの『たゆたえども沈まず』を予想していたので、ちょっと残念。


フラタニティの連載原稿を書く

 村岡到さんの編集長で発行している季刊誌フラタニティ』の次回発行が5月1日だ。

 この季刊誌に、僕は1ページの「文学の眼」と題した書籍紹介というか読後感想の連載枠をいただいている。

 村岡さんから「そろそろ原稿を送って・・・」というメールを、先週届いていたが、会の新聞「けんさん」の編集に追われて書いていなかった。

 昨日で編集の方も一段落したので、昨夜書いて、今朝、村岡さんに送信した。

 今回は、先日読んだ葉室麟さんの『天翔ける』を紹介。

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 なぜ、葉室麟さんの作品を選んだのかと言うと、葉室麟さんは昨年末に亡くなった。享年66歳。

 50歳から創作活動を始めて『銀漢の賦』で松本清張賞、『蜩ノ記』で直木賞を受賞しているが、何とも短い作家人生であるし、歴史小説家として、これからも秀作を発表するだろうと期待していたので、僕の追悼の意味を込めて選んだ。

 もう一点、今年は明治元年から起算して満150年。

 政府では燹明治150年」関連施策各府省連絡会議瓩鮴澆院政府一体となって「明治150年」関連施策を推進しているし、地方公共団体や民間も各地でその関連イベントや事業を展開している。

 特に鹿児島県では「西郷どん」の大河ドラマ放映もあり、「維新ふるさと鹿児島市」「近代国家成立の原動力となった薩摩」と、数々のイベントが催されている。

 また、マスコミや出版界においても、西郷隆盛を始めとして維新を推進したとされる人物関連書籍も多く出されたり、一方では薩長史観に基づく近現代史の流れの定説を見直す特集も目に付く。

 そんな時勢にあやかって、幕末から維新にかけての国難の時代に、高潔な志と卓越した国家づくり構想を描き、大名として幕府運営に関わり、そして維新後に敗者となっても新政府で要職を歴任した人物で、幕末の四賢侯の一人といわれた松平春嶽を描いた書籍を取り上げた。

 あえて言わせてもらえば、薩長史観については僕も疑念を抱いている。

2018-04-10

今日はもう4月の10日

 4月に入ったと思ったら、もう今日は10日だ。

 4月はいろいろなイベントがある。

 今週の土曜日は、ファーム町田店の4月度の「大市」があり、翌週末は埼玉県ヤマギシの村・岡部実顕地での「春のつどい」と、都心の代々木公園で「アースデイ東京2018」がある。

 それらの準備を考えながら、来週には会の新聞「けんさん」4月号の全国会員宅への発送も終わらせたいと取組中。


◇「けんさん」編集進行状況

 先週末に、印刷屋さんに編集済みの原稿と掲載写真データを送っておいた。

 昨日の夕方、それが紙面毎にレイアウトされ、きれいに収まった「けんさん」紙面がメール添付で届いた。

 今日は、それを校正しながら、気になる部分の修正。印刷屋さんとのそのやり取りに時間を費やす。

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 明日朝、プリントされた校正ゲラが届き、それを最終校正して、編集は終了だ。


今日の花Photo

 ファーム町田店の入り口にプランター鉢植えのチューリップが咲いている。

 ちょっと変わったチューリップだ。

 お客さんが「造花じゃないよね?」って触る人もいる。

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 駐車場の花壇には、芝桜が咲いている。

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 そして、

 我が家の2階の愛和館(食堂)入り口の展示コーナーに5月節句飾りの兜が登場。

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 花菖蒲でなくて、兜とチューリップ。これも、なかなかいい組み合わせだ。

2018-04-08

今日の日曜日のPhotoおしゃべり

 今日は、風はちょっと冷たさを感じたが、陽射しは春の感じでいい天気だった。

 ファーム町田店のスタッフに入る。


◇早朝に筍を掘る

 朝5時半から、妻と筍掘りをする。

 実は、妻たちがやっている「認知症になっても住みよい街づくり」の活動の一環で、認知症障害のある人の拠り所、仕事場として、町田市が市所有の竹林一山を提供してくれたのだ。

 その竹林では、今、筍が出始めている。

 我が家・多摩実顕地から車で7〜8分のところだ。

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 落ち葉からちょっとだけ出ている筍を探して、落ち葉をかきわけ、鍬とスコップで・・・。

 慣れないうちは悪戦苦闘。

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 なかなかの重労働だったが、1時間半程度で成果は十分。

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◇葉桜の「桜まつり」

 僕がよく散歩に行く、我が家から歩いて15分程度のところの遊歩道・尾根緑道は、町田でも有名な桜の名所だ。

 その尾根緑道の「桜まつり」が、今週だった。

 しかし、今年の春は異常な高温。尾根緑道のソメイヨシノも先週で散ってしまった。

 ファーム町田店の昼休憩の時間に行ってみたら、大勢の人達で賑わっていたが、「葉桜まつり」だった。

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 中央ステージでは、フラダンス披露したり・・・

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 大道芸人の若者の技に拍手が湧きあがっていたり・・・

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 町田のイベントではよく見かける紙芝居のお姉さんがいたり・・・

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 しばし、春の陽ざしの中で、大勢の人達と一緒に楽しんできた。


◇昼の賄い食は「塩ラーメンと野菜サラダ

 今日、ファーム町田店のイートインコーナーで、僕は昼食を食べる。

 イートインの調理師・ササキ夫妻とヨシコさんが作ってくれたのが、この塩ラーメンだ。僕の健康を考慮してか、野菜サラダも大盛りで付いてきた。

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