数千年から数十億年へ Rudwick, "Geologists' Time"

The New Science of Geology: Studies in the Earth Sciences in the Age of Revolution (Variorum Collected Studies)

The New Science of Geology: Studies in the Earth Sciences in the Age of Revolution (Variorum Collected Studies)

  • Martin J. S. Rudwick, "Geologists' Time: A Brief History," in The Story of Time, ed. K. Lippincott (London: Merrell Holberton, 1999), 1–7 [repr. in Rudwick, New Science of Geology: Studies in the Earth Sciences in the Age of Revolution (Aldershot: Ashgate, 2004), article I].

 17世紀半ばから20世紀初頭にかけて、地球が誕生以来へてきた時間の長さとその性質をめぐって学者たちが抱いてきた考えが概観される論文である。17世紀の半ばの時点では、学者のほとんどは地球、というか世界全体の歴史はたかだか数千年であり、聖書に記述されているように、世界誕生の直後に人間が創造されたと考えていた。James Ussherが世界の誕生を紀元前4004年としたことはよく知られている。ただしこの時代の学者たちが単に聖書を字義通りに解釈して満足していたわけではない。彼らは聖書を含めた古代の文字史料を比較検討することで、人類にとって共通の年代を作成しようとしていた。この過程で生まれたユリウス通日は、人間の歴史とは無関係ないわばニュートラルなタイムラインの観念を設定したものとして一つの画期をなす。

 17世紀半ば以降は文字史料を(いまでいうところの)化石で補うことがなされはじめた。化石は太古の目撃者であり、その時代よりきたる史料(documents)であると言われたりした。1660年代にロバート・フックは化石から「年代をたちあげる」ことが可能かもしれないと述べている。ただしこの時点での化石の活用は人間がいる時代に人間が残した史料を補完する目的で活用された。人間誕生以前の地球の時間が長くあるとは考えられていなかったからである。

 だが18世紀にはいるとナチュラリストたちは鉱石や化石の大部分は人間が残した史料が記述するよりもはるかに以前に残されたものだと考えるようになってきた。これは正統的な聖書解釈とも、またアリストテレス流の永遠宇宙論とも異なっていた。両説とも人間が常に存在してきたことを前提としているからである。ここにおいて、地球というのはこれまで年代学で考えられてきたよりもはるかに以前からあり(しかし永遠ではない)、しかも人間はその時間の大部分を通して存在しなかったという新たな考え方が生まれたわけだ。人間の歴史と同じように地球にも歴史がある。しかも人類誕生よりはるか以前からの。このような考えは(意外にも)ユダヤキリスト教の創世記にある歴史をモデルにして最初提出された(ビュフォン、ドゥ・リュック)。

 地球の歴史をめぐる研究はこのごすこしのあいだ焦点を各地域の地層の層序と、それらの地域間での層序を関連づける作業に焦点が移す。そのような研究の中からしだいに、地層で見つかる化石や、各地層の厚さを手がかかりに地球の年代を数量化しようという試みがなされはじめる(1830年ごろより;正確にはビュフォンやドゥ・リュックが行っていた試みが再度より堅実なデータから行われるようになった)。1840年台にジョン・フィリップスがおこなった計算では、地球は誕生より1億年ということになった。

 つづく大きな転機は20世紀をむかえるころに放射年代測定法が登場したことにより訪れる。その方法でだされはじめたデータは地球の年齢を1億年どころか数億、数十億年と伸ばすものであった。これは当初こそ地質学者に懐疑的に受けいれられたものの、最終的にはアーサー・ホームズの尽力もあり、研究者の統一見解となった。これによりあきらかとなったのは、地球の歴史の大部分において人間がいなかったどころか、そもそも生物すらまったくいなかったということである。このように数十億年というタイムスケールをみとめられた地球の歴史を区切り、一定以上の正確さでいつなにが起こったのかを確定する仕事が地質学者によってすすめられていくことになる。

 たしかに17世紀の学者たちの考えていた時間のスケールとは比較できないほどに現在考えられている地球の歴史は長い。しかしそれでも地球が誕生以来へてきた時間の長さを特定し、それ以後になにが起こったかを可能なかぎり正確に特定しようという野心は17世紀から現在まで継続しているのである。