一人でお茶を

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2017-03-11

『世界』で桐野夏生「日没」新連載!

世界 2017年 04 月号 [雑誌]

世界 2017年 04 月号 [雑誌]

「マッツ夢井」というペンネームで作家として活躍している松重カンナは一人暮らしで猫のコンブを飼っている。飼い猫コンブが家へ戻ってこないので心配になってきたところへ、総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会から召喚状が届く。編集者にたずねてもインターネットで検索してもその“委員会”については不明、しかし以前同じ差出人から送られた手紙をよく読みもせず捨てたことは憶えており、期日までに返信が届かなかったから召喚すると役所から言われたのなら無視するわけにもいかないと判断、指定された場所へ出向くことにする。弟にだけ事情を告げ、マッツ夢井は出頭するのだが、彼女が連れて行かれたのは、茨城県の人里はなれた場所にある廃屋と見紛うような元療養所だった。……

読者から提訴されたといわれてもなんのことやら分からないまま出頭するまでに、彼女の周囲の人たちの身にも様々な異変が起きていることを知らされ、不穏な空気を漂わせて物語は始まります。駅から彼女を車で療養所まで送ってくれた男が発した「言葉の暴力もあります」というひとことが気になりますね。ああ、早く続きが読みたい!

昨年末休刊となった『文学』で連載されていたものが『世界』へ移されたものだそうで、『世界』では今月から新連載となります。

桐野夏生ファンはお見逃しなく!

2017-02-24

こーいうこというと怒られるんだろうけど

AFP:仏極右党首、スカーフ着用拒み物議 レバノンのイスラム権威訪問で http://www.afpbb.com/articles/-/3118717

男だったらこーいうトラブルなくて済むんじゃない? と思ってしまうのよね……

それと

AFP:小児性愛を容認? 米右派ニュースサイト編集者、発言炎上で辞職 http://www.afpbb.com/articles/-/3118731

私が聞いた範囲では、マイロは自身の少年期の出来事を語っていて、思い出話として聞く分には、こういう人だっているだろうし、いてもいいよねくらいにしか思わなかった。全体からすれば誤差の範疇内になりそうだけど同じような人は男女問わずいるだろうし、そういう人たちにはマイロが語るのを聞いて救われたような気持になる方がいてもおかしくないよね、とも。

マイロはほかでも小児性愛一般について自分の見解を述べてそれが顰蹙をかったのかもしれませんし、もともと自分から進んで炎上芸人志願してるような人物に見えていますので、こういう帰結も織り込み済みの上でのパフォーマンスだったのかもしれません。

やはり小説や映画みたいな形でないと語れないことはある、ということになるのかな。

2017-02-17

「ベトナムのインターネットのアイドルです。殺した相手は誰か知らなかった」

http://www.news24.jp/articles/2017/02/16/10354282.html

金正男暗殺、女性が二人逮捕されて取り調べられている模様なんですが、なされた凶行と現時点で伝えられている女性の言動のスタコラ感のかみ合わなさ加減によって、ニュース全体がズンドコ化していくこのかんじ、あのオウム犯罪に似ているなあと思ってしまう今日この頃。そして、もう若い人はオウムのテロのことなど知らないんですね、年齢的にはそれが自然です。月日はしゃあしゃあと流れていくんですね。はあ。

2017-02-12

辛淑玉が一部で話題になっている模様ですけれど

私はまだ背景がよくつかめていないのですが、彼女が説明の中で“強姦”と言っているのは比喩として用いているのはあきらかなのに、それが通じていない人や、もしくはそれは分かった上であえてそこをつついている人がネット上で散見されるのには閉口しています。

じつは同様のことはこれまでリベラル側が気に入らない保守派に(わかりやすく目立った例は自民党の政治家に対して)散々やってきたことだし、日常生活の実感としては比喩表現など通じない人が時代に関係なく多数派なので*1、ネットでそういう一般大衆の言が可視化されるとそうなるしかないのかなとは思うわけですが、ともかく、分かっているのにあえてつついている人に対しては、そんなことするのやめなよ、と言いたくなりますね。

*1:いまここにきてこれはネットのせい、という輩は、信用できないカマトトにしか見えない

2017-02-05

Blondie - Call me

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ちょっとシンディ・シャーマンのアートを意識してるのかな、と思えるヴィデオですね。ヒットしてからのブロンディのやり方は、日本の歌謡曲に近かったような気もするのですが、出自がニューヨーク・パンクだったせいか、たたずまいにパンクの残り香があり、個人的にはそこがよかったのですが、いまひとつメジャーなショウビズ人士に成り切れなかったのはそのせいだったのかもしれません。

マドンナになると、高校生の頃からショウビズで成功したいと野心を抱いていて、演劇やダンスのレッスンをしていたそうで、それまでのロックミュージシャンとは異質なガンバリズムがありましたよね。

マドンナが、グラミー賞で名誉賞(?)みたいなのを昨年末受賞していて、そのときのスピーチでやや違和感を覚えたのは、デヴィッド・ボウイみたいにやろうとしても、自分は女だから叩かれた、不当な扱いを受けた、と涙ながらに語っていたところ。デビュー当時からリアルタイムで見ていたので、マドンナ自身はそう言ってもいいかな、だってほんとうに当時は女だからというので偏見に満ちた記事書かれていたし、と思うのと同時に、白人男のデヴィッド・ボウイと女性のマドンナでは、たとえ同じ趣向でも世間への出方が違ってくるんじゃない、傾奇者としての傾きは同じでもベクトル方向が逆になるとか。社会の中での男女の置かれ方が異なっているんだから。そのあきらかな現実を無視して、性別で差異があるのが自分は嫌だからといって、同じなのに差別されたという噺にしてしまうのは文化史的には歴史修正になりやしませんかね、と、思ったりも致しましてね。

80年代のMTV全盛期に大スターになったのは、マドンナとマイケル・ジャクソンで、女と黒人、じゃあ白人男はどこにいったの? ロックってもともとはアメリカ白人男子の文化だったのに。70年代だったら、カート・コバーンはあんな死に方せずに済んだのかもしれないし、G.G.アリンはうんこ塗れにならないでも済んだのかもしれないし。

そんなことをつらつら思い出して、やっぱりトランプが勝ってよかったんじゃないかって。今、ロケンロールしてるのってトランプ政権だけかもしれないよね。


日本だと、林真理子:マドンナ; 橋本治: デヴィッド・ボウイ; で、同様のことが起きていたのかもしれません。林はべつに橋本に対して、マドンナがボウイに抱いていたような憧れは持ってなかっただろうけれども、80年代以降の女子的語りの入り口を開いたのは橋本治でしょう。そして日本の男インテリが橋本治を適切に評価しないままやり過ごしたのが、その後の惨状につながったのでは。ま、すべてはもう今は昔の物語、ですかね。

トランプ大統領

就任して2週間ですか。大統領の地位につくと見た目がめきめき大統領然としてくるのはさすがに男の人だなと感じます。ファイトスタイルのせいもあって反発も激しい模様ですが、いまのところ公約をどんどん実施していっているわけで、投票した人たちはよろこんでいるのではないでしょうか。選挙戦を勝ち抜いて大統領になったのですから、とにかく無事任期を終えて欲しい、それだけを願っています。

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大統領就任式の演説を聞いて涙ぐみそうになっていた、おまえは関係ないやろな日本人の私。従来と比べると、アメリカ大統領の就任演説にしては質実にまとまりすぎていたかもしれません。でも、今、アメリカ大統領になったトランプがああいうスピーチをしている、ということも含めて、あのアメリカがなあ、という思いが込み上げてきました。聞いていて、“気分はもう、国体護持!”な感じ。すごい時代になっちゃったなって。そして、どんな国でも、そういう風になる時期ってあるよね、それ仕方ないんだよね、とも。

アメリカについて説明されるとき、人口動態を見ると今世紀中には白人が少数派になるだろうと語られることがしばしばありますが、統計から予測される単なる事実にしても、そういうことを言われると白人が危機感を覚えて防衛的になるのは仕方ないのではないかと思います。

アメリカ合衆国を建国したのは白人キリスト教徒。彼らにとってはファーザーランドなのですよ。自分たちが苦労して作り上げた国に後から入ってきてシステムに乗っかっただけの移民と父祖の代からアメリカと共にあるおれたちはちがうんだ、という自負はあって当然なのではないでしょうか。

まあ私もトランプがロシア好きなのはロシアが白人の国だからだろうなと思っちゃう程度には人種差別的気配はふつうに漂っているわけですが(笑)、そんなこといったら日本は大勢=日本人な図式がまだ保たれている状態ですから、既に多様な人種の国民を抱え込んでいる米国に対してどうこういうこともできません。

アメリカが国体護持モードになっているのは、9.11と中国の台頭のせいなのかな。

中国とは、現在経済面で同じ戦場で競い合っているわけですが、米国から見ると中国が民主主義体制国家ではないことが有利に作用することがけっこうあるのかなって。それで、このままでええんかい、というのがでてきているのでは。

9.11は、アメリカのオーラを失わさせた大事件でしたが、その後、アフガニスタンやイラクを攻撃したものの痛手の挽回には至らず、とくにイラク攻撃はその後の中東の混乱を引き起こして、ISという敵国を生み出してしまった。そして国際情勢の中でイスラムの存在感が増幅している。

神道国家や共産主義ソ連との戦いも、米国のキリスト教徒にとっては宗教戦争だったようだし、それで特にISは名指しで敵扱いになるのですかね。

9.11が起きたとき、日本の雑誌で事件の背景解説に、既に事件が起きる前、イスラム圏の高名な政治家か知識人かが亡くなる前に「ソ連が崩壊し、次はイスラムが彼らの敵になったのだ」と語ったと紹介されていました。ヨーロッパと中東は地理的にも近く歴史的にも濃く絡んでおり、キリスト教徒とイスラム教徒の間には日本人には想像できないような相克がありそう。

ただ、じつはイスラム国というのは、ロレッタ・ナポリオーニ『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』文藝春秋*1を読むと、スンニ世界でのアメリカ合衆国のようなもの建国なのではないかというのがあって。しかも、20世紀後半のアメリカのサブカルチャーの影響も感じられて、ポストモダンな色彩すら帯びているようでね。

イスラム国は空軍持っていないし、恐れるとすれば、仲間意識の感染力なんでしょうけれども、それもたぶん20世紀のアメリカが持っていた力に重なる。

時代が移り、イスラム圏にオレのターンな気分が出て、そしてアメリカは21世紀の自己像を模索している。

……そんなことを考えてしまった日曜の夜。